7月7日
「あ〜あ、気づいちゃったか…」
先輩は悪びれるでも省みるでもなく、優雅に優美に笑ってそう言った。
柔らかな笑み。いままで見てきたものと寸分違いもない───思わず見惚れてしまうような微笑。
「どうして気がついたの?」
「『どうして』───それは理由ですか?」
「両方だよ」
両方。理由と────手段。
「雨上ですよ。雨上蒼也。知ってますよね?」
「やっぱり会ってた?」
「遭いました」
「災害みたいな言い方するね」
「クセが強くて疲れましたよ」
もっともクセという意味なら、慧悟の比ではないけれど。もちろんこれは褒め言葉として。
「ふふっ。面白いよね、雨上クン」
「………………話を戻しましょうか」
先輩の隣に腰掛ける。やっぱりこのカウンターは少し狭すぎる。
「どうして僕に隠してたんですか?」
「隠し事がいけないかな?」
「お互い様って……そう言いたいんですか」
「違うよ。けれども私がその理由を教える必要があるのかな?」
「………」
ああ。答えはどうしようもなく明白だ──ない。
そんな義務も必要性も必然性も───先輩には絶対的に存在しない。
それと同時に、同義に、同等に。
僕はそれを責める権利も、問う資格も、求める理由さえ───持ち合わせていない。
「そうですよね」
静かに、けれど確かに言葉を紡ぐ。
先輩の正論を肯定する。先輩の論理を首肯する。
「そんな必要はないですよ。そんな義務も。それで誰も困りはしないしですし」
「……………?」
先輩が不思議そうに首を傾げる。そうだろう。疑問だろう。食い下がろうとしない僕に。食らいつこうとしない僕に。
「なら────」
「───だから」
僕らはきっと、お互いの内側まで踏み込むことはないだろう。だって、僕らはただ当たり障りない会話をするだけで、きっとつつがなく関係を終えられただろうから。
本来なら。
本来生来元来───正論に基づく考えなら、それがきっと正しいのだろう。
僕はそうすべきだったのだろうし。
先輩もきっと、そうすべきだったのだろう。
けれど僕は決めてしまった。
先輩の嘘を知った日から。否───
先輩の涙を見た日から。
興味でも共感でも執着でも執念でも恋でも愛でもましてや正義感でも義務感でもなくて───
ただ僕自身の、どうしようもない欺瞞のために。
先輩の嘘を、苦しみを、悲しみを、解くべきだなんていう、卑劣で卑怯で高慢で傲岸な──欺瞞のために。
これを正しいと嘯くことは。
これを優しいと嘯くことは。
合理性で塗り固めた偽物の僕にはほんの少しだけ、難しい。
「勝負で、決めませんか?」
だから、比較的僕達らしいやり方で決めようじゃないか。
妙に知ったかぶった正義感よりも。
妙に醜く歪んだヒロイズムよりも。
僕達らしい勝負で。
「勝負種目は先輩が決めて下さい。僕が勝ったら、先輩にその理由を教えてもらう。僕が負けたら……好きにして下さい」
まあ、好きにして下さいとは言ったものの、それほど酷いことは要求してこないだろう。それくらいには、先輩を信用している。
違うか────信用じゃなくて、信頼か。
「いいじゃん。じゃあ私が勝ったら、私からもキミに質問をしていいかな?キミのバックグラウンドについて」
「……僕のバックグラウンドですか?構いませんよ。聞いて楽しいものは何もないですけど」
「それでもいいよ。私も私で興味があるからね」
7月7日。
奇しくも七夕だったこの日。
僕らは決定的に徹底的に───お互いにお互いヘ踏み込むことになる。
それは、喜劇あり同時に───
「じゃあ勝負種目を決めようか」
───悲劇でもあったのだと、思う。
「何にしようかな。じゃあ─────大富豪で」




