対面
新章!入ります!
廊下を歩いていて、気がつくと額に汗が滲んでいた。つい数日前にはこんなことなかったのに。
夏だ。
僕はあまり好きな季節ではないけれど、友人の凪霞慧悟は夏が好きらしく、今朝も『ようやく俺たちの夏がやってきた』だとかなんとか喚いていた。
金曜日なので今日は図書委員の日。
つまりどういうことかと言うと、もう少し歩けば人類が作り出した偉大な発明品たる冷房が僕を待っているということだ。
図書室のドアを開ける。
心地よい冷気とともに軽やかな声が僕を出迎えた。
「いやー、熱くなってきたね〜」
「焼けそうな温度ですね」
細かい誤植が気になってしまうのが、僕の悪い癖。
「ふふふ」
柔らかい笑顔が返ってくる。
「お久しぶりです、桜庭先輩」
「久しぶり、朽葉クン」
久しぶり。
一週間ぶりの挨拶。とは言え僕らはどうせ一週間に一度しか会わないのだけれど。
ふと、唐突に、違和感を覚える。
柔らかな笑み。墨を流したような艷やかな黒髪に白い肌。
けれど、今日の先輩は何か違うような。
そして、その違和感はすぐに氷解した。
「髪、切りました?」
「あ〜、分かっちゃった?」
髪を軽く弄んで嬉しそうに笑う先輩。
「よくわかったね。別に髪型を変えたわけじゃないのに」
「そりゃあ分かりますよ。図書委員になって割と経ちましたから」
先輩と一緒に仕事してきて。
割と経ちましたから。
「ふふふ」
先輩は笑った。先程よりも嬉しそうに。
「なんだか嬉しいな。───最初は全く気が付かなかったくせに」
「え………?」
最後に付け加えられた一言に絶句する。
僕が?気づかなかった?
「いやぁ〜最初は少し傷ついたかな。そんなに私に興味無いのかなって」
ニヤニヤ笑って髪を弄ぶ先輩。
あ、この人僕をいじめて楽しんでやがる。
「………スミマセン」
「よろしい。フフっ」
ご満悦の様子だ。先輩も先輩でなかなかいい性格してますね。
「あ、今日はそんなに仕事はないよ。強いて言うならカウンター当番くらいしか」
「そもそも僕たちそれ以外の仕事をした記憶がないんですけど」
「気の所為じゃない?」
「そんな馬鹿な」
とはいえ、我が式折高校は著しく低い識字率、もとい図書室利用率を誇るので、必然に自然に当然に仕事が少くなるのだろう。
「それに多分、今日は図書室に来る人はいないと思うよ」
「どうしてですか?」
「テストも終わったし」
「ああ────」
悲劇的で喜劇的で惨劇的な期末テスト。それら全てが終了した今日。そんな喜ぶべき日に、まさか図書室まで足を運んで学業にうつつを抜かす者はいないだろうということか。
「例年そうなんですか?」
「いや私も去年しか知らないけどね?」
そりゃあそうか。
「なら丁度良かった。───もしかしたら慧悟と冴月が来るかもしれないので、よろしくお願いします」
「へえ、そうなの?千景ちゃんには本当に久しぶりに会うなあ。楽しみにしてるよ」
あ、そうだ。
何かを思い出したように、先輩が続ける。
「私の方からも一応言っておくね。もしかしたらわかばが来るかもしれないよ」
「龍宮さんがですか?」
龍宮わかば。
ごく一般に通じる紹介としては生徒会長。ごく内輪に伝わる紹介としては───横暴な乙女だろうか。
本人に言ったら間違いなく殺されるだろうけれど、龍宮さんの初恋に少しだけ関わった僕としては、どうしても恋する乙女のイメージが先行してしまう。
本人に言ったら100%確実に抹殺されるだろうけれど。
「……それ、絶対言っちゃだめだよ」
なんか先輩が半目を作っていた。心の声が漏れてしまっていただろうか。
「言いませんよ。僕だって命が惜しいので。
──さて、だったら先に要件を済ませましょうか」
前置きは早々にして、僕は先輩の顔を正面から見つめた。………いささか見上げる形になるのが軽く屈辱だったけれど。
「単刀直入に聞きます。───『図書館の殺人』について、僕に隠し事をしたのは、なぜですか?」




