暗い場所
「龍宮さんはどこでその傘を失くしたんですか?」
聞き込み。刑事ドラマお馴染みの推理を進めるための第一歩。
龍宮さんは腕を組んでしばらく黙考したのち
「わからない」
……そんなバカな。
「まあ…幼少期にはありがちな話だよね」
フォローするように言う先輩。
「じゃあいつ失くしたかはわかりますか?」
「それは分かる。その瞬間を鮮明に覚えているからな」
どうして失くした場所が分からなくて失くした瞬間を鮮明に覚えているなんてことがあり得るんだろうか。
「あれは夏の日の事だった。土砂降りのな。
当時小学一年生だったあたしはカッパを着て外に出たんだ」
「何をしに、ですか?」
僕は自分が小学生の時のことはよく覚えていない。だから小学生が雨の日に外に何をしに行くのか分からない。
「川を見に行ってたんだと思う」
「川?」
僕が聞き返すと、龍宮さんは頷いた。
「雨の日って増水するだろ?」
「小一でそれを見物に言ったの?なくしたのは傘じゃなくて鉄砲なんじゃない?」
「…それはあたしを無鉄砲と言いたいのか?まあ今思えば全くその通りなんだが」
無鉄砲というか向こう見ず、いやさしずめ向こう水とでも言ったところか。
「それで、どうして失くしたの?」
「どうして、か。簡単には説明しづらいな。何しろ幼少期のことだし」
「大事なことだから思い出して。頭をねじ切れるまで頑張って」
「…それはもしかして頭を捻る、の暴力的表現なのか?──いや忘れているわけじゃないんだ。ただ、ちょっと不可解な話で信じてもらえるかどうか…」
そんなふうに言って言葉を濁す龍宮さん。
「大丈夫ですよ。まずは信じてから推理しますから。名前にちなんで亀に拉致られたとかレベルの突飛さじゃなければ」
「龍宮が龍宮城に、と言いたいのか?いいだろう、コロッセオで猛獣に噛み砕かれてくるといい」
「貴女はローマ帝国の方ですかっ!?そして誰が奴隷ですかっ!!」
古代ローマ帝国ではコロッセオで奴隷たちと猛獣とを戦わせていたらしい。
「まあいいだろう。私は川の増水を見て満足して帰ろうとしたんだ。そしたら──」
「「そしたら?」」
僕と先輩は声を合わせて続きを促す。
龍宮さんは躊躇うような素振りをみせたが、すぐに口を開いた。
「気がついたら知らない場所にいた」
「方向音痴?」
まあ子供が迷子になるのはよくあることだ。何を隠そう、僕も目を離すとすぐどこかに行ってしまう子供だったようだ。
「それが、暗くてよく分からなかったんだが」
「暗い場所なら割とどこでもありますよ」
「そうかもな。だが、そこは広かったんだ。ずっと奥に繋がっていた。そして川の周りにはそれらしき建物はなかった」
なるほど。先輩の言いたいことが分かってきた。
恐らく暗い場所というのは何かしらの建物の中なのだろう。しかし、だ。廃屋にせよ廃ビルにせよ一部屋はそれほど広くない。
なら廃屋でも廃ビルでもなく、広い建物はどこなのか?
可能性としては2つある。
①龍宮さんがその場所を見つけられなかった。
➁そもそもそんな場所は存在しなかった。
「そこで失くしたの?」
「あぁ。だから不思議なんだ。あたしが十年以上前に失くした傘が、どうして今になってあたしの前に現れたのかってな」
「もっと言うなら、どうしてそれを中野さんが持っていたのか、ですね」
中野さんが目立つ格好をしていた理由は先輩の推理で解決済みとはいえ、彼がなぜ龍宮さんの傘を持っていたのかはわかっていない。
僕は可能性を列挙する。
まず、先輩の傘に特別な価値がついているという可能性。
それから、目立つかさならどれでも良かったという可能性。
「龍宮さんの傘ってどんな感じでした?」
ん?と怪訝そうな反応をされた。
「普通の小学校指定の黄色く光る例のアレだが」
よし、後者だ。ということは中野さんのことについてはひとまず捨て置こう。
「川ってあそこの川?」
「そうだ。あたしの近所のあの川だ」
先輩は「あの川」とやらを知っているようだ。
「あの川ってなかなか増水しないんじゃない?」
「ああ、だから珍しかったんだろう。その時も見物人が大勢いた」
危険な。川舐めたら死にますよ?
「今になって思うと、私はあの暗い場所に傘を置いてきたのかもしれない」
川舐めたら死にます