解答編は──
謎解きパートに入ります
「真実が再現できそう?どういうことですか?」
冴月が不思議そうに首を傾げた。
「全てがわかったってことだよ」
そう言って先輩は僕に意味ありげな視線を寄越した。あれはきっと全てがわかった顔だ。
あとは──
僕は時計に目をやる。──18:43
18:45分には図書室が閉まる時間であり、その時にはチャイムが鳴る。つまりタイムリミットはそのチャイムであり、そこまで時間を引き延ばせれば僕の勝利だ。
「さっきキミが聞いたのは根拠だったよね?これが私達にも解ける暗号である根拠」
拙い時間稼ぎだが、ないよりマシだ。
「はい。鍵というか、解き方を理解しないで解けるとは思えません」
先輩は首を振った。
「それがね、分かるんだよ」
「どうしてそう思うんですか?」
「この暗号を作った人の心理を再現したからかな」
また『再現』だ。先輩は本当によくこの言葉を使う。
「どんな心理ですか?」
「朽葉クンはさっきこう言ったよね。──解き方が分からないようにしなければわざわざ暗号にするメリットがない、って」
僕が言った言葉は少し違う意味だが、当然そんな風にも思っていた。
「でも私は別のことを思うんだよ。なら本人達はなんのために暗号にしたのかってね」
そして──、と先輩は続ける。
「どうして朽葉クンはこれを隠したのか。守らなければならなかったのか」
今更だが、この本のすり替えがバレた時点で僕の目論みは知られている。
「でも朽葉クンがこの『本人達』とは考えにくい。そもそもキミならこんなことをする意味はないからね。そしてこの暗号を守っている以上、朽葉クンはこの意味を知っていることになるよね」
「モールス的な特殊な変換表みたいなものがあって、僕がそれを作成者から教えてもらったかもしれませんよ」
特殊な変換表があるならそれを知らない限り解くのは不可能だ。
「ならこれを私に隠す意味はないよね」
「──!」
──そうか。僕は自分で墓穴を掘ったのか。
僕は解読させないために先輩から暗号を隠した。
が、同時にそれは先輩が解ける可能性があるということの裏返しでもあったのだ。
「つまり、この暗号は解き方──『鍵』となるものを知らなくても解ける。推理で導き出せる暗号だってこと」
「どうやって解くんですか?」
先輩は暗号の文面を指でなぞる。
秒針は時を刻み続ける。
──18:44:17
あと、43秒。
「これは誰にでも解ける暗号。ならヒントとも言うべき『鍵』はこの本に隠れているはず」
「内容かもしれませんよ」
「それはない。犯人の心理を考えて、もしそうなら最後のページとかに書き込むはず」
戯言で時間を稼ぐ。あと──34秒。
「きっとヒントは中身を読まなくてもわかる場所にあるはず。単行本において、中身を読まなくても読み取れる事柄は大体3つ。著者かタイトルか表紙」
「目次ページだから各章のタイトルとかじゃないですか?」
「この本の章は大きく分けて2つだからそこで暗号を作るとは考えにくいよ」
あと───28秒
「同じ著者の本は他にもいくつがあるから、表紙かタイトルで暗号は作られているってことになるよね。けれど表紙は夜の公園の写真で何かを連想させたりはしない。幻想的ではあるけどね」
やはり先輩は気づいている。この暗号の解き方に。
あと──21秒。
「なら『鍵』は──ヒントはタイトル〈常世の夜〉に隠されていることがわかる」
あと──19秒。
「そしてこの文章」
先輩は再び暗号をなぞる。
「一見すると何を言っているのかよく分からない文だけど、ここに〈常世の夜〉というタイトルから得られるヒントを加味して考えると──」
残り──15秒。
「この暗号には〈常世の夜〉という題名を連想させる箇所がいくつかあることがわかるよね」
「?…どういうことですか?」
「ごめん千景ちゃん、もっとわかりやすく言うね。〈常世の夜〉、いや「と・こ・よ・の・よ・る」。これらの文字が順番に書かれているんだよ」
残り──11秒。
「ほら、こことか」
先輩が次々とその箇所を指さしていく。
『──ミッケとニアイコールで結ばれるロゴよ。悲しいかな、その性のニュアンスよ。彼のスキルは活かす場所を間違えた』
「かなりこじつけじゃないですか?」
「仕方ないよ。先にあるタイトルを元に文章を考えたんだから。多少強引な文章になっても」
「気になってたんですけど、『の』の前の性ってなんて読むんですか?」
冴月が聞いた。国語弱いのかな。
「性だと思うよ」
先輩が優しく教えていた。残り──9秒。
「これで何がわかるんですか?」
我ながら姑息だ。誤用ではない。時間稼ぎだ。
「多分、こうして分かった文字の周りに、答えに直結するヒントが隠されているんだと思うよ」
「どうでしょうか?」
一応言っておく。あと──7秒。
「周りなんて曖昧だけど、多分前後じゃないかな。そしてその文字たちの後はない」
「どうしてですか?」
「句点が間に一文字しか挟まないで2つもあるから。まあアナグラムっていう可能性もあるけど。流石に6文字で2分以上にはならないよ」
「とすると──」
先輩は頷いた。
「文字たちの前の文字ってことになるよね」
「一つ一つ挙げていこうか。との前は『ケ』、この前は『イ』、よの前は───」
その時だった──
僕が待っていた、その時。
僕の切り札、最後の砦。それが舞い降りたのは。
──キーンコーンカーンコーン
──放課後の校舎に、ゲームセットを告げるチャイムが鳴り響いた。
長すぎて二話に分けることにしました。
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