解答編は──終幕後に
謎解きパートです
先輩の推理は尻切れトンボで終わった。
チャイムの音を理由に、僕が大義名分を振りかざして慧悟と冴月を図書室から追い出したからだ。
その際、〈常世の夜〉は慧悟に押し付けた。先輩の手の届く場所にある方が危険だろう。
罪悪感を感じなくもないが、仕方ない。奴から頼まれた、仕方のない理由があるのだから。
僕と先輩は、後片付けと戸締まりのために少し図書室に残った。
「ね、朽葉クン…」
「なんですか?」
窓を閉めながら聞き返す。先輩はカウンターで日誌を書いていた。
「詰めが甘いよ」
わかっている。なんのことを言われているのか。
窓の外からオレンジ色の西日が差し込んで、其の眩しさに僕は目を細めた。
「やっぱりばれちゃいますよね」
先輩は僕の仕掛けと暗号を全て見破った。先輩相手には分が悪い勝負だとわかっていたけれど、僕は改めて感服した。
「頭のキレる隣人がいると、ろくに悪いこともできませんよ」
「悪いことじゃ、ないでしょ」
「先輩を騙しました」
「頼まれたんだよね。暗号の作成者から。いや──」
先輩はカウンターからこちらに歩み寄ってきた。その顔も夕日に照らされて。けれど夕日の眩しさではなく、別の何かが眩しくて。
「──千景ちゃんから」
そうか。この人はここまで分かっていたのか。
僕に〈常世の夜〉を守れと頼んだ奴が、暗号を作って、それを押し付けたやつが
──冴月千景だと言うことを。
その理由も。
あの暗号の意味に気がついたのだから、それは当然と言えるかもしれないけれど。
「私の仮説は『告白』。千景ちゃんはあの暗号に、ラブレター的なものを仕込んだんじゃない?」
「確信があるなら疑問形にする必要はないでしょ」
「ふふっ。性を平仮名で考えていいのか不安だったから。あの暗号は『ケ・イ・ゴ・が・ス・キ』。──慧悟が好き。無駄のない、これ以上ないくらいストレートな告白だよね」
そのとおりですよ。
僕の脳裏に先程の──もう随分前のことのような気がするが──先輩が来る前の図書室でのやり取りがフラッシュバックする。
「秤!悪いけどこれを──」
いきなり図書室に侵入してきた奴──冴月千景は僕にハードカバーの〈常世の夜〉を手渡した。
「これを守りきってくれ」
「国家機密を託すテンションで言うな。そんな死亡フラグに僕を巻き込むんじゃない」
「ある意味それくらい重要だ」
大袈裟な。
「そんなことより今日はどうした?いつも敬語なのに」
「やめてくださいよっ。慧悟くんのことでいじってくるの」
「僕は断じて慧悟の話なんてしてない。──冴月の口調の話だ」
冴月は基本的に、誰に対しても敬語だ。それが今に限ってタメ口になっている。いや別に悪くないけれど。
「もうっ。秤くん振った話じゃないですか『恋人同士はタメ口が一般的かどうか論争』」
「あー」
確かにこの間、慧悟とそんな話をした記憶がある。冴月が会話に参加していた記憶はないのだが、聞き耳でも立てたのだろうか。
「その時、慧悟くんが『そりゃあそうだろ笑笑』とか言ってたから直してるんですよ!」
それは健気な努力なことで。明らかにタメ口に慣れていない話し言葉に笑いを噛み殺す。
僕は渡された〈常世の夜〉をパラパラとめくる。
「一体何なんだこれは」
この暗号は。
「これは──ラブレターです。『とこよのよる』の文字の前の文字を並べると…」
「あー『ケイゴがスキ』か。なるほどこれを他の人に見られるわけには行かないよな。──で、守るっていつまでだ?」
「わたしはさっき、慧悟くんにこの本を強く薦めてきました。慧悟くんなら借りにきてくれるはずなのでその時までで結構です」
なら他の人に解かせるわけにはいかないな。たとえ先輩であっても。
「お願いできますか?」
「仕方ないな──幼馴染たちの幸せのためだ」
冗談めかしてそんなふうに言ってみる。
幼馴染の幼馴染は幼馴染。
僕ら──僕、慧悟、冴月は幼馴染だ。昔は僕だって千景と呼んでいた。学年が上がるにつれ、こいつが恥ずかしいとのたまったから苗字呼びに変えただけ。ちなみに慧悟は冴月が何度言っても──むしろ頑なに苗字呼びを求める冴月が面白かったらしい──呼び方を変えなかった。
僕と冴月は段々と疎遠になっていったが、むしろ慧悟との間には恋愛感情が芽生えていったらしい。
「とにかくこれを、その時が来るまでこの場所から動かさないでくれ」
タメ口の練習中だと思い出したのか、口調が戻っている。
「いいか、くれぐれも他の人にバレないようにな」
「ちょっと待ってくれ」
足早に図書室を去ろうとする冴月を呼び止める。
「なんです………いや、何だ?」
「慧悟のその発言の話だけどな」
「?」
「その後で同じことを聞いたら『やっぱ素のままが一番いいよな』とか言ってたぞ」
僕がそれを言うと、途端に冴月の顔がトマトのように赤くなった。
「それを早く言ってください!」
かくして、冴月が再び僕たちに話しかけるときには、普段通りの敬語で話していたのだった。
「キミはラブレターを守るように千景ちゃんに頼まれた。だから今まで私から、〈常世の夜〉を遠ざけるような行動をとっていた。あってる?」
「正解です。そもそも、あの本が落ちなければこんなことする必要はなかったんですけどね」
「不自然なんだよね。私からはあの本を遠ざけようとしてるのに、凪霞クンにはむしろ積極的に薦めてたり」
「大変でしたよ。薦められたとはいえ読書に興味のない慧悟に借りさせるのは」
だから、多少強引に押し付けた感はある。
「冴月は一ヶ月くらい前にあの本を読んで、タイトルを使って暗号にすることを思いついたそうです」
「それでもう一度、今度は無断で借りたってとこかな。自分で本を買って渡せば良かったのに」
「暗号を解いてすぐに自分からだって知られるのが恥ずかしかったみたいです。そもそも恥ずかしいから暗号にしたみたいですけど。あ、それと本屋で探しても同じ本がなかったっていうのも理由の1つらしいです」
まあ新品を渡すと違和感を持たれるかもしれないと考えたのだろう。
「どうして協力したの?キミのキャラクターと微妙に合わない」
「僕のキャラを把握してるんですか?──けどまあ、確かに似合わないですかね…幼馴染とはいえ他人の恋愛事情に干渉するのは」
けど、と言葉を繋ぐ。自嘲気味な笑みが漏れてしまう。
「僕は『陳腐』で『ありふれた』、平凡な物語が大好きですから」
あるいはそれは、そうありたい──そんな意味だったのかもしれない。
それまで真っ直ぐ僕に向けられていた先輩の視線が少し横に逸れる。
「言ってくれれば良かったのに」
「先輩が僕なら、言いますか?」
分かってる。先輩は僕の事情を。僕は先輩の続く言葉を。
「言わない──」
そう。お互いに理解っていることだ。僕はまだ先輩を知らないし、先輩もまだ僕を知らない。お互いを知らない僕たちに、頼まれたことを覆せるほどの信頼関係は存在しない。
「──けど、」
真っ直ぐな瞳。純粋な瞳。感情を率直に表現できる瞳。
何故だかそれが、どうしようもなく美しく思えてしまって。
凛とした先輩が、美人だとかとは違う意味で綺麗に思えてしまって。
「言ってほしかった…」
「……!」
一旦逸らされたその視線は、再び真っ直ぐに、僕を射抜いていた。
「頼みでもお願いでもないけれど、キミが聞く義務なんてないけれど───言ってくれると嬉しかったな」
「…………」
僕は、喉元から出かかった言葉を飲み込んだ。
それは先輩の言葉に対する返答と、ずっと前からの疑問だった。
それはあの日からの疑問だった。
それは僕たちの関係を、間違いなく変化させる問いになっただろう。
けれど僕は、言葉を飲み込んだ。
「さよなら。また今度ね」
先輩がほんの少しだけ内面を見せてくれた今だからこそ聞くべき問いだったのかもしれない。
けれど僕は、その言葉を飲み込むことを選んだ。そしてありきたりな返答を選んだ。
「今日はすみませんでした。さようなら」
それは模範解答的な返答だったのかもしれない。
少なくとも僕が言おうとした言葉よりかは。
────うっ…うぅっ……バカぁ……
「一年前のあの日、何があったんですか?」
そんな、非常識な問いよりかは。
僕が帰る途中に雨が降った。
約十年ぶりだとかいう大雨で、傘を持ってきていない僕は濡れて帰ることになった。
傘をさしている先輩を見かけたが、入れてくださいとは言えそうになかった。
作者による、誰も気づくことのないであろう伏線回収コーナー〜〜〜!!
主旨:伏線として出したものの誰にも気づかれず埋もれてしまうであろう伏線を作者・四迷自ら回収するコーナーです
さて記念すべき第一回は…………
〈登場人物たちの名前に関する伏線〉!
登場人物たちの名字は季節をイメージしたものとなっています
朽葉秤→朽葉→秋
桜庭奏→桜→春
凪霞慧悟→凪&霞→夏
冴月千景→冴えた空の月→冬
夏(慧悟)と冬(千景)を秋(秤)と春(奏)が結びつける、という構図を示す伏線でした。
気付けるわけ無いやん!……本当にこれは四迷が悪いです。
もし!この伏線や結末に驚かれた、面白かったと思って頂けた方がいたら、ブックマーク&評価よろしくお願いします!




