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武者巫女の舞


「伊予国の御家人、河野「六郎」通有は異賊警固のために伊予から出陣した時に――


『十年の内に〈帝国〉が来なければ、異国へ渡って合戦する』


 ――と言い切り、起請文を書いて氏神、三島社に誓い、それを焼いて灰を飲み込みました」


「うぇ……灰を飲んだの」

「起請文ってなに?」


「起請文というのは、ある約束を交わすときに神仏が立ち合い、もしウソ偽りがあれば仏の罰を受けることを誓うものです。

 皆さんも河野通有のように必ず守りたい約束がありましたら、起請文を作りましょう」


「けど、お高いんでしょ?」


「そうですね。起請文を一から作るのにもかなりの労力がいりますし、それに仏さまへのお供えも用意しなければなりませんので、それなりの銭が必要になります」


 それができるのは武士ぐらいだよな、と童たちは思うのだった。


「こほん、え~それでは起請文により菩薩の加護を得た河野通有の戦いについて語りますね」


「そういう話だっけ!?」



 ――――――――――



 八年の雌伏の時をへて、兵船二隻をもって異賊へ襲撃をしました。


「いまがそのとき! この身に不幸はあらんや!!」


 さすがに異賊も待ち受けており、放たれる石弓の矢によって郎党四、五人地に伏しました。


「石弓を放てぇ!」


「ぐわっ……」

「ぎゃぁ!」


 さらに伯父も手負、河野自身も石弓に左肩を討たれました。


「ぐ、毒矢を受けてしまった……わしの先は長くないかもしれん」

「ぐぬ……同じく毒矢に左肩を射抜かれて、もう弓を引くことが出来ぬ。だが、不思議と力がみなぎるのを感じます」

「おお、それが噂の八幡菩薩さまの加護か!」


 絶体絶命のその時、河野は太刀を片手で持って帆柱を一刀両断したのです。


「どりゃあ!!」

「おお、柱を斬って、それが橋になった!」

「一気に乗り移って攻め込むのだ!」

「応!」


 その柱を賊船にかけて乗り移り、さんざんに斬り込んで、多くの敵の首を討ち取ったのです。

 その中に大将と思われる王冠をかぶりし大男を生け捕りにすることに成功しました。


「ぐ、まいった……」

「はぁはぁ……我らの勝ちだ! 敵将を捕縛したぞ!」

「うおおおおお!」


 もちろん彼を称えない者はいませんでした。



 ――――――――――



「いいですか。河野通有という武将はそれはもう徳の高い素晴らしい御仁でした」


 あ、またこの展開か、と童たちも察する。


「この八幡愚童訓には書かれていませんが、後の話として朝廷に仕える絵師であらせられた三河権守(みかわごんのかみ)殿が恩賞として土地を与えられました。実はその伊予国の恩賞地というのが痩せ細った土地であり、たちどころに困窮してしまったのです。そんな三河権守殿に手を差し伸べて救ったのが河野通有という御仁です。彼はたまたまであると一切誇りもせず、おごり高ぶらず、その徳の高さに朝廷も感激したほどでした。まさに…………くどくど…………」


「和尚さま、話が長いです!」


「おっと、これは失礼しました。ただ、河野通有は信仰心の篤い御家人だということを忘れないでください。それでは続きといきましょう」



 ――――――――――



 さて、戦いは続き、大友嫡子である「蔵人(くらうど)貞親(さだちか)は三十騎にて海ノ中道を進みました。

 そして、攻めに攻め込んで荒々しく戦い敵を破り、首を取って帰ったのです。


「海ノ中道の敵を蹴散らせたな」

「さすがです。御父上も敵将と思しき男に追い討ちをかけているところです」

「そうか、この勢いなら我らの勝ちも見えるだろう」


「ならば関東の武士がいかなものか、お手並みの程を見てもらいたい」


 そうと言って前に進にでたのは、安達城次郎が手の者、新左近十郎、今井彦次郎、財部九郎とその叔父甥たち郎党でした。


「ほう、噂に聞く坂東武者たちか」

「さあ、敵がいる志賀島まで攻め込むぞ!」

「応!!」


 彼らは押し寄せて散々に命の限り戦いました。

 しかし、彼らは惜しくも討死しました。


「王某将軍、行きますか!」

「ああ、今だ。胸甲石弓騎兵の猛者どもよ! 敵を蹴散らせ!」

「おおおおおおお!!」



「た、たいへんです! 坂東武者が全滅しました!」

「なんだと!?」


 その後も九国の兵がたびたび合戦をしました。


「ええい、弔い合戦だ。攻めて攻めて、攻め込むのだ!!」

「応ッ!」


 その後、異賊たちは鷹島へと撤退していったのです。


「クドゥンのお頭。これ以上持ちこたえられません!」

「仕方がない。全船団を鷹島へと集結させるのだ!」

「ハッ!」


 この時、大軍をもって攻め込めばと思うのですが、すでに皆三十、五十の寄せ集めしか残っていませんでした。


「若者はみな討ち死にしたのか……」

「それに総大将が不在なので、これでは鷹島まで攻めることはできません……」

「仕方ない。博多の守りに徹して時が来るのを待つしかない」

「待つ、一体何を待つというのだ!」

「八幡さまじゃ。八幡菩薩さまが必ず異賊降伏してくださる。その時まで待つのだ」

「八幡さま……そうだ俺たちには八幡さまがついている……」

「待とう。八幡さまが救ってくださるまで、この石築地を守り通そう」

「応!」



 ――――――――――



「こうして武士たちはさんざんに戦ったのですが、すでに敵を追い討ちできるほどの兵は残っておりませんでした」


「ええぇ……」

「猪武者すぎる……」

「お、和尚、それで勝てたんですよね?」


 和尚はにっこりとしながら語る。


「それが、都でこんなウワサが流れました――」


 そして、わざと声を低くして言う。


「――――九州が陥落した、と」


「そんなー!」

「そんなー!」

「そんなー!」


「ここにも書かれていますが、九国はすでに陥落して、長門に上陸しているらしい。いま攻め込んできていると噂がたつ。また東海、北海からも上陸してきている、一体どこに逃げるべきか――」



 ――――――――――



 ――とささやき、その話を否定する者は居ませんでした。


 さらにそのウワサが真かのように米穀物の類が九国から西国へ流れてこなくなりました。


「おおい、商人たちが九国から京に来なくなったぞ!」

「なんだって!? これじゃあ米不足になっちまう!!」

「こうしちゃいられない。今のうちに米を買わないとえらいことになるぞ!」


 京都の商人たちは売買に資金を費やし取引に当たりました。

 しかし時すでに遅く、大枚はたいても何も買えない状況になってしまいました。


「これでは異賊が乱入せずとも、この飢饉によって死んでしまう……」

「腹減った……だれか……こめ……」

「水だ、飢えをしのぐために水で我慢するんだ…………」



 ――と喚く有様でした。



 この京の都に暗雲立ち込めるときに立ち上がったのが、京にほど近い山寺の僧侶たちでした。

 まず何が起きたのか、順を追って説明しましょう。


 六月四日、一山(いっさん)の僧侶たち総出で、不断にお経を唱え続けました。

 それを十八日まで続けておりましたが、その一日の内に僧侶五十人がお経を唱え続けました。


 さらに!


 二十日には月卿雲客が御幸――天上のさるお方が外出してきまして、そこで神楽が披露されたのです。


「亀山上皇の命により神楽を舞う催しがおこなわれている」

「くれぐれも粗相のないように、熱心にお経を読むのだ」

「わかっております」


 その秘曲ともいえる神楽の演奏が終わったまさにその時です。


「ご報告申し上げます! さる六月六日より十三日にわたる、昼夜問わず行われた合戦にて、異賊を千人あまり討ち取り、残る賊軍の船団は退却しました!」


「おおお!」

「神楽の演奏が終わると同時に吉報が訪れるとは――いやはや」

「さすがでございますな」


 そう、なんと異賊たちを志賀島から鷹島へと撤退させることが出来たのには訳があったのです。

 この六月からずっと祈祷し続けたおかげで、九国の武士たちに加護が与えられたのです。



 ――――――――――



「そうだったのかー!」

「そうだったのかー!」

「そうだったのかー?」


「そうなのです。そしてその後も祈祷を怠るようなことはせず、二十三日より山の上にて、計一千部のお経の書を、百の僧たちが十日間かけて読破しました」


 さらに和尚は僧侶たちの祈祷の話を続ける。


 しかし、たいして面白くもないので童たちの集中力がきれた。


 その童の一人がキョロキョロとあたりを見渡すと二人いたはずの巫女が居なくなっているのに気が付いた。


 いいかげん何月何日に何人の僧侶がお経を読んだ、という話を聞き続けるのも飽きていた。

 いつものように咳払いしてもらいたかった。


「七月一日、三十人の僧侶が石清水の社にてお経を読みました…………


 そしてついに!


 同四日に社壇にて巫女が儀式を始めたのです!!」


「!?」

「!?」

「!?」


 同時に和尚の後ろから巫女二人が現れた。

 だが、その姿は甲冑を着た、武者巫女の姿だった。


 童たち驚きの余りに絶句する。


「女御子が男に成って甲冑を着せ、兵杖を持たせて、異国の合戦に打ち勝った戦勝儀式を始めたのです!!」


 そう言い切るなり、和尚はお経を読み始めた。


「はっ!」

「えいっ!」


 そして巫女たちは合戦を模した打ち合いを演じてみせる。


 熱心にお経を読む和尚。


 舞を披露する巫女。


 唖然とする童たち。


 いったい何を見せられているのか?


 困惑する中、一人の童があることに気が付く。


 甲冑を着ながら動く巫女が、汗だくになり、濡れた巫女服に薄っすらと柔肌が見えたのだ。


「……つーー、わっぷ!? 血? 鼻血!?」


 この混沌としたお寺の中で信仰力とは別の原始的な力が渦巻いていた。


 童たちの心象風景に、何百もの僧侶たちが汗だらだらになりながらお経を叫んでいる姿が見えた。


 そして、その前で何十もの武者巫女が汗だくになりながら舞を踊っている。


 なぜか鼻血を出す僧侶たち、という光景がありありと浮かんだ。


「摩訶般若波羅蜜多心経!」

「南無阿弥陀仏!」

「巫女御子――ぶぱっ」



 もはや何が起きているのか、わからなくなり、童たちは放心状態となった。


 お経を読み終えると同時に武者巫女の舞も終わった。


 すると巫女たちはまた奥の部屋へと移動していった。


「ふぅ……さて、同夜より有官無官関係なく、毎夜にお経を読みながら巡礼する儀式を執り行いました」


「まだ続くの!?」

「まだ続くの!?」

「まだ続くの!?」


「おや、皆さん集中力が切れてしまったようですね。仕方ありません。少し早いですが食事としましょう」


「よかった~」

「飯だ。とにかく何か食べて落ち着こう……」

「うん……巫女さんっていいね……」




 しばしの休憩の後、また八幡愚童訓の語りが始まった。


「それでは六月の祈祷の戦いから、次に七月の祈祷の戦いとなります」


「ええ~~!」

「ええ~~!」

「ええ~~!」


「これは非常に大事なことなのです。なぜならこの祈祷により、龍神さまが遣わされるのですから」


「八幡さまじゃない!?」

「まさかの新展開!?」

「なん……だと……」


 弘安の役はついに最終決戦となる。

展開が斜め上ですが、いきなり京都の困窮、集団お経、亀山上皇が神楽を鑑賞、からの武者巫女の儀式は八幡愚童訓さらっと書かれてます。

オリジナルの展開では断じてない。


『同四日壇御子風流シテ渡ル、女御子ヲ男ニ成シテ、甲冑ヲ着セ兵杖ヲ持セテ、異国ノ合戦ニ打勝タル悦申ノ儀式也』

参考URL

https://khirin-ld.rekihaku.ac.jp/rdf/nmjh_kaken_medInterNationalExcange/E8881


こういう面白描写こそ、大河なドラマでやってくれたらいいのに……。

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