異類異形の大合戦
七月も毎日酉時(午後6時)に皆で参拝しました。
その中に叡尊という高僧がいたのです。
「叡尊さまだ。叡尊さまが参られた!」
「御輿のように担がれている!?」
「それはそうだろう。すでに八十を越える御老体、これから毎日参られるのだから少しでもご負担を和らげようという弟子たちの心遣いだ!」
そのときの、ご尊顔は四海の波を重ねたがごときシワを刻み、眉は八の字の霜が垂れるような白眉でした。
その御方の胸中は六大無碍(この世のあらゆる物質)、が秋の月のように朗らかであり、三聚浄戒(菩薩が守る三つの戒律)、が袂の上で輝き見えたのです。
「おお、見える見えるぞ。叡尊さまの霊気が溢れているのが見える!!」
「目から、目から涙がとめどなく出続けてしまう」
叡尊さまのその光景に、公家僧侶神官問わず、感涙の涙が出るほどでした。
閏七月一日、その叡尊さまが高座に登り、人に願い事を言うように神に祈祷を始めました。
「異国襲来は身分の違い男女とわず皆が嘆き悲しむ思い、七道諸国の悩みとなっています。悲しいことです。三千余りの社が奉る菩薩さまの居る神国を滅し、十二の教法、二大宗派の法門を失うことは、皇運は未だに尽きてません。正道が無くして神への非礼を咎め、天は虚妄を嫌うでしょうが、
次に述べる御神託を果たすのはいつでしょうか? 今でしょう!
あなたは言いました、天平勝宝年に『他国より我が国に異人たちが争いに来たなら、彼らの力を捨てさせましょう』
延喜二十一年六月十一日には『公家の勢い衰えて人民の力なき時』と誓いしこと、今まさにその時と言えます。
早く霊威を施し、怨敵を退けるべきと言えましょう。
そもそもまたしても異国がこの地を来るということは、〈帝国〉は犬の子孫であり、我が民は神の末葉です。
神と犬の争いで力が及ばないなどありえません」
叡尊さまはこのように言い、御神託を果たされるのは今でしょうと言いました。
実際に見たことはなくても私にはわかります。
その時、霊気が山々を覆い、人々の信仰力が一か所に集中したのです。
その後も、叡尊さまによる説得は続きました。
このように全身全霊をもって心身を砕き、重ね重ね祈られたのです。
そのとき!
なんと御宝殿の中から、波立音が聞こえてきたではありませんか。
――ザザーン。
――ザザーン。
「波だ。波の音が聞こえる!」
「今までなかったことだ。きっとお告げに違いない!」
「この数か月分の信仰力で……いったい何が起きようとしているんだ!?」
これこそが大菩薩さまのお告げだったのです!!
さて、そのお告げが正しかったことが、閏七月四日から続く大法会のときにわかりました。
その大法会の導師には叡尊、咒願者本浄聖人、さらに七百人ほどの僧侶、皆行列に立って、お経を読み上げたのです。
楽人、舞人たちも秘伝の舞を披露しました。
「異賊が乱入してきたら皆死んでしまうでしょう」
「ええ、そうでしょうそうでしょう。なれば、これが現生における最後の思い出、来世の冥土の土産として一族の秘曲を披露しましょう」
このようなご時世に披露することはある意味哀れなことでしょう。
その同月五日より七日に至る一切のお経を読み上げていると――知らせが舞い込んできたのです。
志賀島より早馬が来て、伝令がこう言いました。
――――――――――
「………………」
「………………」
「……スヤァ」
童たちは龍神さま出てこないじゃん、と思っていた。
そのときに巫女が部屋の奥から波の音を出して、その音にゆられ微睡の中へと一瞬で落ちた。
和尚が息をあらん限り飲み込んで、一気に吐き出す。
「七月晦日(末日)、夜半より乾風がすさまじく吹き、閏七月朔日(一日)に賊船が流され水没したのです!」
「!!?」
「っな!?」
「はっ……なんだって!!」
起きたのを確認してから、今度は落ち着いた口調で喋る。
「それではこれより、伝令が述べたこと、その真相を話しましょう」
「きたきたきたきた」
「こいこいこいこい」
「…………ミコミコ」
童たちもなんとなく、この本はすべてが終わった後からが本番なのだと察していた。
――――――――――
まず鷹島に終結した異賊たちとそれと対峙する武士たちがいました。
そこへ六月末日夜半より風がごうごうと吹いたのです。
「風だ! 大風が吹いているぞ!」
「感じるぞ、これは法力だ。とてつもない法力が吹き荒れている!」
「五郎の旦那ぁ……いったいどこに行くんですか!?」
「海だ。浜辺から何が起きているのか、ちょっと見てくる」
「それ波にのまれます――って、待ってくださいよ~!!」
翌、七月朔日(一日)、異賊船が難破しました。
「ふ、ふねが傾くぞ!!」
「退避! 退避!」
「ぎゃああああ!!」
「おお、異賊の船団が次々と沈没しているぞ!」
「危険ですって、波にさらわれますよ!」
「む――いかん、大波がっ!!」
「ぎゃーー!!?」
このとき!!
海から青龍が現れたのです!!
――!?
――!?
――!?
「お、おぼれ――ぶぼぼぼぼぼ……」
「ぶっはーーーー!!」
「生きてる……生きてる!? 旦那生きてますよ!!」
「これは、せ、せ、青龍さま!!?」
「乗ってる……青龍さまのお背中に乗ってる……あわわわ……」
『ゴアアァァァァッ!!』
「アタカイ将軍。う、海から龍が出ました!」
「うろたえるな! 石弓で反撃せよ!」
「ハッ!」
そして硫黄の香りが、虚空に満ちたのです。
「硫黄だ。硫黄の臭いがするぞ」
「それはつまり!」
「てつはうの原料だ――爆発するぞ!!」
――!!!!
「船と船がぶつかって爆発しました!」
「船団の一部で火災が発生しています!」
「まだだ、この程度で負けを認めることなどできるか!!」
そして、ついについに異類異形の者共が現れたのです。
――異類?
――異形?
――人外?
そう異類異形の者共、つまり物の怪の類がこの戦いに参戦したということです。
なんと弘安の役は魑魅魍魎たちの大合戦だったのです!
――な、なんだってー!?
――な、なんだってー!?
――な、なんだってー!?
「竹崎季長よ。久しいな。実に七年ぶりか?」
「その声は巴御前さま!? またしても助けに来てくれたのですか!」
「あの叡尊殿の絶大な法力の影響で、今この博多の地は生と死の境界が曖昧となっている」
「そ、そうだったのですか、さすがは叡尊さま、道力が強すぎる!」
「そんなことよりも助けて下さ……うへぇ……」
「お主らがへばりついてると青龍さまも本気を出せぬのでな、空を見よ。異形の者がお主らを運んでくれる」
「あ……あれは鳥か、いやカラス? 多いぞ、空が見えなくなるほど多いぞ!」
「違いますよ。あれは天狗だ! 天狗にさらわれるぅぅぅぅ!!!」
「飛ぶ飛ぶっ! 空を飛んでるっ!」
「まだだ、まだこれですべてではない。二人とも陸を見るのだ」
「あ、あれは!?」
『ブモオオォォォォッ!!』
「あれは猪か? 白い巨大な猪だ」
「五郎の旦那、あれは鎮西の猪神ですよ。猪神が眷属を引き連れてきやがった!!」
「なんだと!?」
『オオオオォォォォッ!!』
「今度はなんだ。でかいぞ。山よりもでかいぞ!」
「あれは大人弥五郎ですよ。南九州のダイダラボッチこと大人弥五郎がここまで来たんですよ!」
「弥五郎どーーん!!」
『うわああああああああ!』
『うわああああああああ!』
『うわああああああああ!』
「あれは、あれはなんだ。多いぞ人外の者共が数多いるぞ!」
「あれは魑魅魍魎の百鬼夜行ですよ。なんでいるんでしょうね?」
「どうやら叡尊殿の強力な法力が京の都を中心に発せられて、それから逃れるためにここまで来たようだな」
「そうなのですか、巴御前さま!?」
「それにみよ。ついに八幡菩薩さまが顕現なされた」
「あ、あれは――雲が、嵐の入道雲が形を変えて、青龍さまの上に――菩薩さまが御乗り奉られた!?」
「りゅ……龍上八幡菩薩さまだ……」
『儒倭』
そうまさに顕現あそばされたのです!!
――ガタン。
――イヤッッホォォォオオォオウ!
――イヤッッホォォォオオォオウ!
――イヤッッホォォォオオォオウ!
「な、なんなんだこれは……いったいどうすればいいのだ……」
「アタカイ将軍報告します。クドゥン将軍がすでに撤退してしまいました!」
「なんだと!?」
そのあまりの光景に敵の大将軍の船は恐れをなして去っていきました。
残る残党は船が岩礁に打ち上げられ、あるいは沖を漂い海上は死人多く、岸に打ち寄せられて重なり、島を築く様相となります。
「ギャアアアアア!」
「助けてくれー!」
嵐のような出来事の後になります。
鷹島に打ち上げられた異賊、数千人は船が無くて、疲れていました。
「もう、何が起きたのかわからねぇ……」
「とにかく、船を修理しよう」
「どけどけ、このアタカイが船に乗る。貴様らはそのままこの島に残れ!」
「そ、そんな!?」
船七、八艘に〈帝国〉の人が乗って逃走しました。
そこへ今度は鎮西の少弐「三郎左衛門」景資を大将として数百艘で押しかけたのです。
「全軍をもって攻め込め!」
「応!」
「うおおおおお!」
異国兵は船で逃げようともせず、命を惜しまずに戦い続けました。
「いいぜ! 来るならこい! 返り討ちにしてやる!」
「張総官に続け!」
「うおおおおお!」
互いに押さえつけようと引組て、海に入って刺し違えて、死す者もいました。
『……聞きしに勝る……まこと……の武人』
「我が……生涯……悔い晴らせ…………也、ぐぅ!」
落ち重なりて首を取る者もいました。
「その首、もらったー!」
「さっすが宮司藤原殿は分捕りの作法もみやびでよかとばい」
射伏して、切臥する、そして勝負を決っしました。
「……すばらしき、戦い……殿……そちらに行きます………………」
『はぁはぁ……勝った? はぁはぁ……なんてつえぇ猛将だ…………はぁ』
戦のあとには敵も味方も被害の数を知らずという有様でした。
その大戦のあとに千人ばかり残り、平に降伏をしてきます。
『俺らは……これ以上戦うことを望まない。俺の身はどうなっても構わんが、――どうか、どうか部下たちを助けていただきたい』
しかし生かしては無益とみて、那珂川にて斬首したのです。
『………………なん……だと……』
はじめは首を掲げ、後は打ち捨てました。
南宋人の中で少数だけ生かした、と言われています。
「ゆる……されたのか?」
「……ゆる、されたな」
また、大将の船は青龍によって長門の浦に吹きつけられていました。
閏七月五日、関東より合田五郎、安藤二郎そして、その手の者である新左近十郎、今井彦次郎等を一番手として九国の兵が集まってきました。
「合田殿、我らが必ずや敵を討ちましょう」
「ああ、そうしたまえ」
「いくぞ!」
「うおおおおお!」
「なにをしておる。船は出せないのか!」
「ダメです。座礁しています!」
「くっ……このような所で死んでなるものか!」
「ふおおおおおおおおお!!」
「なんだ。上から人が落ちてきたぞ!」
「空飛ぶ人!? カラス?? それに乗ってきたのか!?」
「はぁはぁ…………お主が大将首と見た。その首ぶんどりゃあああ!!」
「忌々しい蛮族めが、いまだに邪魔するというのか。今度こそ貴様の息の根を止めてくれる。いくぞヒャウッ!!」
「ホッホッ、ホアッ! 槍と剣さらに二対一、勝ったなガハハッ!」
「全員船に飛び移れ、首を分捕るんだ!」
「うおおおおお!」
「!!」
「!!」
武士たちは複数個所から押し寄せて、異賊たちを皆討ち取るのでした。
ただし、ことごとく殺し尽くしては今回の神の威徳を誰も知ることができません。
そこでたった三人だけ助けて、「彼らの王にことの真相を偽らずに報告せよ」と言いつけて、小舟に乗せて帰しました。
――――――――――
「ぽか~~ん」
「ほへ~~」
「なんで、巫女さんもう出てこないの? なんで?」
童たちは、もはや話についていけず放心状態となっていた。
「おっほん。まだ話は終わっていません。最後にありがたいお言葉が書かれていますので、その部分を読みますね」
「まだ続くの!?」
「まだ続くの!?」
「まだ続くの!?」
和尚は真剣な顔で、「続きます」というのだった。
内容濃すぎる……
本文は
『大将軍ノ船ハ、風以前ニ青竜海ヨリ頭ヲ指出、流黄〔硫黄〕ノ香虚空ニ満テ、異類異形ノ者共眼ニ遮シニ、恐テ逃去リヌ』
というようにあっさりと書いて終わりですね。
見ての通り、実は当時の執筆者がどういうニュアンスで書いたのかよくわかりません。
まあ八幡愚童訓だからしょうがない。




