求めたドーナツに求めてない警察
目白台本邸は朝からバタバタと騒がしかった。元凶は黒木の足音だ。そして声も騒がしい。
「若! どこですか!」
いつものように朝の挨拶に尊の部屋を訪れた黒木は無人の部屋に迎えられ現在に至っていた。この時ばかりは広い屋敷に嫌気がさす。
「朝から騒がしいな」
大きなあくびをしながら近寄ってくる還田を黒木はキッと睨む。そして、尊がいないのだと迫ってくる黒木の顔に寝ぼけた頭を起こされた還田は身を引く。
「電話しろよ」
還田の助言に黒木は確かにとハッと携帯電話を取り出した。その様子を1歩下がって還田は呆れたように見る。還田としてはたまには1人で出歩きたいこともあるだろうと年若い尊のことを思いやる。
事実、尊は黒木と一緒にいることは苦ではなく普通の楽しい日常だと思っている。しかし、出かけるたびに黒木がいるのは過保護すぎて面白くなく、たまには1人でのびのびとしたいと思ってしまうのも仕方がない。
「出ない・・・・・・それに腕時計も置いて」
尊がGPSその他機能付きの腕時計を置いて姿を消し、なおかつ電話に出ないことにおろおろしだす黒木に新たな声がかかった。
「大丈夫だろ。心配しすぎだ」
携帯電話の画面を見ながら本邸に泊まっている隠岐が黒木と還田のもとにやってくる。隠岐の言葉に何を根拠にと泣きそうな声で黒木が縋った。隠岐は勘だというと画面に視線を戻した。
実のところ隠岐には根拠があったが黒木や還田には教えない。川熊組の事件後、黒木、隠岐、還田、湖出監修のもと本居によって製作された腕時計のほかに尊にはGPSが付いていた。
川熊組との乱闘で傷がついたサングラスをみて丁度いいと隠岐はGPS付きのサングラスをプレゼントしていた。そして隠岐は用意周到に普段出歩くときに伊達眼鏡をかけるからと眼鏡もプレゼントしていた。
隠岐からのものを使わないわけもなく、尊はきちんと眼鏡をかけて出かけているようである。隠岐の携帯電話のMAP画面には赤い点が尊の場所を知らせる。
当の騒ぎのもとである尊は朝からCAFÉ巡りをしていた。
見つからないように本邸を抜け出したが駅前についてみれば8時半。このような時刻から開いている店など少ない。もう一度腕時計を見て、まだまだ時間があるなと1件目の喫茶店に入店する。新聞を読み、珈琲を味わうが尊はあまり長いするタイプではない。
悩んだ結果、大好きな珈琲の飲み比べCAFÉ巡りイベントが発生していた。
CAFÉ巡りが終了し抜け出した目的のものを手に入れて尊は目白台本邸に歩き出した。あと徒歩5分の距離で尊はスーツ姿の男に声を掛けられ尊は足を止めた。スーツ姿の男は内ポケットから手帳を取り出し尊に見えるように掲げていた。
「警視庁捜査第1課の堂園です。お近くの方ですか」
「・・・・・・」
堂園は何も言わずあたりを見渡す若い男を訝しむ。一見、優しそうで言い方が悪いかもしれないが、頼りない眼鏡をかけた男になにかあるのかと警戒する。
尊も警戒されたことに気が付きはっきりと目の前の堂園にきいてみる。
「お一人なのかな?と・・・・・・大体2人ではないですか。それで、その本物の警察官なのかなと思って」
両手に箱を抱えながら伺うようにいう尊に堂園は意外としっかりしていると感心した。警察官を偽り、家に入り込み盗みなど行う不届きなものもいるからだ。
「2人で行動しております。あっ先輩」
尊は堂園が先輩と声をかけたほうを見た。駆け寄ってきた長谷川も堂園同様、手帳を示し尊に警察であること証明する。この時刻になにかあるわけないかと尊も警戒を解いて謝った。
「疑ってすいません。えっと、あと徒歩5分くらいのところに住んでいます」
「昨日この近くで強盗が入り、住人を殺して逃走する事件が発生しました。昨夜23時に変わった音を聞いたなど思い当たることはありませんか」
「すいません。その時刻は家に降りませんでした。新宿のほうに」
「そうですか。ありがとうございます。また家にお伺いするかもしれません。その時はよろしくお願いします。」
長谷川の言葉に来ないだろうなと自分の屋敷を思い浮かべながら頷いた。頭を下げて去っていく尊を2人はどういう人だろうかと思う。大学生くらいの見ため、格好に反して腕時計が高級そうだった。刑事の嵯峨か目についてしまう。
それだけでは何とも言えない。
腕時計にお金をかける人も存在している。堂園も長谷川もとりあえず事件のほうだと少し離れたところに止めた車に乗り込み次のエリアに移動し始めた。
尊はこんな近くで強盗殺人が起こるなんて怖いなと普段の職業を忘れてぼやく。その横を車が通過し中から堂園と長谷川が下りる。そして民家に入っていくのを見て情報集めも大変だなと他人事に眺めれば本邸の門の前につく。
尊は黒木に怒られるだろうなと眉間に皺を寄せ言い訳を考え門に手を添えたが、後ろに気配を感じて振り返った。
堂園がなぜか険しい顔で尊を見ていた。尊は疑われたかと困った苦笑いを浮かべ、長谷川を見返した。
「なにか」
「ここは神林組だ。君のような子が入ってはいけない」
「えっ」
いろいろなことに首をかしげてしまう尊の肩をつかむと門から離れるように長谷川は引っ張った。思いのほか強い力に尊は足をひかれるまま後退させる。
「でも、ここ家なんですけど」
「ここが家?」
堂園は真剣な表情で尊の両肩に手を置いて中腰になり尊の目をまっすぐ見つめた。その目に何か勘違いしていると読み取り、尊は面白くなってきて様子をみることにした。
「今からでもいい。まっとうに生きよう」
尊は堂園の言葉にやはりかと吹き出しそうになるがここは鍛え抜かれたポーカーフェイスで表情を保つ。そうこうしている間についてこない堂園に長谷川が近寄ってきた。
「勝手にいくな、堂園。さっきの」
「すいません」
「どうしたんだ」
堂園の行動に苦言を呈すると長谷川は尊と堂園を見て尋ねる。堂園が長谷川に説明していると本邸から砂利を蹴り飛ばす音が聞こえてきた。
尊は監視カメラを見ている組員が自分と知らない男2人がいることを知らせたのだろうとすぐに察した。しかし堂園と長谷川は聞こえた音に、まずいとここを離れようと尊の肩を押す。
「おい」
黒木の声が堂園と長谷川に押される尊の背中に聞こえた。怒りがにじみ出ている黒木の気配に振り返りたくないと尊は押された形のまま反対を見続けた。堂園と長谷川は黒木の怒りが自分たちに向けられていると勘違いしている。
堂園と長谷川が尊をかばい振り返れば、黒いスーツに身を包むヤが付いているとわかる男たちが門を開けて立っていた。あまりの迫力に新米刑事の堂園は逃げ腰に構えた。
「なんでしょうか」
咄嗟に言葉が出ない堂園とは経験値の違いで言葉を出すことができた長谷川はさすがといえた。黒木は堂園と長谷川に後ろに追いやられる尊を守ろうと近づくのに、尊は黒木の雰囲気に勘違いしているとあきらめの息を吐いてから振り返り2人の影から顔をのぞかせた。
「黒木、警察の方々だよ。安心安全だ」
「警察か」
警察という言葉に黒木は睨みつけていた目を少し和らげた。どこかの組のものが尊を害そうとしているのかと思えば警察ならまだ安全だと黒木も思いつつ、黒木は尊の持つ箱を自然な流れで受け取り組員に渡した。
その行動に堂園と長谷川は何がおこっているのかと呆然とする。まるでかばっていた人間がこの中の誰よりも偉いかのようではないかと思った。
「総長、勝手に外出しないでください」
「「総長?」」
黒木の苦言に苦笑で答える尊は堂園と長谷川を振り返ると優しい笑みを浮かべた。
堂園と長谷川は思い出した。銀座銃撃事件でみた映像を、このメガネの奥の顔は確かにあの時みた顔と同じだった。雰囲気が違いすぎてわからなかったのだ。
「心配してくださってありがとうございます。しかし私の居場所はここなのです」
頭を下げ尊は組員を伴い門の向こうに消え、すこしの金属をさせながら門がしまった。




