6話 家庭の事情 おまけ
転載ではなく、書き下ろしの番外編です。
ペットの中にも見栄えのいい、もふもふだっているんです。
ウル様のペットは能力重視で見た目度外視なものが多い。
だけどたまに見栄えのいい子がいる。けっして、ほとんど視認できない待ち伏せ型の異次元収納型スライムとか、影を移動する謎の生命体とか、腐った色の軟体動物とか、生き物なのかも疑問なペットばかりではない。
一番よく見かける黒い狼のような魔物のペスは、普通にしていればただの大型犬だ。
毛並みは艶やかで、ブラッシングしてあげると腹を見せてくれるほど懐く。
ボールを投げると尻尾を振って取りに行くぐらい、普通の犬の性格も持っている。
幼い頃は犬を飼ってみたかった私達姉妹は、この子がけっこう好きだった。
たまに死骸を引きずってきて、誇らしげに見せてくれる。犬猫はよくそういうことをする。
その死骸に人間の物が混じっているのがまあウル様のペットらしいと言える。私はもう驚かない。キリッとした顔で、尻尾をブンブン振る姿が可愛いからそれで良し。
ただしウル様のそれをやると、臭い汚いと言われて風呂に入れられるのが分かっているから、使用人にしかしないらしい。
ウル様にとってもペスは愛犬なのだろう。他のイヌ共とは扱いが違う。
エリーと呼ばれる猫っぽいのもいる。
癖のある長い毛で顔が見えないが、それでもなかなか愛らしい。
口を開くと、その顔がヒトデのような形に裂けて中が見えるから、食事している姿を見たくないのだが、普段は猫そのもので可愛い。この子も死骸を持ってきてくれる。
あとお風呂が嫌い。毛繕いの姿が不気味だからお風呂に入れようとしたら、今までで一番不気味な姿になったから諦めた。こう、顔だけに止まらずめくれ上がって、内側が、臓物が、むき出しになるのはさすがにちょっと……。
でも普通にしていたら可愛いのだ。
見た目だけは最高に可愛いのは、妖精っぽいナナだ。
ただし好きな食べ物は目玉。
趣味は目玉集め。
たまに綺麗な目玉を見せてくれる。目玉を見る趣味はないからやめて欲しい。しかも奴は目玉を枝付き燭台の針に刺して飾っておくのが好きという悪趣味っぷりだ。
私的に目玉は臓物よりも無理。
それに感付いているこのクソ妖精は、私目の女前で目玉の瞳孔のあたりにすっと切れ目を入れるのだ。
残酷な行為を見慣れている私でも、これだけは苦手で思わず目を押さえると、ナナはとても喜ぶ。
妖精っぽいものとはいえ、見た目がそれに近いからかとてもいたずらっ子なのだ。明確な作為があるから、悪意のない動物系の魔物よりもタチが悪い。
だけど会話できるため、魔物達の訴えを通訳してもらうことが多く、関わりが深い子だったりする。
見た目も性格もまともで可愛いのは、竜のトロだ。
竜の姿で日向ぼっこしている姿は、何とも言えない可愛らしさに胸が高鳴る。人の姿にも化けられて、その姿は美少年だ。大変可愛らしい。そして無邪気な性格から、よく人に騙される。可愛い。
だけど彼はとてもお馬鹿で不器用だ。
たまにウル様が失敗したと言うほど。
だけど竜としての力は、群れの中で一番だったらしい。
それでもこう言われるのだから、残念な子だ。
「わー、かわいい」
人様に安心して見せられる魔物達は、時折冒険に来る子供達に人気だった。
「私達を見たことはナイショだよ? ウル様の秘密なの。じゃないと、こわぁい狼に頭から食べられちゃうんだぞ」
ナナは両手を掲げ、牙のように手首を曲げて子供頭の上に飛びついた。
ナナの言いがかりに、ペスは不機嫌そうに唸って睨み付ける。
子供達は大きな犬……ではなく狼に睨まれたと勘違いしてびくりと震えた。
「ああ、なんて平和な光景」
ウル様は地元の子供には甘い。冒険しに来ても、このように追い払う。この屋敷には魔物がいるというのは知れ渡っているから、話が通じるナナと、見た目がちょっと怖いペスを見せる。それでだめならもう少し怖い子達を見せる。
それが平気なら徐々に徐々に怖くしていき、もしそれでも平気なら雇おうと思うらしい。
そこまで行き着いたのは、一人だけだそうだ。
私は二階の窓からその光景を見下ろして、思わず微笑んだ。
子供が無邪気なのは可愛らしい。
自分達が無邪気でいられなかったからこそ、眩しくて仕方がない。
魔物達も心得たもので、子供達を脅かしながらも遊んでやっている。けっして本性は見せない。
「ベルは意外と子供が好きだよね」
「そうですか? あんな容赦なく子供を魔物の餌にしておいて?」
ウル様の呟きにロバスが答えた。
「ベルは罪のない、まっとうに育てられている子供は好きだよ」
「なるほど。将来外道にならなさそうな子供は好きと」
ウル様は立ち上がり、私がいた窓から外を見た。
「子供が危険な冒険をするのはやめさせたいけど、ここが子供も来ない場所になるのは、ちょっと複雑なんだ」
「なぜですか。子供、領民とはいえ、けじめは大切では?」
私は微笑ましいが、危なっかしい光景を見て不安に思った。
「そうだけどね。あの子達はね、噂を聞いてきているんだよ。僕がそんなに恐ろしい生き物を飼っているはずがないって。
恐ろしい生き物っていうのは、強い生き物のことではなくて、無差別に人を食べてしまう生き物、的な意味で」
いまよすね、そういう生き物。うじゃうじゃと。むしろ食べないのはロバスさんぐらいじゃないかというほど。
「僕がいればみんないい子だよ。あの子達はそれを理解して、僕の汚名を雪ぐために冒険しに来るんだ。可愛いでしょう」
「確かに、微笑ましいですね」
噂以上にひどいとも知らずに。
だけど噂と違って、ウルは無差別に殺したりはしない。
それだけは証明できているかもしれない。
その時、ずるずると何か重い物を引きずるような音が聞こえた。
「あんたらぁ、なにやってんのぉ?」
低い、しゃがれた女の声がした。
陰鬱な顔をしたその女は、片手に手斧。もう片手には、ずるずると人間を引きずっていた。
「うるさいでしょ。あんまりうるさいと、口を縫い付けるわよぉ、ひぃっひぃっひぃっ」
彼女は高く笑い、引きずっていた人間の足を手放した。
「うわぁぁぁぁっ」
半分ほど悲鳴を上げて逃げ帰った。
「あ、ねぇちゃん、久しぶり。元気?」
「元気だよぉ。くひひ」
「相変わらず怪しいね。だからウル様ぐらいしか雇ってくれなかったんだよ」
「あたしはちゃあんと働くよ」
「それで誰それ。生きてるの?」
「タダメシ食らいの役立たずさ。蜂を見てはひっくり返る。仕事の邪魔だったらありゃしない。あたしは薪割りしなきゃならないっていうのにさ」
「ああ、蜂嫌いの暴れん坊」
残った子供達は、気さくに彼女と話をした。
彼女は、この屋敷の中で唯一、ウル様が当主になってから雇われたこの街の住人である。
子供達が言っていた通りの理由で、メイドとして雇っているらしい。
魔物達にまったく怯えないのと、口が堅いところが気に入ったらしい。ここで働くには、その二つが最低条件なのだ。
彼女はそれ以外はごく普通の育ちなのに、皆は私の方を見て普通の人だと言う。見る目がない。そう見えるように、偽装しているのだから、当然なのだけど。
「トロ……またか」
ウル様は気絶しているトロを見て、額に手を当てた。
ウル様にこんな表情をさせるのは、あの役立たず竜ぐらいだろう。
まあ、血生臭いこの屋敷の中で、数少ない癒やしではあるのだけど。見た目は麗しい美少年だし。
「ロバス、トロの回収」
「放っておいてはいかがですか。槍が降っても死なない頑丈な種族なんですし」
「嫌だよ。僕の綺麗な庭に男が倒れてるのをそのままにするなんて」
「じゃあ、適当に地下室の拷問部屋にでも入れておきますか」
そう言ってロバスは姿を消した。
男相手だと容赦ない。
子供達は今度はロバス引きずられていくトロに手を振ってから、帰って行った。
子供というのは、無邪気で可愛いのが一番いい。
今回のメイドが、使用人の中で一番普通の人です。
私が好きなモンスターはスライムとかリザードマンです。