7話 復讐者1
ボクはいい領主様だ。
恐ろしい噂のある、かわいそうな子供。
不幸な子だから奇妙な噂が立ち、それでも民には慕われている。
ボクが領主になってから、彼らの生活は向上したはずだから、嫌われることはない。
それがさらに奇妙な噂を生む。
だから、たまにこういう馬鹿が来る。
ボクを殺そうとやってくる馬鹿が。
「始末なさらないんですか?」
「どうしてボクがこの住民を始末するの?」
ベルの問いにボクは首をかしげた。
正式にこの街に住む者だからペットには食わせない。
他の地方の人間なら食わせているけど、これはこの街に定住している。
ボクの中で、一般的な住民は、この国の王族などよりは上の立場にある。
「裁判にかけるんですか。人間は面倒ですね」
男を押さえつけているロバスが呟く。
力こそ正義の悪魔には理解できないだろう。その中でも上位である彼には。
ボクに言われたからと執事をやっている変わり者の悪魔だけど、本質が悪魔であることに代わりはない。
「で、キミは何をしに来たのかな」
ボクはロバスに押さえられている男に問う。
若い男だ。十代後半から、年を取っていても二十代半ばだろう。
眼鏡をかけた、いかにも賢そうな男だ。眼鏡は安い物ではないし、眼鏡をかけるほど目を悪くする理由は限られている。
「キミはボクを殺す気はなかったみたいだけど」
男がはっと顔を上げた。
ボクが手にしたナイフは、あまり切れそうにもない、刃がほとんどないもの。先など丸くなっているから、これでは突き刺さらない。子供が初めて持つナイフにはちょうどよさそうではある。
だからここまで通してやった。
「ボクの噂を聞いて来たのかな」
ナイフをベルに渡す。彼女もそれを見て自分の指をつついた。突き刺さらないし血も出ない。
「ウル様、この人は何のためにこんなことするんです?」
「リファ、こういうのは稀に出てくるから、本物と区別を付けられるようになるのは大切だよ。
彼は身内を殺して欲しいんだ。一人二人じゃなく、すべて憎んでいるんだ。だからボクに危害を加えるフリをしたんだよ」
ちゃんとまともな凶器を持ってくればよかったのに、こんな玩具のような、動物を殺すのもなかなか難しい物を持ってくるなんて。
ボクを殺してしまったら元も子もないからか、子供を傷つけたらかわいそうと思ったのか。
「ボクはボクに逆らう者が嫌いだよ、と言い続けているからね」
だからこそ、こんな方法をとったのだ。
男は俯いた。すべて見透かされているからの絶望か。
絶望していなければこんな所には来ない。
「キミはどうしてこんな馬鹿らしい噂を信じたの?」
「あなたが神子だからです」
ボクの魔物を支配する力は、けっこうありふれたモノだ。
本来ならば神殿で奉仕させられるのだが、ボクの力が強すぎて、神殿に知られた頃には悪魔も竜も他色々持っているから手を出せなくなっただけ。
逃げ切れるように、家族が守ってくれただけ。
だから僕はそんな横暴が許されるほど力がある。
そんな横暴から逃れられるほど今のボクは力を持っている。
力を持つ者は、誰かしらに利用される。
「キミはどうしてそんなこと知っているの? 神殿の中でも、ごく一部しか知らないよ。ボクは奴らにとっては恥部だからね」
彼は答えない。
「ふぅん。キミ、医者なんだって?」
彼は驚いて顔を上げる。
「ボク疑問に思うと、ペット達は勝手に調べてくれるんだよ。ボクのペットは変わり種が多いからね」
強いだけの生き物なら意味がない。そんなモノを数揃えても、それ以上の数には負けてしまう。
「キミは誰を殺して欲しいの?」
「…………」
「あの村の連中、どうしても殺して欲しい?」
「そこまで……」
「殺して欲しいんだ」
「はい」
彼は迷わずに頷いた。
「ボクのペット達がやると、当人に罪があろうがなかろうが、女子供だろうが、そういった小さなものは一切考慮されず、容赦なく、すべて無惨な死に方をすることになるよ」
「はい」
「すべて?」
「女子供も、すべて、等しく、生まれてきたことを後悔するように惨たらしく」
ボクはくすくすと笑う。何をされたのかは知らないが、とりあえずは本気らしい。
ここにこうしている以上、自分が殺されるのも覚悟の上。
それでも許せぬ存在がある。
彼にとって罪は存在するすべてであり、幼子だろうとも許せない。
それなりに準備をして、覚悟を持ってここまで来たのに、ボクを傷つけたくなくてこうなった。
許せない存在と違い、ボクはみんなに愛される、可哀想な子供だから。
「いいよ。キミの行動はボクに対する信頼。
もしもキミがそこに立てたら、きっとみんな喜んでやるね。
みんな、そういう人間が大好物だから」
くすくすと笑い、ボクは床を指さす。
よくよく見なければ、何も変わったところが見えない、普通の床に見える。
しかしよく見れば、うっすらと何かがあるのが分かる。
「ウル様、これってこの前のヘバちゃんですよね? この子って何なんですか?」
「リファ、この子は人食い沼とか呼ばれる存在だよ。
見ての通り擬態していて沼には見えないけど、底なし沼のように人を飲み込む。飲み込んだ先がどこなのかは不明。そもそも捕まえられないからね、普通は。鉄でも溶かしてしまうから」
ボクは可愛いペットをうっとりと見つめた。
「食われると早くて一月。遅いと一年以上かけてゆっくりと消化される。
食い方は生かさが殺さず、死ぬまで溶かされる苦痛を与えられる。
痛めつけた方が美味しくなるって、そういう悪趣味な可愛い子だよ」
「こんなの、どうやって支配したんです?」
「ボクが踏みつけたらそれでいいんだよ」
ボクの力の源である神子の印のあざは足首が中心だ。
だから手で触れるよりも、足で踏みつける方が支配しやすい。
靴が一つダメになったけど、足なんて不便なところにあるのを少し嫌がっていた時期だったから、どこにあっても役に立つ時は役に立つのだと教訓を得て以来、少しこの位置にあるコレが好きになった。
ボクは印がむき出しの素足を眺め、それからヘバを見た。
「自分が死んでもいいほど憎いのなら、そこに立てばいい。
どうする?」
ボクは慈悲深いから、選択権だけは与えてやる。
苦しんで死ぬか、普通に死ぬか。
ほとんどの場合は、迷う。
ボクは迷う者は嫌いだ。
「それで、あいつらを殺してくださるなら」
男は足を踏み出した。
理解してここにいて、こんな会話を聞いて足を踏み出すなんて、ボクは少しだけ驚いた。
覚悟があっても、ここまで迷わず出来ることではないから。




