この世界は、魔法が存在する
時刻は正午。
ここは辺境にある小さな村。
俺は食事処でお茶を飲みながら書類に目を通している。
「さあ、授業を始めますよ。集合してください」
物腰の柔らかい声で先生が生徒を集めている。
「あら…、お客さんごめんなさいね」
「校外授業があるのを忘れたわ。静かな店内に飲み物移動しますね」
店員が飲み物を手に取り、店内に運ぼうとした。
「いえいえ、せっかくの良い天気なので、私はここで大丈夫ですよ」
「それに、私も基礎を学びたいと思っていたところです」
「あらそう…、お客さんは教育関係者かしら」
「…ええ、そんなところです」
俺は笑みを浮かべながらそう答えた。
「今日は、攻撃魔法について教えよう」
「その前に、まずは前回の授業のおさらいからしよう…」
~魔法~
魔法とはエネルギーを強制操作し、その結果発生する事象を利用する技術の総称である。
例えば…
火の魔法は熱エネルギーを増大させ自然発火するなどして扱う。
風の魔法は空気に運動エネルギーを与え、気圧差を作るなどして扱う。
水の魔法は水蒸気の熱エネルギーを奪い、凝縮などによって水を生み出し扱う。しかし、効率は悪く、川や湖の水を使うほうが遥かに効率が良い不思議な魔法である。
雷の魔法は空気に運動エネルギーを与え、衣服との摩擦によって電気を生み出し扱う。しかし、電流が低く使い物にならない。
これら自然現象を扱う魔法は自然魔法と呼ばれ、広く一般的に使われる魔法である。
エネルギーの操作は術者の魔力を使用する。
魔力は術者の生命エネルギーを用いて生成する。
そのため、過度に魔力を消費すると疲労感として術者に症状が現れる。
生命エネルギーが底を尽きるても死ぬことはないが健康に良くない。
魔法は誰でも扱うことができる。
知識や仕組みを知らなくても簡単な魔法であれば何となくで扱うことができる。
無論、理解することでより速く、より正確に魔法を扱うことができるようになる。
魔法の発動には集中力が必要であり、術者の意図に反した発動は基本的におこらない。
集中力さえあれば、いついかなるときも魔法を扱うことができる。
「…と、ここまでは大丈夫かな」
「はーい」
生徒たちが大きく返事をする。
「よし、じゃあ、まずは火の魔法を出してみよう」
生徒たちは指先に意識を集中し、1人、また1人と、指先から小さな炎を発生させた。
「うむ。みんな素晴らしい魔法の扱いだ」
「では、今日の本題である魔法を使った攻撃について教えよう」
「じゃあ…、アリエル君、ちょっと前にきてください」
二人の間には数メートルの距離をあけ生徒と先生が向かい合った。
「アリエル君。どんな手段でもいい、教えた自然魔法で私に攻撃してみてください」
「え…!?本当によいんですか?」
「ええ、物に頼るのではなく、魔法でなら何でも」
アリエルは軽く考えた。
この世界の作り話では、火の玉で敵と戦うのが一般的である。
なんなら、魔法とはそういうものという認識が強い。
アリエルは目の色が変わり、掌に意識を集中し火の玉を出した。
「…っ!あっつ!」
火の玉はまたたく間に消滅した。
熱さによって反射的に集中が途切れたのだろう。
「どうですかアリエル君。思ったよりも難しいでしょう」
「はい。でも…」
アリエルは体感したからわかる。
火の玉を出してから熱さを感じるまで1秒弱。
この時間が経過する前に、火の玉を前に飛ばすことができれば。
アリエルは再び掌を構える。
火の玉を出すと同時に、球を投げるように腕を動かした。
その刹那、風の魔法で発動し、火の玉を前に押し出した。
これは先生も驚いた。実にスムーズな魔力移動。そして発想力。天賦の才。この言葉がしっくりくる状況である。
先生に強めの風が届いた。
火の玉は届かなかった。
届かないというには過大評価である。掌から10cm程離れたところで、火の玉は消滅してしまったのだ。
「さすがアリエル君です。君は才能がある!」
「でも、先生。僕はまだ攻撃ができていません…」
「いやいや、今のは多重発動という高等技術ですよ。先生は誇らしいです!」
「でも…」
アリエルは落ち込む。
魔法は万能ではない。
大きな炎を発生させると術者もその影響を受ける。
そして、魔力は術者から離れれば離れるほど影響力が無くなる。
魔力の有効範囲は5cm程度。魔法とは術者の周辺でのみ発動可能ということになる。
「先生質問です!」
「はい、クレールさん、なんでしょう」
「風は先生まで届いたんですが、火の玉はなんで消えちゃったんですか」
「良い質問だね」
「魔法とは事象の利用と教えたね」
風の魔法は魔力で空気を動かす。その影響は空気が四散するまで続く。
火の魔法は魔力で強制的に炎を発生させている。魔力がなくなると炎を維持するエネルギー源が絶たれるため一瞬で消滅する。
「実演しよう」
説明の後、先生は指の先から小さな炎を出した。
「この炎は空気中に存在する物質を魔力で燃やして発生しています」
「これを指先から離していくと…」
炎が徐々に先生の指から離れていく。
数センチ離れたところで炎は消えた。
「説明した通り、身体から離れると魔力の影響がなくなって消えます」
「魔法で作り出した火の玉で攻撃することはできません」
「魔法の火で木材を燃やして投げれば、それっぽいことはできます」
「できますが、それだったら木材を投げつける方が攻撃としては早いです」
生徒は静かに先生の説明を聞く。
「魔法そのもので攻撃することは理論上できません」
「もう少し正確に説明すると、安全に攻撃する魔法は存在しません」
「自分の手を犠牲にすれば大きな炎で攻撃することはできるかもしれませんが、非情に危ないです」
「仮に手を犠牲するとしましょう」
「その場合は接近戦です」
「魔法を使うためには集中する時間が必要です」
「接近戦でそんなことするくらいなら剣で戦うほうが何倍も有利です」
「じゃあ、自身に犠牲を出さない安全な魔法で攻撃をすればと考えるかもしれません」
「自身が安全である魔法に殺傷能力はありません」
「先程の風の魔法がそれです」
先生は説明しなかったが、この安全性を度外視しした魔法は自爆魔法と呼ばれる。
一部の過激派が奴隷に無理やり使わせている、この世界特有の社会問題である。
理論上可能は不可能の言い換え。この世界でもよく使われる言葉である。
「ですが、工夫次第では攻撃魔法が作れるかもしれません」
「最近は悪魔の襲来が多いので、攻撃魔法があれば対抗手段ができ、村は安全になります」
「みなさんも、安全には十分注意して魔法の可能性を見つけてみてください」
遠くから夕刻を告げる鐘の音が聞こえる。
「そろそろ今日の授業をおしまいにしましょう」
先生がそういうと生徒は1人、また1人と自分の家に戻っていった。
時刻は夜。
俺は村で宿屋を探していた。
小さな村ではあるが、宿屋はあると思っていた。
「すいません、この村に宿屋はないですか?」
通りすがりの村人に尋ねる。
「あなた旅人さん?この村は小さく宿屋はだいぶ前に店じまいしちゃってね」
「隣町にはあるんだけど、今の時間は悪魔が活発で危ないのでお勧めできないねえ」
「ウチに泊められたらなんだけど、あいにく家が狭くて…」
「そうですか…、親切にありがとうございます」
要するに、遠回しに野宿しか選択肢が無いことを教えてくれてた。
野宿そのものは慣れたものだが迂闊であった。
昼に真剣に授業を聞いてしまったツケが回ってきた。
そもそもどこで野宿をするか。村の中か外か。
「旅人さん?宿屋を探しているの?もしよかったらうちに泊まっていかない?」
背後から女性の声がした。




