後編
数ある作品の中から本作をお選びいただき、ありがとうございます。
拙い部分もあるかと思いますが、最後までお楽しみいただければ嬉しいです。
最初は、軽い気持ちだった。
「ちょっと距離置こうかな」
それだけのつもりだった。
やよいからのLINEは来ていた。
《最近忙しい?体調大丈夫?》
通知は見ていた。
でも、開かなかった。
開いたら、何か返さないといけない気がして。
正直、面倒だった。
やよいとは大学から付き合って、もうすぐ3年。
特に大きな不満があったわけじゃない。
むしろ、いい彼女だったと思う。
優しいし、ちゃんと支えてくれるし、仕事も頑張っていた。
でも――
「なんか、落ち着きすぎてるんだよな」
刺激がない。
ドキドキもしない。
そう思い始めた頃に、別の女と出会った。
明るくて、ノリがよくて、何も考えなくていい相手。
一緒にいると楽だった。
「やよいとは、まあ…いいかな」
そう思った。
ちゃんと別れるのは面倒だった。
揉めるのも嫌だった。
だから――
何も言わずに、離れればいい。
自然消滅でいい。
そう決めた。
LINEは無視した。
電話も出なかった。
最初は少し罪悪感があった。
でも、3日もすれば慣れた。
1週間経てば、もう何も感じなくなった。
2週間後には、完全に頭から消えていた。
「充、やよいと別れたんだって?」
友人に聞かれたときも、軽く答えた。
「うん、まあね」
別れた“ことにした”。
それで終わりだと思っていた。
数ヶ月後。
違和感は、突然だった。
会社の会議で配られた一枚の資料。
「主要取引先の契約終了について」
「は?」
思わず声が出た。
うちの会社にとって、かなり大きな取引先だった。
それが、突然の打ち切り。
理由は曖昧。
でも、代わりの契約先の名前を見た瞬間――
心臓が止まりかけた。
「……やよいの、実家?」
信じられなかった。
いや、知ってはいた。
やよいの家が、そこそこ大きい会社をやってることは。
でも――
“ここまで”だとは思っていなかった。
調べるほどに、現実が突きつけられた。
美容院30店舗、スーパー20店舗。
地域でも有名なグループ企業。
そして最近、その中で急激に名前が上がっている人物――
「……やよい?」
記事に載っていた写真。
見間違えるはずがない。
あの、俺が“面倒くさい”と切り捨てた彼女だった。
「嘘だろ…」
頭が追いつかない。
なんで言ってくれなかったんだ、と一瞬思った。
でもすぐに気づいた。
違う。
俺が、ちゃんと向き合わなかっただけだ。
その日、久しぶりにLINEを開いた。
やよいとのトークは、もう下の方に埋もれていた。
最後のメッセージ。
《最近忙しい?体調大丈夫?》
胸が、妙にざわついた。
《久しぶり。元気?》
送った。
既読はつかない。
《ちょっと話せない?》
既読はつかない。
《あの時はごめん》
既読は――つかなかった。
その時、初めて理解した。
ああ、これが“無視される側”か、と。
こんなに、何もできないものなのか、と。
仕事の状況は、どんどん悪くなっていった。
大口契約を失った影響は大きかった。
売上は落ち、社内の空気も悪くなる。
そして――
「リストラ、か…」
自分の名前が、そのリストにあった。
「なんでこうなったんだよ…」
帰り道、独り言が漏れた。
答えは分かっているのに、認めたくなかった。
そんなある日。
業界のパーティーで、偶然その姿を見つけた。
「……やよい?」
思わず息を呑んだ。
見違えていた。
いや、違う。
元々持っていたものが、表に出てきただけだ。
自信に満ちた立ち姿。
周りに人が集まる中心。
そして――
隣には、知らない男。
「やよい!」
声をかけた。
やよいは振り返った。
そして――
「ああ、久しぶり」
それだけだった。
その一言で分かった。
もう、完全に終わっていると。
「ちょっと話…」
「忙しいから無理」
即答。
迷いも、躊躇もなかった。
「俺、あの時…」
「聞いてないし、興味ない」
言葉を遮られた。
何も言えなくなった。
そして、やよいは微笑んだ。
静かに、でも確実に突き刺さる声で。
「既読もつけなかった人に、返す言葉なんてないよね?」
何も言い返せなかった。
その通りだった。
完全に、自分がやったことだった。
やよいはそのまま去っていった。
振り返りもせずに。
残されたのは、どうしようもない現実だけだった。
仕事は失い、
信用もなくなり、
隣にいたはずの“楽な女”も、いつの間にかいなくなっていた。
部屋に一人で座りながら、スマホを見つめる。
やよいとのトーク画面。
最後まで、既読はつかなかった。
あの時、ちゃんと向き合っていれば。
あの時、せめて一言でも伝えていれば。
そんな後悔が、何度も頭をよぎる。
でも――
全部、遅かった。
やよいは、もう俺の知らない場所にいる。
手の届かないところにいる。
そしてようやく理解した。
自分が捨てたのは、“楽じゃない彼女”じゃない。
“本当に大事なもの”だったんだと。
でも、その事実に気づいた時には。
もう、何一つ残っていなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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