前編
数ある作品の中から本作をお選びいただき、ありがとうございます。
拙い部分もあるかと思いますが、最後までお楽しみいただければ嬉しいです。
やよいは、スマホの画面を見つめたまま動けずにいた。
「既読もつかない…」
最後に送ったLINEは、もう14日前のものだった。
《最近忙しい?体調大丈夫?》
それだけの、たった一言。
それすら、彼――充は開いていない。
大学から付き合って、もうすぐ3年。喧嘩だってしたことはある。でも、こんな風に“消える”ようなことは一度もなかった。
美容師として働くやよいは、忙しいながらも充との時間を大切にしてきた。休みを合わせて旅行に行ったり、夜遅くでも電話したり。将来の話だって、少しずつしていたはずだった。
だからこそ、理解が追いつかなかった。
そして――
「え、やよい…聞いてないの?」
大学時代の友人から言われた、その一言で全てが崩れた。
「充、別れたって言ってたよ」
頭の中が真っ白になった。
別れた?
誰と?
どういうこと?
本人からは、何も聞いていないのに。
最初は信じなかった。
何かの誤解だと思った。
でも、別の友人に聞いても、同じことを言われた。
「なんかさ、新しい子と一緒にいるの見たよ」
その瞬間、何かが切れた。
悲しみじゃない。
怒りでもない。
もっと冷たい、決定的なもの。
「……そっか」
やよいは静かに呟いた。
「じゃあ、終わりだね」
そこからのやよいは、早かった。
まず、充との思い出の写真を全て削除した。
LINEのトークも消した。
SNSもブロック。
未練を残す余地は、一切残さなかった。
美容師としての仕事に没頭し、指名客を増やし続けた。元々センスも腕もあったやよいは、あっという間に店のエースになった。
さらに――
やよいの実家は、美容院を30店舗、スーパーを20店舗も経営している。
つまり、“本気を出せば世界が変わる立場”だった。
これまで、やよいはそれに頼らなかった。
「自分の力でやりたいから」
そう言っていた。
でも今回は違った。
「ちょっと、お父さん」
久しぶりに実家に顔を出したやよいは、にっこりと笑った。
「仕事、手伝う」
その一言で、歯車が動き出した。
一方その頃、充はというと。
「やよい?あー、もう終わったよ」
軽く笑いながら、新しい彼女の肩に手を回していた。
「ちょっと重かったんだよね」
既読すらつけずにフェードアウト。
最低な別れ方だと分かっていながら、どこかで「どうせ大丈夫だろ」と思っていた。
やよいは優しいから。
怒らないから。
追いかけてくるかもしれない。
そんな甘えがあった。
数ヶ月後。
充の会社に、一つの通達が届いた。
「え…?」
それは、取引先変更の連絡だった。
今まで大口の取引をしていた企業が、突然契約を打ち切ったのだ。
理由は明確ではない。
ただ、“より条件の良い企業と契約するため”とだけ書かれていた。
そして、その新しい契約先の名前を見た瞬間――
充は凍りついた。
それは、やよいの実家のグループ企業だった。
「嘘だろ…」
調べれば調べるほど、現実は残酷だった。
やよいは、ただの美容師じゃなかった。
経営にも関わり始め、複数の店舗の再建を成功させ、グループ内で急速に影響力を持ち始めていた。
そして――
充の会社は、そのグループに依存していた。
つまり。
やよいの一声で、どうにでもなる立場だった。
焦った充は、久しぶりにやよいにLINEを送った。
《久しぶり。元気?》
当然、既読はつかない。
《ちょっと話せない?》
既読すらつかない。
《あの時はごめん》
既読すら――つかない。
その頃、やよいは新しいサロンのオープン準備をしていた。
スタッフに囲まれ、笑顔で指示を出している。
その横には、新しいパートナーの姿もあった。
誠実で、仕事もできて、何よりやよいを大切にする人。
充とは、まるで違う存在だった。
ある日、業界のパーティーで。
充は偶然、やよいと再会した。
「やよい…!」
思わず声をかける。
やよいは振り返り、そして一瞬だけ目を細めた。
「ああ、久しぶり」
それだけ。
まるで、どうでもいい知り合いに向けるような声。
「ちょっと話…」
「忙しいから無理」
即答だった。
取り付く島もない。
「俺、あの時…」
「聞いてないし、興味ない」
言葉を遮られた。
そして、やよいは静かに微笑んだ。
「既読もつけなかった人に、返す言葉なんてないよね?」
その一言で、全てが終わった。
さらに追い打ちのように。
充の会社は、業績悪化で大規模なリストラを発表。
彼自身も、その対象になった。
再就職もうまくいかない。
信用も、キャリアも、何もかもが崩れていった。
一方のやよいは。
事業をさらに拡大し、業界誌にも取り上げられる存在になっていた。
「あの若さでここまで…」
「すごい経営者だ」
そんな評価が飛び交う。
かつての“彼女”という立場は、もうどこにもなかった。
そして最後に。
やよいはふと、昔のことを思い出した。
既読すらつかなかった、あの2週間。
胸が締め付けられるような不安。
でも今は――
「どうでもいいな」
そう、心から思えた。
充は全てを失った。
信頼も、仕事も、未来も。
軽く扱った代償は、あまりにも大きかった。
そしてやよいは。
何も失わなかった。
むしろ、すべてを手に入れた。
これが、本当の意味での“ざまぁ”だった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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