番外編_愛の再充填は中断できない
柔らかな陽光が降り注ぐ、ヴァルテンベルク公爵邸の広大な庭園。
わたしは白大理石の東屋で、束の間の休息を楽しんでいました。
そしてその影で、不自然に揺れる「空気」があることに、わたしは気付いていませんでした。
黒装束に身を包み、王宮から持ち出した「透明化の魔道具」を作動させたナタリア殿下が、忍者のような足取りで東屋へと忍び寄っていることに。
すぐ近くの芝生では、三歳になったリオンが真剣な顔で積み木を積み上げ、一歳の双子、アルテミスとサリエスが楽しそうに蝶を追いかけています。
わたしのおなかの中には、五か月になる新しい命が宿っていました。
……そんな、絵に描いたような幸せな光景のすぐ側で、わたしの夫は、今日も主人としての執着を隠そうともしませんでした。
「レ、レインハルト様、なんてことを……! お外ですわよ! ほら、子どもたちもすぐそこで遊んでいますのに!」
わたしは椅子に座ったまま、頬を真っ赤にして夫を窘めました。
ですが、王国最強の魔導師ともあろうお方は、わたしの抗議などどこ吹く風。
公爵夫人としての品位を保とうとするわたしの努力を嘲笑うかのように、彼は足元に跪き、うっとりとした表情でわたしのドレスの裾を捲り上げていたのです。
「……っ、いけませんわ……! 子どもたちに見られてしまいます……っ」
「いいじゃないか、キスしているだけだ。それ以上はしないよ……ん……」
剥き出しになったわたしの膝横に、彼の熱い唇が何度も、何度も落とされます。
吸い付くような、執拗な口付け。
「……ああ、シャル。いい匂いがする、君の……。公務の間、この香りを脳に刻み込んでおかないと、僕は正気を保てないんだ」
「やぁ……っ、……そんな、……っ」
彼の黄金の瞳に見つめられると、それだけで身体の芯が熱くなってしまいます。
淫魔の血が、彼の愛撫に応えるように歓喜に震え、おなかの赤ちゃんも心なしかぽこぽこと動いているような気さえしました。
周囲の視線からわたしたちを隠す石柱の陰で、レインハルト様の愛撫はさらに深くなっていきました。
彼はわたしの肩を抱き寄せ、唇を塞ぎます。
「君の唾液は僕を狂わせる……。なんて罪深い、この唇……。君の蜜を混ぜ合わせたこの毒が、僕の理性を焼き切っていくんだ……」
「だめ、だめですってば……んんっ……ふぁ……。レインハルト様、……っ、……」
「あぁ、そうだね……。でも、我慢するのも、つらいんだ……はぁ、……」
舌が絡み合い、熱を交換し合うたび、彼の魔力が荒々しく脈動するのが分かります。
その熱量に目眩がしそうでした。
……その時です。
石柱の向こう側から、「ゴツン!」という、場にそぐわない鈍い音が響きました。
「――きゃっ!?」
「……誰だ」
一瞬で、甘く蕩けていた空気が氷点下まで凍りつきました。
レインハルト様が瞬時に立ち上がり、殺気を孕んだ黄金の瞳で虚空を射抜きます。
すると、何もないはずの空間が揺らぎ、黒装束に身を包んだナタリア殿下が転び出るように現れたのです。
「な、ナタリア殿下……!? なぜそのような格好でここに……」
わたしが呆然として問いかけると、殿下は真っ赤な顔をして、手に持った魔道具を隠そうともせず叫びました。
「お、お兄様! シャルロット様! これは、その、視察ですわ! ヴァルテンベルク家の防衛体制が万全かどうかを……」
「…………」
レインハルト様は無言で、けれど手早くわたしの乱れたドレスを整え、わたしを自分の背後に隠しました。
その背中からは、隠しきれない怒りと「邪魔をされた」という不快感が立ち昇っています。
「リオン、耳を塞いでいなさい。……ナタリア王女、君は少し暗示を上書きされる必要があるようだね。二度とこの邸に、ネズミのような格好で忍び込めないように」
「ひっ!? 待ってくださいまし! わたくしはただ、支配の極意を……! シャルロット様の唾液の秘密を知りたかっただけで……! シャルロット様――! 助けてくださいまし――!!」
「ナタリア殿下ー! 頑張ってくださいまし――!!」
殿下の悲鳴は、レインハルト様が放った無慈悲な空間転移魔法によって、王宮の噴水広場まで一瞬で飛ばされ、消えていきました。
再び静寂が戻った東屋。
レインハルト様は深く、長く、頭を抱えて溜息をつきました。
「……シャル。やはり、邸全体の結界を、王族の魔力も通さない仕様に書き換えてくる。……それと、……さっきの続きだが」
「えっ、まだ続けるのですか……?」
「当然だ。……毒を浴びせられたまま、放置されるほど残酷なことはないだろう?」
彼は再びわたしの足元に跪き、逃がさないように腰を強く抱き寄せました。
その瞳には、先ほどよりもさらに濃密で、逃げ場のない執着が宿っています。
リオンが「パパ、またお馬さんごっこ?」と無邪気に首を傾げる中、最強の魔導師による執拗な「愛の再充填」は、夕暮れが庭園を赤く染めるまで、延々と続くのでした。




