ボブの洗浄大作戦
森に戻ると、アルフレッドは既に起きて、ボブの鼻面を撫でながら「今日もいい風だぞ、ボブ!」と爽やかに語り合っていた。
しかし、朝の光の下で見るボブは、昨日にも増して酷かった。泥、埃、そして得体の知れない森の粘り気が混ざり合い、半径三メートル以内に近づくだけで、私の高貴な鼻腔が拒絶反応を起こす。
「……アルフレッド。聞きなさい。その四足雑巾を今すぐ洗わないなら、私はここから隣国まで一歩も動かないわ。一人で勝手に歩いて行きなさい」
「何を仰います、セレスティーヌ様! この泥は、ボブが数々の死線を越えてきた戦士の勲章! 洗い落とすなど、彼の魂を削ぐも同然ですぞ!」
やっぱり、言葉では通じないわね。
私はベレッタに目配せをした。
「……ベレッタ、デリバリーして」
「御意」
ベレッタが懐から小さな瓶を取り出し、風上に立つ。シュッ、と微かな音がしたかと思うと、次の瞬間にはアルフレッドが「正義の……眠……」と呟きながら、ボブの横に崩れ落ちた。強力な広範囲気絶薬。暗殺者の嗜みである。
「さあ、洗浄の儀を始めますわよ。セレスティーヌ様、お下がりください」
ここからのベレッタの手際は凄まじかった。
彼女は近くの川から魔導具で水を汲み上げると、暗殺技術を応用した「高圧水流」に近い勢いでボブに水を浴びせた。さらに、どこから出したのか分からない高級石鹸を泡立て、ボブの体を光速で磨き上げる。
「迅速に、洗浄完了ですわ!」
水飛沫と泡が収まった時、そこには一頭の「化け物」がいた。
……いえ、化け物ではない。
泥の下から現れたのは、雪のように白く、シルクのように滑らかな毛並み。すらりと伸びた四肢。そして、知性と気品に満ちた瞳。
「……嘘でしょ。この雑巾、実は驚くほど高貴な血統の白馬だったわけ?」
あまりの眩しさに、私は目を細めた。これなら、お城を持つ貴族が乗っていてもおかしくない、最高級のブランド馬よ。
「……セレスティーヌ様。いかがいたしますか?」
私は、白銀に輝くボブを見つめ、それから自分の「ダサい防具(変装)」を見比べた。
こんなに美しい白馬に乗った騎士と、それに付き従う女性。……目立つ。目立ちすぎる。これでは隣国のグルメフェスに着く前に、各地の貴族に「あんな名馬を持っているのは誰だ」と囲まれてしまう。
「……ベレッタ」
「はい」
「……戻しなさい」
「承知いたしました」
ベレッタは一切の迷いなく、そこら辺の泥濘からバケツ一杯の汚泥を汲んでくると、再び高圧の勢いでボブに塗りたくった。
数分後、そこには元通りの、いや、先ほどよりもさらに「熟成」された、四歩歩く雑巾が鎮座していた。
「……ふう、これで安心ね。あのアホが起きる前に、さっさと出発するわよ」
目を覚ましたアルフレッドは、「おお、ボブ! お前、なんだか少し……湿り気が増して、より戦士らしくなったな!」と大喜びで雑巾に跨った。
私は馬車の窓を固く閉ざし、手に入れた盗賊の小銭を笑顔で数え、隣国のグルメフェスで何を注文し、何を食べるか、真剣に悩み始めた。お金は沢山あっても胃袋は一つ。そんなに沢山……いえ、全部は食べ切れない。でも、期間は限られている。
グルメ思考を巡らせれば、巡らせるほどに、悩みは尽きなかった。




