08-10.大切な信頼を……盗み返せ。
ガレットのスキルで、やりとりの記録を取り……それをアイード国王と互いに確認した後。
勝手知ったるなんとやら。エミリアはイリスとガレットを引き連れ、客間の一室へとやってきた。
(この奥……セラフ王子が泊まっている部屋は、賓客を案内する場所。通常は一つ手前のこちらの部屋も、従者などに割り当てられる……なのに空いていた。おそらく、王子の引き連れてきた人数が多いのと、彼がそれなりに長く滞在しているからね。つまり)
静かに部屋に入り、エミリアは一息吐く。
(セラフ王子は今、一人で就寝中の可能性が高い)
顔を上げ、声を落とし、イリスとガレットに声を掛けた。
「私はこのまま、隣の部屋へバルコニー伝いに潜入する。二人はここにいて」
「エミリア様!?」
「私はともかく、イリスは連れて行っても良いのではないの……?」
エミリアの宣言に、さしもの二人も抗議の声を上げる。特にイリスは口元を引き結び、目尻を釣り上げてどこかやる気だった表情が一転……目を見開き、信じられないというように弱く首を振っていた。エミリアはじくりと胸が痛み、彼女とおそろいのブローチをぎゅっと握る。深く息をし……できるだけ冷静に、言葉を紡いだ。
「複数人いたところで、何か捗るわけではないの。私が行って、〝噂語り〟で証拠を探し、あったら〝積載〟で取り込んで帰ってくるだけ。なければ引き揚げる。イリスがいても、手伝ってもらうことはないわ」
「ですが……!」
「それにね」
イリスの抗弁に、エミリアは言葉を被せる。わかっていた。彼女が案じてくれているのは。だが、どうしても譲れない想いが、溢れて。
「……お父さまとお母さま、国王陛下と王妃様。その絆は――――この私が守らなければ、ならないの」
止まらない。
「この事態。陛下らの信頼関係がなければ、とうに戦端が開かれていたかもしれない。そうなっていないのは、この私のことも見守ってくれていた……あの方たちの優しい絆のおかげ。それを」
身が震える。今更になって、状況が薄氷の上であったことが、理解できた。それを懸命に凌いでいた人たちの、静かな想いを感じた。
エミリアの中で。その奥で。とても静かに。
――――イリスとは、関係ないのに。
〝もやもや〟とした想いが、零れだす。
「穢す奴は――――許せないのよ」
想いはグラグラと煮立ち、蓋を押しのけるようにして……血を巡らせ、瞳に燃えるような充血をもたらす。視界が真っ赤になった気さえする。
目の前で息を呑む、可憐な恋人が――自分の想いの切実さを感じ取ってくれている、優しい人が……愛しくて。
彼女に甘えるように。
「他人のやり取りに割って入って、お手軽に争いを起こして成果を得ようなんてッ! そんなものが許されるというの!? 他国の王子だからと! こんな、人の国を踏みにじるような真似がッ!」
怒りに、火をつけた。
「妬ましい……その傲慢! 引きずり降ろしてやらねば、気が済まないッ!」
エミリアは、人の情を足蹴にする輩が……許せなかった。
「落ち着いて、エミリア」
「ガレット……私はッ!」
「そのまま行ったら、あなた彼を殺してしまうわよ?」
「ッ!」
友に静かに指摘され、エミリアは唇をかみしめる。
「私は……私は、冷静よ。この怒りは、飼いならしている……ッ!」
「そう。なら……見つかった場合は、どうするの? 怒りを抱えたエミリアは」
「それは――――」
「エミリー」
言葉を詰まらせるエミリアに、ガレットが穏やかに……かつてエミリアが名乗っていた偽名を、二人の友情の証を、告げた。
「あくまで潜入しての調査だけれど。ダメなら彼を暗殺して逃げましょう」
「ガレットさん!? そんなことをすれば、それこそ王国がレモールと!」
イリスが悲鳴のような声を上げる。ガレットが首を横に振ってから、緑の瞳を向けてきた。
「そもそもこれは、レモールに懐まで入り込まれた、王国の失態。王国が泥をかぶるべきでしょう」
冷静に、冷酷に告げる友の声に、エミリアはすいっと瞳を細める。ガレットはあくまで、公国の立場で述べている……それが、はっきりとわかって。
「今の見立てが正しければ、犯人の彼が死ねば、王国と公国の間の懸念は立ち消えとなる。王国とレモールの間で火種が生まれるけれど、戦争にはならないでしょう」
(確かにレモールは、海運が強いわけでもない……大陸随一の艦隊を保有する王国相手に、戦争を仕掛けられる力は、ないわ)
考慮すべきことを突きつけられ、エミリアはゆっくりと息を吐き、頷いた。
「……………………強引な火消しだけれど、ないではないわね。でもそれは、あくまで王子が犯人の場合。違ったら、王国と公国の火種に、油を注ぐようなもの」
「落ち着いてきたみたいね、エミリア。証拠があって見つかってしまったなら、暗殺やむなし。証拠が見つからなくて発見されたら、逃げるしかない」
「見つからないのがどのみち最良、ね。わかった。集中して行ってくる」
怒りに震えていた肩が、降りる。代わりに深く静かな呼吸が、全身に冷たく滾るような意志の力を行き渡らせていった。
「エミリア様……」
迷い、惑うように、愛しい人の瞳が揺れている。きっと、歯がゆいのだ。自身が力になれなくて。エミリアにはその気持ちが、痛いほどよくわかった。
かつて何度も、自分の無力を嘆いた彼女は。
イリスを抱きしめようと、手を上げかけて。
「イリス、ガレットをお願い。本当に万が一の場合は、あなたが連れて逃げて。南通り……あなたが精霊車を預けていた、あの倉庫で会いましょう」
強く拳を握り締め、ゆっくりと腕を下ろした。エミリアは視線に力を籠め、イリスを真っ直ぐに見て告げる。
「ッ、わかり、ました」
イリスは奥歯で何か言葉を噛みしめながら、そう答えた。エミリアはふっと、口元と目元を、緩めて。
「じゃあ、行ってきます。ちょっとだけ待っててね」
軽やかに告げ、窓を開けた。
☆ ☆ ☆
(護衛もいない、か。たやすいわね)
バルコニーから、隣に跳んで、窓を開けて入る。それだけ。気を付けねばならなかったのは、中の様子。セラフ王子が起きているかどうかと、他に人がいるかどうかの、二点だった。
幸いにも、窓越しに寝台が確認できた。穏やかに寝息を立てて眠る、青年の姿もはっきりと。室内に護衛がいる可能性は捨てきれなかったが、エミリアは思い切って〝噂語り〟を使用し、この所在を確かめてから入った。妙な光が走るため、当然誰かいれば異変に気付く。だがその時点ならば、安全に逃げ帰ることが可能だ。部屋に押し入ってから人がいるとわかった場合、もう取り返しがつかない。
「さて……〝謀略の証拠の場所〟」
七色の光が、奥の部屋を指す。エミリアは音を立てないよう、慎重に扉を開いた。人は――――いない。荷物部屋のようで、その中を慎重に歩く。ほどなく、虹の光が指しているカバンに辿り着いた。
(錠前がついてる……けど、このくらいなら)
青銅のすり鉢を置き、エミリアは針金を二本、〝積載〟スキルの中から取り出す。虹の光に照らさせながら、鍵穴に慎重に突っ込んだ。一本を奥へ。もう一本で、針金をねじり、中の構造をかき回して。少しずつ静かに、針金の形を変えていき。ほどなく。
かちり、と音が響いた。
しばらく、息をひそめ、体が震えないよう抑える。開いたドアからは、ほんの少しだけ寝息が聞こえていた。錠前を外し、音がしないように床に置く。カバンを開くと。
(紙……いえ、これ。手紙そのものだわ)
未開封の手紙が、いくつも入っていた。見覚えのある家紋の封蝋を見つけ、取り出した刃物で手早く開ける。
(ビンゴ! 招待状だ。でも……王家と公爵家以外のものもあるわ。ひょっとして、以前あいつがスキルですり替えたものも、全部ここ? あ、そうか。本当にすり替えるスキルなんだ)
用意しておいた手紙と、狙いの手紙をそっくりすり替える……セラフ王子のスキルはそういったものだ、とエミリアは看破した。すり替えた現物をとっておかないといけない、制限があるのだろう。
エミリアはカバンの中身を、〝積載〟スキルの中に取り込んでいく。代わりに多量の便箋を、カバンに詰めた。カバンを閉め、錠前をもう一度ゆっくりとつけ、針金と精霊具を仕舞って、注意深く視線を走らせる。
(よし。後は脱出するだけ)
身を低くして歩き、荷物部屋を出る。セラフ王子の寝息を聴きつつ、部屋の中を見渡し、異変がないか確かめてから、扉を閉めた。細い星明かりが僅かに差す窓に、近寄って。
(…………あなたを破滅させるのは、私の仕事じゃない。けれど)
静かに開け、身を滑らせ、外に出た。寝台で眠る王子を、強く睨んで。
(必ず、追い詰めてあげるわ)
窓を閉め、ぬるい風の吹く中――――隣のバルコニーへと、飛び立った。
愛しい人と、友の待つ部屋へと。




