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08-01.故郷への出発。

 第三皇子ディアンから火急との知らせを受け、エミリアとイリスは旅立つこととなった。皇帝ヘリックに連絡し、旅支度をして――――翌早朝。


(危機っていうのが……今日明日に開戦とか、って話じゃないといいけど……お父さま、お母さま。お兄さま……)


 帝城正門前に置いた、精霊車の近くにて。エミリアは不安を抱え、そわそわと待つ。イリスはもう車内で、近くには見送りに来たヘリックがいた。


「遅くなった、エミリアくん」


 日が昇る前、待ち人の声がした。同行予定の、ジャクソン教授だ。


「いえ。すみません、教授。急に」


 やってきた教授は、いつもの恰好だった。ひょろくて貧相である。おまけに非常に眠そうだった。城門手前に出しておいた精霊車に、彼を招く。


「いいんだよ、エミリアくん。そろそろという話だったから準備してたし……元々、帝城に引っ越したばかりだ。荷物も少ない」


 〝積載〟のスキルを持つ精霊車アイテールは、驚くほど荷物が入る。ブラックホールみたいになっている後部トランクを開け、エミリアはジャクソンのカバンを二つを詰めた。


「むしろ僕としては申し訳ない。途中で研究室を放り出すから、君やイリスくん、マナくんやドニクスバレットくんには迷惑をかける」


 ぼんやりとした顔のジャクソンが、どこか申し訳なさそうな顔をしている。彼を隠れ蓑にし、イリスの精霊工学技術を広めよう……しかも故郷で、と考えているエミリアとしては。むしろ彼を連れていくことに関しては、少々後ろめたいところがある。


「大学研究室については、マナが紹介してくれましたし……休み明けから、また普通に通います。教授の身の安全の方が優先です。代わりと言ってはなんですが……是非とも、私の故郷で精霊工学の発展に尽くしてください」

「それはもちろん。ついたら早速だが、また〝魔核〟から手を着けようかね。今度は……盗まれないように、きちんと管理しないと」


 肩を竦める教授に、エミリアはトランクを閉めて笑みを向けた。彼と一緒に回り込んで、左側の扉に回り込む。


「公爵らにはよろしく。エミリア」

「そこは弟によろしく、じゃないの? ヘリック」


 一人見送りに来ていた皇帝が、苦笑いを浮かべていた。ある意味秘密の出発なので、彼以外にはいない。


(マナにちゃんと、お別れを言っておきたかったけれど……ま、休みが明けたら、また会えるわね)


 仲良くなった皇女のことを思い浮かべ、エミリアはヘリックに笑みを向けた。彼は。


「ディアンなんぞ知らん。あー…………」


 少し言い淀んでから。


「ガレットの様子が知れたら……できれば。元気にやってれば、それでいいんだが」


 元婚約者の侯爵令嬢の名を、口にした。エミリアは少し呆れ、ため息を吐く。


「この際だから聞くけど。彼女のこと、どう思っていたの?」

「皇族として付き合うには、理想の令嬢。個人的にとなると、難しいところだ……少なくとも」


 エミリアの友に対し、皇帝は目を伏せて首を弱く振り、語った。


「オレなどより、他の誰かに力を尽くしてほしかった」

(それを聞いたら、ガレットは泣……いえ、笑うわね。ヘリックのためにスキルを使い過ぎ、心を病んだ彼女は。もうちゃんと、救われたんだもの)


 心中で受け止めてから――それはそれとして、エミリアはにっこりと笑って見せた。


「聞かなかったことにしてあげる。そんなこと言ったら、ぶん殴られるわよ?」

「わかってる。二度と口にしない」


 多少の冗談だと通じたのか、ヘリックもまた口元を緩めた。頷き合い、エミリアは車のドアに手を掛ける。


(イリス……うとうとしてる。前は睡眠なんて、ほとんどとらなかったのに。やっぱりスキルの使い過ぎで、心を病んでるんじゃ……)


 ドアを開け、運転席のイリスを見つめ、エミリアはブローチを握り締める。イリスの胸元で光る、おそろいの――〝竜鳥の涙〟をあしらった、ブローチを。同じ男から受け取り、愛と裏切りのきっかけともなった……二人の旅の始まりを示す、宝物。

 彼女がしんみりとしていた、その時。



「うええぇっ、マナくん!?」



 エミリアの隣で、車に乗り込もうとしたジャクソンが、悲鳴らしきものを上げた。何事かと後部座席を見ていると……にょきり、と誰かが起き上がる。


「えっ。マナ……? いつの間に」


 金髪縦ロールの第二皇女、マナだった。今は髪の巻きが多少乱れ、服も随分簡素だ。


「お兄さまには許可をもらっています。見分を広めるための旅行というやつよ。いいでしょ? エミリア」

(ならなんで隠れてついてこようとしたし)


 エミリアは友達を半眼で睨み、後ろの皇帝――にやりと笑っていやがった――も一睨みし、ほぅっと息を吐いた。


「一応、危ないらしい場所に行くのだけれども?」

「この間の怪獣の方が、よっぽど危ないわ。あなたの故郷が魔物の国なら、今すぐ車を降りるけれど?」


 マナの返事にあいまいな笑みを返し、車に乗り込み、エミリアは扉を閉める。続いてジャクソンも、慌てたように乗り込んだ。エミリアは窓を開け、視線をヘリックに向ける。


「いいの? これ」

「妹は甘やかす主義だ」

「そ。じゃあ、預かるわ。アイテール、出して」


 車が少しずつ、滑り出す。馬車で行けば揺れるだろう石畳を、快適に走り出した。見送る皇帝と、視線が離れる。


(危険、か。ディアンは危機、とは書いていたけれど……具体的なことは何もなかった。そんな不穏も、王国からは伝わってきてないし。いったい何が、待ち受けているのやら)


 窓を閉め、まだ暗い景色を眺める。故郷がどう危ないのかは、さっぱりわからない。精霊車で向かうのが一番早く状況を知ることができるため、こうして旅立つことにしたが……エミリアは少しの不安に、眉根を寄せた。


(〝おせっかいな爆弾魔(メールボマー)〟を使えばすぐ連絡はとれるけど、あれは思わぬところに情報をばらまくから、滅多なことを書けない……行って直に聞くしかないのが、悩みどころだわ)


 細い筒の精霊具の性質を考えながら、エミリアはため息を吐く。機密情報のやりとりなどには、向いてないのだ。


(まぁ怪獣……精霊竜はもう、ないでしょ)


 帝城の正門を抜け、街の大通りを走り、石造りの家々をぼんやりと眺め。帝都で過ごした、半年近くを振り返って。


(…………ないわよね?)


 エミリアは、思わず街並みから、目を逸らした。



 ☆ ☆ ☆



 ジーナ帝国からは、南方に下ればオレン王国に到達する。パーシカム公爵領は王国北端に当たるため、その領都は帝都からも比較的近い。だが丸一日走ってやっと、という距離だ。今回は同乗者が二人おり、野宿や車中泊というわけにもいかないため、途中の街で泊まることにしている。


 そうしてしばらく車を走らせ、辿り着いたのは、帝都から王国に至る道では最も大きな街。鉱山にほど近い〝アビリス〟だ。かつてエミリアとイリスが、帝都潜入を試みる前に滞在していた場所である。

 街の手前、街道から外れたところで、いったん全員降車。精霊車をエミリアの〝中〟へと仕舞う。出しておいた荷物を持って、市壁正門へと向かった。


(ここに来たのも、随分前な気がするわ……王国入りの前に、少し情報を仕入れられるといいけど。っとイリス、まだふらふらしてる)


 エミリアは、ぼんやりしているイリスを心配そうに支えながら、常に隣を離れない。そのまま、検問を速やかに抜け。


(今回はスムーズだわ……大学で発行してもらった、イリスのスキル証明書のおかげね。法律もなくなったし、いずれはこうした不便もなくなるのかしら)


 さらに馬車で移動。ほどなく中心地に着き、無事に街で二番目くらいの高級宿に滑り込めた。まだ午前だが、今日は早めに休む。明日は暗いうちから出て、夕方に公爵領へ到着の予定だ。


「そういえば、部屋。三つにしたのね。エミリア」


 宿の受付を済ませ、荷物を持ち、階段を登っていく。先を歩くマナが、そう言って横顔を向けた。エミリアはまだ眠そうなイリスの背中を支えており、その影から顔を出す。


「まぁね」

「ほほーう」


 皇女の口元が、何かいやらしく歪む。


「外泊でもお楽しみとは。大胆ですわね? エミリア」

「ナンノコトカシラネー」


 エミリアがしらばっくれると。


「そそそそんな破廉恥なことしませんっ!?」


 何やら急に眼を覚ましたイリスが、素っ頓狂な声を上げていた。顔が赤く、あわあわしていて。


(なんだこれかわいいか。イリス、かなり疲れてそうだけど……これは我慢できないってやつですよちょっと)


 エミリアは野獣のように、ぎらりと目を輝かせた。



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