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「待たせてすまない。本日は何の用で此方に? ただ、友人の顔を見に来ただけではないことは初見でわかっているぞ。藤夜様の手引きか? ……それとも、雪夜様の手引き? それとも、自らの意思で来たのかは測りきれないが、僕に何かを訴えに来たのは確かなんだろう? 用件を聞こう、答え次第では水月家を敵に回すことになると思うが……、それでも構わないなら用件を聞こう。……ここに来た時点でその覚悟をしてここに来たんだろう?」
汗でわずかに滲んだ手。緊張をしていることがとても伝わってくる。それでも、逃げないと言うことはそれ相当の覚悟があると言うこと。その覚悟を汲み取って、ますますこの男が何を伝えたくて来たのか、その内容に興味が沸いた。
そんな僕を見透かしたかのように、この男はタイミングよく口を開いた。男が発した言葉は驚きべき言葉だった。
「……生まれ変わっても変わっていないんですね……、あなたは。受け継いだ記憶のあなたと変わっていない。あなたはこの前、穂月家の当主の幸せの記憶を持つ男に会いましたね? それは私の父で、前代の幸せの記憶の保持者です。私はその記憶を、父がすべき役目を遂げたため、後継者である私がその記憶を受け継ぎました。
父がすべき役目は、穂月家に囚われれるあなたの心を和らげること。あの父らしい役目です、この役目は穏やかな父であるからこそ数分だけの会話で役目を果たすことが出来たんだと思います。私達、記憶所持者は人より長生きをする運命にあります。父と私は、他の代の身内より長生きする運命にあるようです。……私達の代でやっと、器と意志が揃った人物が現れたから。
あなたは知らないでしょう? あなたは何度も転生しているんです。ですが、あなたの意志だけが今回以外の全て転生に失敗しているから、私達は密やかに神々から与えられた役目をこつこつとこなし、この世界の理を覆す基盤を作ってきました。……後はキッカケだけになるように。
我々の家系は、生まれる前の記憶があります。私が現世、すべき使命と穂月家の記憶の伝承をされました。この世界は登場人物は変わっても、この世界の物語は登場人物だけを変えて後は繰り返すようです。その繰り返しはこの星が出来た時からずっとされていたようです。しかし、同じことを繰り返すことは出来ても、完璧に人生を書き写すことは出来ない。その少しの歪みが積もりに積もって、大きな歪みとなってしまった。
私の代で、もしくは私の子供、遅くても孫の代でこの役目は終わる。同じシナリオを繰り返すだけの世界はこの代で終わり、新しい世界へと人が気付かないくらいゆっくりと徐々に変化するキッカケが貴女なのです。そのために、理玖には近づいた。最初は利用するためだけでした。この役目を果たすためなら、友人である立場を利用する覚悟も、貴女が描いた終わりのシナリオ通りに進めるために雪夜様側に裏切り、そしてまた雪夜様を裏切ることも躊躇いなく出来ると思っていました、……理玖の人柄に触れるまでは」
言葉を詰まらせた後、少しの間遠くを見て、僕のことを見て苦笑いをした。
その笑顔が何処かあの方に似ていて、動揺はしたが、不思議と揺らぐことはなかった。
「こうなるのも運命だったと言いたいのか?」
あの方を好きだったのは過去の僕。笑顔が、顔が似ていてもあの方はあの方。目の前にいる彼は彼。
……今の僕が好きなのは、あの方ではないから、すんなりとそのことを受け入れ、そう問うことが出来た。
「いいえ。貴女は選んだんです。
この世界を壊し、また新たな世界にするのか。それとも、この世界のシナリオだけを壊し、シナリオがない新たな世界にし、基盤は変わらないものとするか。
今の貴女は現存する道を選んだ。そして、貴女は選び続ける。貴女が選んだ選択肢は同時にこの世界の選択肢ともなる。
貴女はこの世界の救世主であり、破壊者でもある。神々はその役目を貴女に託したのです、たった一人の主人のためにシナリオにない運命を一人で切り開いたことで、人間は弱い生き物だったとしても自分の人生を切り開いていけるんだってことを気づかせてくれた、このままのシナリオではいけないと気づかせてくれた貴女ならこの世界の運命を託すことが出来ると言う理由から。
貴女は死ぬはずはなかった。イレギュラーはイレギュラーを呼び、何世紀、何十世紀に及んで生まれた時の歪みが貴女を殺した。貴女を殺めた男も、本来ならそうしてしまう運命を持ち合わせていなかったと言うのに、そうさせてしまったこと、神々は悔やんでおりました。……涙しておりました。
時の歪みにより、産んだ彼と言う加害者は、彼もまた時の歪みの被害者なのです。それでも彼は加害者であることは変わらないし、今も尚、時の歪みに囚われ、貴女に固執し、狂気を内心に潜ませていることを特別扱いする訳にはいかないのです。例え、時の歪みの被害者であろうと、彼が起こした罪は彼の罪。その罪を現世で償わせること、新しい運命に帰るための基盤を作り、その世界を見守り、貴女が選んだ道を見守ることが私の役目であります。こうして重要な役目に就いたこと、その重荷に感じることはありました。この記憶を譲られる前までは、どうしで自分がこんなに重い役目を担わなければならならないんだろうと嘆き、父に代わってやれなくてごめんと謝らせてしまったこともあります。ですが、今ならわかります。神々は乗り越えられない苦難を与えることはないんだと。
……私は、理玖に接触する前までは命を賭けてまで貴女のサポートをするつもりでした。こうして、貴女に接触するなんて考えてもいなかったのです。理玖の友人Aとして、この世界の選択肢を選ぶサポートをし、死んでゆくつもりでした。理玖の友人Aとしてサポートすると思っていた時は、裏切るつもりだったんです。そして、雪夜様も裏切り、死にゆくことになろうとも私はこの役目を果たさなければならないと思っていた。……いたのに、理玖の人柄を知って、触れて、裏切れないと思ってしまった。あの方の記憶を知って、穂月家の記憶に触れて尚更、私は貴女を、理玖を裏切れないと思ってしまったんです。……中立でいなければならないのに、そう思ってしまった私はこうして貴女に接触を試みている。この役目に着いている身の上で言えば、私は失格です」
自分のことを失格だと話す彼の顔は、自分のことを責めているような顔つきではなくむしろ清々しさを感じている表情だった。
その表情は明らかに、一時の感情で僕と接触をしているのではなく、自分の意思で来たんだとわかるものであり、疑う気持ちを少しだけ消えさせたが、警戒する気持ちだけは常に緩ませずに持ち続けた。
そして、また彼に問う。
「……君は何があろうと、これからは中立の立場でいる覚悟はあるか? 僕が雪夜様に殺められる結果になろうとも、この計画を最後まで進める覚悟がなければ、僕は君を信頼しないし、答え次第では君がこの屋敷に来たという記憶を違う記憶で捏造しなければならなくなる。君から、この計画の内容が漏れてしまえば、この計画に関係する人物が血を流す結末になるだろう。それを覚悟の上で、皆はこの計画に関わってくれている。それを共に背負うと言う覚悟があるのか?
僕がすることのサポートをすると言うことはそういうことなんだよ。僕もまた、裏切り行為をしていることには変わらないんだ。雪夜様はきっと、このことを知れば、僕のことを許さないだろう。愛していても裏切れば、裏切り者の僕を残酷なことをしても心が動かない、そんな狂気が彼の中に残っている。愛していた者に裏切られれば、人は憎しみを抱くのは変わらないだろうが、彼はそれが一瞬で殺意に変換される。……愛していればいるほどに。
君はこの計画に関わるな。……この計画に失敗した時、次の私にこの計画が進んでいく様子を明確に残していて欲しい。きっと、私がこの世界の改心を果たすまで、私は何度だって生まれ変わるような気がするから、だから記憶が無くても進められるように、もしもの可能性のために、君は傍観者でいて欲しい。それが君に頼みたいことだ。それなら、君に裏切られようとも支障はない。
……それで? 私に伝えたかったことはそれだけなのか?」
裏切られようとも支障はない、そう言った時、彼は悲しそうな顔をした。だが、ぽっと現れた彼を信用することは危険だから、傷つかれようと私は疑う。
それでも、警戒心は少し薄めては見ようかと一人称を普段のように戻した時、傷つきながらも彼は強い目で私を見つめ、
「どうぞ疑ってください、それで貴女の気がすむのであれば私は心の痛みに耐えられる。
……これは私の意思表示です、本題は今からする話です。長くはなりますが、聞いて頂かなければならない話です」
そう言って、更に真剣さを増した表情をさせた。……その表情は、あの方そっくりだった。




