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2人のサイコパス  作者: アズキ
第4章

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6,母親

パトカーの中で、川原井は自分の事ばかりを考えていた。

失態を犯したことをまだ引きずっているのだ。

誰がやったって同じことになっていた可能性はあると言い訳したかったが、志村が「サイコ野郎」という言葉に反応した以上、自分のせいだと思わずにはいられなかった。何度も同じことを思う。

世間に広まる可能性は薄い。

しかし、警察内では広まってしまうことだろう。

もちろん、自分の目の前で何かを言われることはない。

裏では、なぜあんな奴が刑事なのだと陰口を叩かれるに決まっている。

「彼が人の悪口を言ったところを見たことはありません」なんてよくインタビューで答えている人間を目にするが、それはお前が見ていないだけだ。

見ていないか、相手から絶対の信用をされていないかだと川原井は思っている。

実際、学生の頃はそういう場面に出くわしたことは少なくない。

「あいつマジでいいやつだよ」「人の悪口とか言わねぇんだよ」

そう言われているやつが腹の底の闇を出している部分に偶然出会うことは多かった。

耳に入る度に、綺麗な人間なんてこの世に居ないのではないかと思えるのだ。人間である以上、綺麗であることなんてないのかもしれないが。

例え、隣の刑事に話をして、慰めを貰い、誰にも言わないと約束をされようが信用することはできない。

志村の言う通り、人間は愛し合った人間ですら絶対の信頼を置くことなど不可能なのだろうか。


街中の光が川原井の中を通り過ぎていく。

どこに向かっているのか、今から何を聞くのか、誰に会うのか、分かっているはずのことがその光によってどこかへ流されてしまうようだった。


「着きましたよ」


パトカーが止まったことにも気がついておらず、運転をしていた刑事がシートベルトを外した音にも気がついていなかったらしい。

声をかけられ、ようやく自分もシートベルトを外す。

とある一軒家に到着していた。

外装は綺麗で、上下で白黒の家、外から見るに、二階建ての家だ。

川原井はインターホンを押す。

女性の声がした。


「どちら様でしょうか?」


「警察です。

あなたのお子様の件に関してお話を伺いに来ました」


「主人は…そこにはいませんか?」


「はい、いません」


余程、旦那との仲が悪いと見えたが、川原井は1度、2人が一緒にいるところを見たことがあった。

その時は、決して仲が悪いようには見えなかったのを覚えている。

どちらとも笑顔で、奥様の方が忘れ物を届けに来ていた。

近くにいた自分には自慢の妻だと、笑いながら話してきた。

なのにどうして、そこまでして旦那のことを突き放そうとするのか。


玄関の扉の鍵が開き、中から小柄な女性が出てくる。

彼女こそ白鷺礼司の妻である白鷺紗英《しらさぎさえ》だった。

ストレートのロングの髪、ふっくらとした頬、平均的そうに見える体型、顔の印象はおっとりしていそうという印象を受ける。

しかし、出てきた彼女の顔は酷く強ばって見えた。

光の加減かもしれないが、影が目の下に溜まり、まるでクマがあるように見えるのだ。

影がなくとも、顔色がいいとはお世辞にも言えなかった。

彼女はまず、自分たちを見て、その後、周りを見渡した。

おそらく、旦那が隠れてきていないかを確認していたのだ。

いないと分かると、家の中に通された。


時間がないため、お茶は遠慮した。

椅子に座り、話を始めようとした時、紗英の方が先に言葉を発した。


「娘は、殺されてはいませんよ」


川原井は取り調べ室から、九条結衣の名前が上がったことを知らされていた。

これで2人。

つまり、残りの2人は生きているということになる。

なぜ、先にそのことを知っていたのか。


「なんでそう言えるんですか?」


紗英はスマホを取りだし、画面をスワイプして、自分たちの方に画面を見せてくれた。

LINEの画面だった。

見せてくれたということは、娘さんのものだろう。

名前の部分も「カナコ」と表情されている。

LINEの内容は次のようだった。


『カナ、大丈夫?』


『大丈夫だけど、どうかした?』


『大丈夫ならいいの、今、渋谷で殺人鬼が出てるから心配で』


『大丈夫だよ、家から出てないから』


そこでLINEは終わっている。

時刻も1時間前ぐらいで旦那からの電話の後、すぐにLINEをしていたらしい。

さすがに礼司の慌てようを不思議に思い、もしもの事があるかもしれないと感じ取ったのだ。

とにかく、娘の命は奪われていないことは確かめられた。


「ご無事なら何よりです。

ですが、今取り調べ室にいる殺人犯は娘さんの名前を出したんです。

この男を見たことはありませんか?」


川原井は志村の写真を机の上に置く。

紗英は写真を見て、首を振る。


「見たことないです。

学校の友達だったとしても、私も頻繁にあの子と会っていた訳ではないので。

もし、彼氏だったとしても、そんな話をしてくれたことはありません」


「殺人犯が名前を出したということは、何らかの形で巻き込まれる可能性があります。

娘さんは今、一人暮らしですか?」


「はい、渋谷内に一人暮らしさせてます」


「住所を教えて貰ってもいいですか?」


紗英は答えなかった。

机を見るように視線を下に落とし、黙り込んだ。

おそらくは、旦那に居場所がバレるのを防ぎたい思いからだろう。


「旦那さんには言いません」


なんの信用もない、ただの口約束が口から出た。


「分かりました。

どんな形でも、娘と旦那が接触したら、あなたたちを許しませんから。

あと、あの人が、居場所を聞いてきたら、秘密をバラすと言ってください」


「秘密ですか?」


「その秘密について、今から話します。

私たち家族がなぜ、疎遠になっているのか。

と言っても、私は時々、連絡はしてますが」


話の分かる人で良かったと川原井は思った。

旦那である礼司がこの場にいたのなら、こうはいかなかっただろう。

秘密は確実に守られるという保証はない。

娘の安全の確保のために最善を尽くしてくれたと思うべきだ。


「あの子は優しくて、私に似て、おっとりしていた性格でした。

でも、主人は娘を立派な警察官にするために、望んでもいないことをたくさんやらせてきたんです。

運動神経を上げるために、走りこませたり、筋トレをさせたり。

勉強だって、学校からの宿題にプラスして、宿題以上の量の学習をさせていました。

遊ぶ時間なんてこれっぽっちもあったか分かりません。

皮肉なことに、成績は優秀なものでした。

だからこそ、私も文句を言える立場ではなかった。

正論をぶつけられるだけだから。

他人から見れば、毒親と言う人と厳しくしなければ教育とは言わないって言う人の二択でしょうか。

後悔してます。

主人に逆らうことが私にはできなかったので、見て見ぬふりをするしか、あの頃は」


「だから、せめてもの思いで一人暮らしを提案なされた?

父親から離れさせるために」


「いえ、そんなこと、私から提案することはできません。

提案を持ちかけたのは娘の加奈子の方からです」


紗英は瞬き1つせずに話を続けている。

川原井の目を見て、片時も離そうとはしない。

故に、川原井も紗英から目を離すことができなかった。


「え、でも娘さんは、父親に逆らうことができたということですか?」


「普段ならできませんよ。

でも、逆らうことができる理由を彼女は手に入れてしまったんです。

それがどれだけ辛かったことか」


紗英の目に少し涙が滲む。

服の袖で涙を拭い、再び話す。


「加奈子は…主人の浮気現場を見てしまったんです」


驚きで声が出せなかった。

隣にいた刑事も同じだったらしい。

見守っているだけだったが、紗英の言葉を聞いて、少し前のめりになる。

礼司が頑なに理由を話さなかった理由が明らかになった。

確かに、明らかな不祥事。誰にもバレたくないと思うのが普通だろう。

1つ不可解な点に気がつく。


「でも、今もご夫婦で…」


「話をされた時、加奈子は大号泣でした。

話すのもやっとで。

ずっと信じて、従ってきた父親の姿が、正義を追求する警察の姿ではなくて、愛した人間をこけ下ろす真似をする、恥ずべき人間だった。

そんな現実を思いっきり突きつけられたんでしょうね。

私は自分の悲しみなんかよりも、娘の心が崩れる姿を目の前で見る方が辛かった」


紗英はまた袖で涙を拭く。


「それに…」


涙を拭くと急に顔を上げ、川原井の目を見つめる。


「私、気づいていたんです。

主人が浮気してるってこと。

お恥ずかしいことながら、夜のお誘いを何度も断られていました。

最初は疲れているんだと思って、申し訳ないと思ってて。

でも、休日ですらも断られて、女としての魅力を失った、他の若い女性の体を堪能して私じゃ興奮できなくなったんだってことに気がついたんです。

だから、浮気されていたという事実に対しては私にそこまでダメージがありませんでした」


娘の話をする紗英の目には涙が確実に浮かんでいた。

しかし、自分と旦那である礼司の話をする時は目に涙が滲みすらしていない。

本当になんとも思っていないのだろう。

逆に、よくその状況を知って、離婚しなかったと川原井は思った。


「いい口実になると思ったんです」


「口実?」


「娘を父親から離す口実です。

だから、私は離婚していないんです。

私は専業主婦です。娘を一人暮らしさせられるほどの力がないとは言いませんけど、楽ではないでしょう。

主人といれば、ある程度は何とかなる。そう思ったんです。

2人で話し合って、私は主人が浮気しているという事実を知らないというていで話を進めることになりました。

娘だけが知っていて、父親を脅す。

専門学校に入るから、一人暮らしをさせる。

連絡手段を父親のものは全て無くす。

そう条件を出させた。

もちろん、その場に私はいませんでしたけどね。

結果的に娘を一人暮らしさせることに成功し、今に至るわけです」


「それが秘密ってわけですね。

安心してください。約束は守ります。

礼司さんに言われたら、その話をします。

娘さんには近ずけさせません」


紗英は頷き、スマホをいじって2人の前に出した。

そこには娘の加奈子が住んでいる住所が示されていた。

ご協力ありがとうございました、と言って相方の刑事は先にパトカーに戻る。

少しせっかちだと川原井は思った。

だが、モタモタもしていられない。

なるべく早く、見せてもらった住所の場所に行かなくては。


自分もパトカーに戻ろうとした時、紗英のスマホにメールの通知がくる。

意図的にではなく、偶然目に入ってしまった。


『次、いつ会える?』


紗英は通知が来た瞬間にスマホを急いで自分の方へ引き戻した。

鋭い眼光で川原井の目を見る。

言葉にしなくとも「見ましたよね?」と聞かれているのが分かった。

言葉には出さずに、頷く。

紗英は泣きそうな声で話した。


「旦那に捨てられたことはいいんです。

でも、私だって寂しかった。

あの人がしてるなら、私も別の人と。

包まれていたかったんです。

最低ですよね、こんなの。やり返してるみたいで」


「誰にも言いません。

墓場まで持っていきます。

紗英さんの方はバレないようにしてくださいね」


同情から出た言葉だった。

しかし、その言葉に紗英はものすごく安心したように見える。

人の闇、家族の闇に触れたような気がして、胸糞がとても悪くなった。

事件が片ずいたら、この家族の問題をどうにかしてやりたいという気持ちを頭の中に入れ、パトカーに乗り込んだ。

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