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第3話 使徒が旅立った港

                -Caesaria

 テルアビブの北、車で一時間ほどのところにカイザリアと呼ばれる遺跡がある。ユリウス・カエサルに因んだその名の通り、ローマ帝国時代に建設された都市だ。地中海に面した砂浜に円形劇場、十字軍の要塞、導水橋などが点在している。


 アメリカがコカコーラとマクドナルドによって世界中にその文化を広めたように、ローマはその支配地域にことごとく円形劇場を建設した。中でもカイザリアのものは、規模といい、保存状態の良さといい、中東においては現存する屈指のひとつと言える。


 降り注ぐ陽光を浴びながら海岸平野を行く。まだ朝の9時。良い一日になりそうだ。途中、右手に、湾岸戦争時にイラクのスカッドミサイルが着弾した丘が見えた。もう少し精度が高かったら、テルアビブは直撃されていたに違いない。しばらくして道を左に折れ、背の低い防風林に囲まれた砂漠に入る。目指す遺跡はその先にあった。


 劇場の舞台は西の方角に設けられていた。当時としては異例なことだったという。西には何があるか。そう、地中海だ。劇場にやって来た観客はみな、演劇や音楽を鑑賞すると同時に地中海に沈む夕陽をも見ていたのだ。何という贅沢な借景なのだろう。


 急勾配の階段を登る。観客席の一番上に出た。カラリとした潮風が頬を撫でる。すり鉢のように眼下に収束する舞台に思わず吸い込まれそうになる。その向こうで青い海がどこまでも遠く拡がっている。


 劇場は今でも現役で使われている。つい先日にはオペラ「アイーダ」が上演され、外国からの旅行者も含めた大勢の観客の喝采を浴びたそうだ。この日も夜にコンサートがあるということで、照明をはじめとする各種機材のセッティングが朝から行われていた。スタッフが忙しそうに立ち働いている。


 歴史的な遺産はショーケースの中だけに飾っておくものではない。時にはこうして現在の利便に供することがあってよい。遺産の価値も高まると思う。二千年前の人々と同じように今を生きる僕たちも楽しめるというのは素敵なことだ。そこに文明の厚みというか、底力を感じる。もっとも、石造建築だからこそなし得ることなのかもしれないが。


 一番下まで降り、舞台の中央に立ってみた。今度は逆に観客席が自分のまわりを180°取り囲んでくる。だが不思議と圧迫感はなかった。むしろ解放感に溢れている。声を上げれば突き抜けて天まで届きそうだ。観客席の先に拡がる空は素晴らしく高かった。


「ローマ帝国時代、カイザリアはこのあたりで一番の港町でした。キリスト教が始まった頃、ペテロやパウロもここからローマへ宣教の旅に出たのです」


 キリスト教徒であるか否かに関係なく、事前に聖書、とりわけ新約聖書を読んでおくとイスラエルの旅はさらに面白くなる。なぜなら、それは経典であると同時に優れたガイドブックであるからだ。


 イエスをはじめとする聖書の登場人物たちは、現在のイスラエルを主な活躍の舞台とした。彼らの事跡は長い年月の間に多くの人々の手によって編纂され、ローマ帝国を経由してヨーロッパに、新大陸に、さらにはアジアの果てにまでも伝えられていく。「誰が」「どこで」「いつ」「何をしたか」をこれだけ克明に記録した物語も他に類を見ない。まさしく歴史であり、神話だ。


 イスラエルには当時の地名が今でもそこかしこに残っている。聖書を手に訪れる旅行者は各々の土地の由来をひもとき、確認することができる。そして、歴史的人物の見た風景と同じものをそこに見て感慨に浸るのだ。


 ペテロやパウロもこの劇場で夕陽に照らし出される舞台を眺めたのだろうか。そう考えると、ちょっとばかり感動した。

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