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そこの彼女、君は天使ですか? それとも悪魔ですか?  作者: 風まかせ三十郎


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第20話 驚異の野球対決 嵐子VS五月

 最早、五月の力は限界だった。

 刃動を溜め込む余り、増大する光球の質量を支え切れなくなったのだ。

 最大出力の刃動で一気にけりを付ける。

 本試合は野球規則に則り行われるため、ストライクを三つ取らねば決着は付かないのだが、それを知らないのか、もしくは失念しているのか、ともかく必殺の一撃を以て嵐子に引導を渡す気満々だった。

 とうとう光球の一部がグラウンドに接地して、路上に落としたアイス玉のごとくひしゃげ、その地点を中心に蜘蛛の巣のごとく刃動の波を拡散させた。

 靖、玲花、その他、最前列に陣取ったSクラス生が打ち刀の切っ先で手早く走電を絡め取る。それでも一部の生徒が感電して軽い火傷を負った。

 過剰に蓄積した刃動が放電したお蔭で、光球の質量がわずかに軽くなった。

 五月は最後の力を振り絞って大薙刀を垂直に持ち上げると「金太郎の野郎、絶対に赦さねえ~!」と野太い声で咆哮し、自身に取り憑いた熊の毛皮の霊が、足柄山の金太郎の熊であることを明示した。

 

 金太郎の友であるはずの足柄山の熊が、なぜそのような悪罵(あくば)を吐いたかというと、角力の稽古で痛め付けられたり、御馬の稽古で足代わりにされたりして、内心忸怩(じくじ)たる思いを抱いていたせいと思われる。そこへ以て主審の坂田が金太郎の子孫とくれば、復讐の機会は相整ったという訳だ。

 光球輝く大薙刀を天に掲げれば、それは太陽を刺し貫く壮大な景観となる。

 五月は嵐子を、足柄山の熊は坂田を、各々憎しみに燃える目で睨み付けると、


「友の仇、思い知れ!」

「千年前の恨み、思い知るがいい!」

 

 二人、いや、一人と一匹は想いの丈を込めて慈しみ育てた最大級の刃動を、佐馬之丞の構えるミット目がけて投擲しようとした。そのとき、

 坂田が五月を指差して、老齢とは思えぬ張りのある声で高らかに、

「ボ~~~~~~~~~~ク!」と宣告したのだ。

「ーー!」

 

 その場にいた総員が何事かと身構える。

 野球同好会の部員数名だけが「セットポジションで完全静止を怠る」もしくは「投球動作の中止」に当該するのでは? と野球規則に則り考えた。

 草野球の経験もなく、野球規則にも疎い五月は当然"ボーク゛なる言葉の意味を知らず、一瞬何が起きたのか量り兼ねて完全に投球動作を停止してしまった。

 そして足柄山の熊に至っては野球そのものを知らないので、"ボーク゛なる言葉を無視して一匹で刃動を投擲、五月が急に投球動作を止めたものだから、前のめりに転んで嫌と言うほど地面に額を打ち付けた。

「何で途中で止めちゃうの?」と不満をぶつけてみたものの、霊体である足柄山の熊の言霊は生身の人間には届かない。

 茫然と佇む五月の全身から闘気が抜けてゆく。

 光球が萎んで夜店の風船大になった時、足柄山の熊は見切りを付けたのだろう。坂田を一頻り睨み付けると「いずれまた会おう。金太郎の子孫よ」そう言い残して姿を消した。

 無論、その姿を視認した者は唯の一人もいなかった。

 静まり返った観衆を前に、マイクを握り締めた坂田が演歌歌手顔負けの美声で状況を説明した。


「え~、只今の協議について御説明いたします。行司軍配は西"熊霊山゛に挙がりましたが、ボークではないかと物言いが付き、協議の結果、行司差し違えで東"美少女嵐゛の勝ちと決まりました」

 

 直後グラウンドは、ーーええええええええええ~~~~~~~~~~! という驚愕の叫びに包まれた。

 相田洋子が腕捲りして叫んだ。


「やいやいやいやいやい! この変態教師! なんで五月が熊で、嵐子が美少女なのよ! 依怙贔屓も大概にしやがれ!」

 

 田中春代が天を仰いで嘆息した。


「野球の教則本、買ってあげればよかった」

 

 神崎玲花が薄笑いを浮かべて呟いた。


「とんだ茶番ね」

 

 伊集院靖が静かに笑った。


「そうでもないさ。あの巨大な刃動を見れただけでも一見の価値ありさ」

 

 本宮龍虎が意識を回復した。


「あれ? 俺はどうしてここに」

 

 関佐馬之丞が防具を外して呻いた。


「五月……」

 

 足柄山の熊が去り際に一言。


「俺は何のために出てきたのだ」

 

 一番合戦嵐子が冷めた表情で呟いた。


「フン、出番なしか」

 

 我に返った五月雨五月が大声で叫んだ。


「こんなの絶対にぃ、認めなぁ~~~~~~~~~~い!」

 

 そこへ足柄山の熊を追って現れた金太郎の霊が、五月の耳元で囁いた。


「なんなら、僕の(まさかり)貸しましょうか?」

 

 もしその言霊が聞こえていれば、五月は喜んで鉞を借りたはずだ。が、足柄山の熊同様、霊体の言霊は生身の人間には聞こえないので完全に無視。結局、彼女は歴史に残る大業物を入手する機会を失った。

 まっ、余談はさて置き、五月は再び燃え上がる闘志を双眼に漲らせると、嵐子に向かって大薙刀を突き付けた。


「もう茶番はお仕舞い! 野球対決なんて関係ないわ! こうなったら大切斬で、おまえを一刀両断にしてくれる!」

 

 そう大音声で捲し立てると、大薙刀を股間に挟み、背中のファスナーに手を伸ばした。が、熊の着ぐるみなど一人で脱げる訳もなく、思い余って「洋子ぉ~、春代ぉ~!」と友の名を呼んだ。

 

 嵐子が不敵な笑みを浮かべた。


「フフッ、そうこなくっちゃね」

 

 坂田が狼狽気味に叫んだ。


「き、君、いかんよ。試合後の攻撃は重大な規則違反……」

「黙れ、眼鏡! 大村崑!」

 

 友の手を借りて、ようやく熊の着ぐるみを脱ぎ捨てた五月は、ついでに師への礼をもかなぐり捨てて、春代より手渡されたオロナミンCをぐいっと一飲み、スタミナを回復すると、大薙刀を上段に構えて、--でゃああああああああああ~~~~~~~~~~~! と気合一閃! 嵐子目がけて突進を開始した。

(因みに彼女の服装は体操着で、その点に於いても嵐子のジャージと相まって、冥王の伝統に相応しからぬ異色対決となった)

 

 洋子が傍らの春代に尋ねた。


「ねえ、大村崑って誰?」

「さあ、私も知らないけど」

 

 そこへ龍虎が割って入った。


「大村崑、知らねえの? 昔の芸人さんだよ。ほら、田舎なんか行くと、バス停に錆びたオロナミンCの看板があるだろ? あの看板の人が大村崑さ」

「そんな看板、見たことないけど」と洋子。

「まっ、知らねえのも無理はねえな。なんせ四、五〇年前の人だからよ」

「あんた、よくそんな古い人知ってるわね」

「親父がファンでよ。DVD持ってんだ。あっ、そうそう、桃屋のCMあんだろ? あの眼鏡のアニメキャラも大村崑なんだぜ」

「ふ~ん。そうなの」

 

 少々、返事に窮した洋子であった。

 その話を小耳に挟んだ靖がニヤッと笑って一言。


「彼、大村崑と三木のり平を取り違えてるよ」

 

 その呟きを傍らの玲花が聞き咎めた。


「三木のり平って誰?」

 

 彼女は上流家庭のお嬢様なので庶民の味を知らなかった。

 一方、庶民の味を知り尽くしている五月は突進の最中に腹の虫がグ~ッと鳴り、ーーああ、そうだ! 私、お弁当持ってこなかったんだ。ということに気付き、ほんの、ほんの少しだけ闘志が萎え、ほんの、ほんの少しだけ歩速が鈍った。

 そんな所が彼女をBクラスに留め置く所以なのだが、勿論Aクラス三位の嵐子が見逃すはずもなく、その瞬間、一気にジャンプ! 空高く舞い上がると太陽を背に姿を晦まし、一瞬、目標を見失って立ち止まった五月の頭上から襲いかかった。

 

 五月の脳裏にイクの面影が蘇った。

 彼女が頭頂部を砕かれた時の、ーーゴキッ。という何とも言えない嫌な音は今も耳底に焼き付いている。

 友の仇を討つべく決闘を挑んだ自分が、今、友の二の舞を演じようとしている。二人で苦心して編み出した業、大切斬を一度も放つことなく一方的に敗れ去るのだ。


 イク、ごめん。

 

 五月は心中で不甲斐ない自分に涙した。

 その時イクの面影が叫んだ。


「五月、真上だぁぁぁぁぁ~~~~~!」

 

 言われるままに真上を見上げれば、太陽を背に受けて猛禽のごとく急降下してくる嵐子の姿が目に入った。

 五月は瞬時に理解した。

 自由落下する物体は方向が変わらないため、真下から見れば固定された点のように見える。それは取りも直さず大切斬を打つ絶好の機会となる。


 イク、ありがと!

 

 五月は腰を落とすと、脇構えから掬い上げるように大切斬を放った。

 瞬間、大気の裂け目が真空状態となり、派生した鎌鼬が彼女の腕に裂傷を走らせる。

 血飛沫が飛んで、五月の顔が苦痛に歪む。それでも口端から泡を飛ばして歯噛みして耐え忍ぶ。

 大薙刀は動きを止めず、その切っ先は見事な半円を描いて深々と地面に突き刺さった。

 放たれた刃動は溜がない分破壊力は減殺されているが、それでも人一人を葬るには十分な威力を秘めていた。しかも相手が至近からの垂直降下であれば、カウンター効果による凄まじい破壊力が期待できる。

 玲花が、数名のSクラス生が、嵐子の胴体が両断される様を予測して思わず息を飲んだ。

 が、嵐子の動きはSクラス生の予測を遥かに上回った。

 いや、正確には上回り過ぎたのだ。

 刃動が放たれると同時に、嵐子は振り被ったピコハンで正面を思い切り叩いた。

 彼女からすれば得物の威力で刃動を叩き潰すつもりだったのだろうが、天性の反射神経が物を言って、いや、物を言い過ぎて刃動が届く前に手前の空気を叩いてしまったのだ。

 これが先程の野球対決であれば、人間扇風機と揶揄されるほどの空振りとなったはずだ。

 前のめりに空中でぐるんと一回転したところへ、腹部に刃動が命中した。

 幸いにも胴体は千切れなかったものの、これが先程の野球対決であれば、文句なしに場外ホームランと宣告されたであろうほどに、彼女の身体は空高く、たか~く舞い上がった。

 衆目には、陽光の中へ消えゆく彼女の姿が太陽黒点のように見えた。その黒点が眩い光の中へ完全に飲み込まれた時、五月はようやく相手の姿を目で追うのを止めた。

 勝利を確信したのだ。

 その時、彼女の脳裏を過ったものは両親、部活の朋輩、雪江先輩、級友、熊沢喜十郎、羆、そして勝利を喜ぶイクの笑顔だった。

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