2 突入
ここは未来のウォーターフロント。居眠りをしていた俺は謎のプードルさん「ハル先輩」に起こされた。ハル先輩から意味不明な忠告を受けたが俺は無視してオリンピックアイランドで発泡酒に酔い痴れていた。
運河を渡るカゼが爽やかな朝だった。
俺はメトロから足早にウォーターフロントへ向かう。
途中、立ち止まって橋から運河を見下ろす、じっと目を凝らす。いたいた、ハゼの成長は上々、グッ。
水面に映り込む俺のカオ、丸メガネの後期中齢者。
なぜ俺が仕事帰りにハゼ釣りを始めたのか…。ボーナスが支給されたある晩、俺はおつまみにサバの缶詰をふたつ買って帰宅した。誇らしげに缶詰をバッグからとり出したとたんに、カミさんにお金の無駄遣いと激しく叱られた。それから、おつまみとしてハゼを釣ることを思いついた。通勤定期券の区間なら交通費も要らない。こうして俺はハゼ釣りのおかげで、家内安全、商売繁盛、お楽しみ の三位一体を手に入れた。
ありきたりだが、幼い頃はヒーローに憧れていた。舞台は国際宇宙ステーションでも、砂漠の戦場でも良かった。こんな無限ループはそろそろ終わりにする。いよいよ。
ターゲットを確認した。俺の戦場はこのガラス張りのビル、エモーショナル・ラボラトリー。数字と派閥の論理が全てにおいて優先される非情な領域、倒れた者はゼロカウントで重力に吸収される。
カネと権力に群がるイヌども、俺が制圧してやる! 腰のホルスターがズシリと重い。
まだ早朝なので警備員はいない。ヨシ、突入! クリア。ゴゥ、ゴォ、ゴーッ! 一気に二重の自動扉を駆け抜けると、消灯されたうす暗いエントランスは静まり返っている。
ワナか、省エネなのか?
ピーィ!
オーマイガーッ、アラートが出やがった。
「メガネ ヲ 外シテクダサイ.」
合成音声だった、天井には監視カメラと動体センサーの赤い点滅。
チッ! 渋々メガネを外して虹彩をさらす俺。
「個人 ヲ 特定シマシタ,所持品オヨビ法定ストレスチェック ハ クリアデス.」
ふぅ、携帯電話用ホルスターの持ち込みは禁止されていない。
出勤前のモチベーションをアップする、俺流のメソッド完了。
オフィスの様子が妙な具合だった。皆うつむいて挨拶も返さない、イヤな空気。
誰だよー! ストコン(ストレス・コンディショナー)をいじったのは。設定を規定値に戻すと、皆は超だるそうに早朝会議の準備を始めた。
やれやれ。俺は上着を隣の椅子に掛けると、法定外ストレスチェックを開始した。センサー群モニターシステムを起動、ひとりずつのバイオ情報やカオの表情をキャプチャーする。これも俺に託された任務だ。
ただし、体調の悪いスタッフを産業医に引き渡すのが目的ではない。




