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エガオ爽やか実験室  作者: 豊洲 太郎
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 3 ストレス・マキシマイザー

俺は人工知能向けの感情エンジンを開発する企業の非正規従業員だ。

 「エモーショナル・ラボラトリー」では人工知能向けの感情エンジンを開発している。

 「感情変位は画像と同じく単純な同次変換で表せる。」

 という、画像系プログラマーの素朴な発想からこの会社のビジネスが始まった。

 まるでカオ認識のように、元となる感情パターンの特徴不変性から精神状態を表現できる。その仮説を核医学界が最新のMRI装置を使って裏付けた。さらにスーパーコンピュータ「京の子孫たち」の多次元シミュレーターは、この精神活動を忠実に可視化することに成功した。以来、わが社の製品開発には「京の子孫たち」が不可欠となっていた。「京の子孫たち」の演算能力をもってすれば、この世界を描くことすらできるはずだ。

 小さなベンチャーだったわが社は、いまやワールドワイドでも注目される大企業になった。CEOはメディアに決して自分のカオを見せない主義だった。こんな物騒な時代では実に賢明なポリシーといえる。そう考えれば社内でもカオを出さないのも、少々ミステリアスだが、うなずける面もある。

 カオは見えなくても、CEOのコメントはまさに絶対権力であった。絶対権力のもとで、従業員には自らの感情を抑制する習慣が身に付いていた。感情を抑制しながら感情を開発するという、文字通り笑えない職場。もちろん労使関係は最悪で、従業員は経営陣を「会社のイヌ」と呼んでいた。

 ところが皮肉なことに、このアンチでひねぐれたサラリーマン根性が製品のクォリティに貢献していた。

 リアルで完璧過ぎる人工知能に対する嫌悪感(「不気味の谷現象」と呼ぶらしい)を回避するためには、このようなテイストが極めて効果的であった。多少はグチ ったり、ヘソを曲げたりしたほうが、かえって付き合い易いと感じるのは当然の成行きである。

 もはや、従業員の不満こそが「エモーショナル・ラボラトリー」のブランド力の源泉となっていた。

 従業員にとっては不幸なことだが、経営陣はその事実にいち早く気付いていた。極秘裏に、従業員に最大限のストレスをかける研究が行われていた。会社はストレスに関する各界のスペシャリストをスカウトした。

 イジメ専門家チームは負荷試験という名のイジメを次々と考案、膨大な治験データを解析した結果、あまりにも非倫理的な、不快情動加速装置にたどり着いた。

 「ストレス・マキシマイザー」の照射は脳の海馬に直接作用して、トップからの叱責と同等の絶望感を生じさせる。ボタンひとつで会議の流れを逆流させる程の威力を持つ暗黒のマシーン。常識が次の瞬間には非常識となり、突如、上から降ってくる無言の絶対圧力感、自らの発言と同時に決まるオウンゴール。

 このメガストレスによって多くの仲間が潰れていった。

 俺は、なんとか持ち堪えた。非正規雇用のシニア従業員として。

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