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だからやり直す


 フェリーチェ・ブラントレー。彼女と家族となったとき、彼女は笑顔でボクたちを迎えた。



 ボクの母は、父に先立たれ、だいぶ苦労をしたという。

 それを知ったブラントレー侯爵は、フェリーチェの為に母親になって欲しいと頼み込んできたそうだ。

 ブラントレー侯爵の亡き夫人、フェリーチェの母は、母と友人だったらしい。そして、亡くなる前に母が困っていたら助けて欲しいと侯爵に伝えていたそうだ。

 母はボクのため、侯爵はフェリーチェのため、再婚をした。愛はないが、二人とも仲は良かった。


 

 フェリーチェは優しい子だった。

 突然できた義母と義弟を受け入れ、そして喜んだ。


 とっても綺麗な義理の姉。誰にでも優しく、そして努力家で、真面目で、何事にも一生懸命なその姿に目が離せなかった。


 父となった侯爵は、フェリーチェが王子の婚約者候補だったため、後継者候補としてボクを育ててくれた。

 彼は、とても不器用な人だった。

 フェリーチェのことを愛していたけれど、それを伝えるのが壊滅的に下手だった。国王の右腕として仕事をこなす義父の姿は尊敬の念を抱かせる姿だったが、家に帰ると子どもにどう関わって良いのかと緊張し無口になってしまう。怖がらせていないか、嫌がられていないか、要らない心配をしてしまう、そんな人だった。

 それでも、母のとりなしでボクたちと不器用に関わっていた。




 フェリーチェが王子の婚約者と決まるまで、ブラントレー家は穏やかだった。


 婚約が決まり、フェリーチェは王妃教育として王都へ、ボクは侯爵家を継ぐために領地に居ることが多くなってしまった。


 フェリーチェは会いに行くたびにその笑顔に陰りが増えていった。


 優しいフェリーチェ。


 何も目立ったことがない地味な令嬢。勉強もできない美貌もない次期国母。なんであんな令嬢が王子の婚約者になったのか。もっとふさわしい令嬢が居たはずだ。もしや、ブラントレー侯爵の力で無理矢理婚約者になったのでは。

 そんな陰口がささやかれる。酷い言葉が飛び交う。


 そんなことはない。フェリーチェは努力家でとても優しくて、笑顔がかわいらしい人だ。王子の婚約者になりたくてなったわけではない。打診してきたのは王家からだ。

 そもそも、彼女が婚約者として選ばれたのは、他の候補が居なかったからだ。

 声を上げても、届きはしなかった。


 

 フェリーチェ以外の候補者は四人いた。公爵家のシルビア・キャンベル、侯爵家のミランダ・マーフィー、その妹のブリジット・マーフィー、そして侯爵家のアドレイド・ハミルトン。


 シルビアは外交官だった叔父に幼い頃からついて周り、その縁で隣国の王家の者と婚約して居たために早々に候補から外れた。


 ミランダとブリジットは候補者の中でも一番年上で、すでに社交界に出ていた。

 ミランダは美しく、男女を虜にする顔と体、真っ赤な唇と蠱惑の眼差しで多くの人を魅了し、ブリジットは巧みな話術と駆け引きで人を集める。そんな2人は、毒の二華とも陰で言われている。

 その美貌と話術で男を誘い込み、取っ替え引っ替え遊んでいるという噂が後を絶たないのだ。独自に調べれば、噂はほとんど事実に近かった。


 アドレイドは本の虫と呼ばれる令嬢だった。とにかく本が好きで、社会のことに全く興味がない。

 好きな本が生物学や地質学など偏っていることもあって、現在の国王の名前すら知らないと言われている極端な人だった。


 こんな、候補ばかりだったのだ。


 それなのに、王家は噂や陰口を咎めることもせず、フェリーチェに王妃にふさわしくなりなさいと言うだけだった。

 王子も、努力するフェリーチェを気にする様子はなく、ほとんど関わらず、ただ王に決められたから婚約者になっただけだという。



「姉様、大丈夫ですか?」


 少しずつ痩せていくフェリーチェにそう問うと、彼女は決まって微笑む。


「大丈夫よ」


 大丈夫じゃない。

 大丈夫なはずがない。


 優しい彼女が、傷ついていく姿に思わず王子に掛け合いにいった。

 彼女の酷い噂が流れていることを、止めて欲しい。せめて、もう少し婚約者らしくして欲しい。

 まだ結婚もしていないのだから、良いだろう。そんな言葉しか返っては来なかった。


 自分なら……自分だったら絶対にフェリーチェを傷つけないのに。




「姉様、がんばりすぎですよ」

「私は何もないから、もう少しがんばらないと」


 少しずつ笑顔が消えていく。


 母が病に倒れ、義父は仕事に明け暮れた。

 母を介してしか子どもと関われなかった義父は、母の死でどうすれば良いのか分からなくなってしまったのだろう。


 フェリーチェのことを義父に相談したが、彼はしばらく考え込んで、わかったとしか言わなかった。

 王都にずっと居られないボクは、せめて義父だけでもフェリーチェの側に居て欲しかった。



 


 ある日、手紙が来た。



『ごめんなさい、ギャレット』



 そんな一文から始まる手紙が。


 慌てて王都へ向かったが、着いた時には全てが終わった後だった。






 フェリーチェは、城の塔から飛び降りて自ら命を絶った。






 

 フェリーチェ。


 彼女を、王子はずっと煙たがっていたらしい。大したこともないくせに真面目で生意気だと。

 それよりも好みだった男爵家の令嬢を見つけると彼女に入れ込み、それをやんわりと咎めたフェリーチェを王子の婚約者だからと横暴に振る舞い、周囲を見下し、格下の男爵家の令嬢をいじめる酷い女だという噂まで流した。


 フェリーチェが命を絶つ前、彼は彼女を城に呼び寄せたのだという。まるで謝罪をしたいかのような手紙を送って。

 そして、やってきたフェリーチェを、男爵家の令嬢や取り巻き達とともに笑ったそうだ。


 お前のような女との結婚などごめんだと。




 城の塔はとても高く、遠くまで見通せた。

 ここは、ブラントレー家の領地が遠くに見える、唯一の場所だった。


 フェリーチェは、どんな思いでこの塔を登ったのだろうか。


 もう、何も分からない。





 フェリーチェと王子との婚約を、義父は破棄するために動いていたらしい。けれど、間に合わなかった。

 そんな後悔から義父は領地に戻り酒浸りとなり、ボクは……フェリーチェを貶めた者達を調べて、悪事を暴き、時には陥れ、没落させ、日の当たる場所を歩けないように、そう、自己満足な、復讐を、して。


 やがて、燃え尽きた。


 王家は王位第一継承者であった第一王子の悪事が知れ渡り、様々な不正も発覚して継承権が剥奪され、その取り巻き達も罰を受けたり爵位を失い、第二王子と第三王子の継承権争いが起こり大混乱。

 

 嗤って、笑って、わらって、わらって、そして、虚しくなった。


 こんなことをしてもフェリーチェは笑ってくれないのに。


 ただ、彼女には幸せになって欲しかった。それだけを願っていた。それなのに。


 ふと、思った。彼女をシアワセニしよう。

 そのためにはどうしたら良い?

 そうだ、時間を戻そう。

 やり直そう。

 必死に王妃になろうとしたフェリーチェを、王子達は嗤って貶めた。


 フェリーチェを王妃にと望んだのは王家だ。それなのに彼らは裏切った。だから、やり直す。


 フェリーチェは裏切られたから、やり直す。


 魔法のことなど何も知らない愚か者の馬鹿な考え。

 けれど、侯爵家の権力を使い、継承権争いで荒れる王家や他の貴族達を利用し、何年もかけて時を戻す方法を、やり直す方法を探した。

 何年も何年も何年も何年もどれほど時間がかかっても、何を犠牲にしても、口では言えないことをたくさんして、やり直す方法を……。









「ねえさ、……フェリーチェ、今、幸せ?」


 怖々と、ボクは聞いた。


「今、姉様って言おうとしたでしょう」


 笑う彼女は、誰よりも綺麗だった。


「つい、癖だからね」

「もう、私の旦那様なんだから、ちゃんと名前で呼んでよね」

「分かっています、フェリーチェ」


 フェリーチェは、小さな声ではにかみながら言った。


「ねぇ、ギャレット。私、幸せよ」

「それは、よかった」












「今度は、必ず幸せにしますからね」




 絶対に。

 



読んでいただきありがとうございました。

最近いろいろとあってなかなか小説が書けず……ようやく書けるようになってきました。


9/26

誤字報告、評価、ブックマークありがとうございます。

誰かに読んでいただけるだけで嬉しいのに、今までにない勢いで評価をいただいていてとても驚いています。本当に、ありがとうございます。


10/9

本編で出てこなかった設定などを10/9の活動報告に書きました。(ざまぁ要素はあまりなく、後味の悪い話です)

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― 新着の感想 ―
[一言] ギャレットが、前の生で復習を遂げ終わったのに虚しさを感じるところ。読者としてはスッキリはしたのですけれど、確かにギャレットにしてみたら、フェリーチェは帰って来るわけではない。それだけ愛情があ…
[良い点] “国内五指の家柄の令嬢を貶める”ってどういうことか分かってなかった馬鹿どもが、やり直し前で当然のごとく報いを受けたところ [気になる点] やり直し後の王子と結婚した相手って誰なんだろ? …
[良い点] やり直しができた事に理由があった事。 平凡と貶されるフェリーチェが婚約者に選ばれた理由にも明言されている事。 フェリーチェが愛してくれる人達に囲まれて幸せになれること。 [気になる点] や…
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