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九話

 レーナ・ヤーンの工房は東の廃墟ビル街に近い、人通りの少ない場所にあった。

 レンガ造りの家の中でもひときわ頑丈そうな造りで、赤いレンガと窓の白い木枠の対比が印象的な趣のある建物だった。ただ、本人に言わせれば旧時代の人間が造ったビルのような建物に憧れて外観も似せているのだが、機能美はまるでそれに劣るそうだ。

 なので工房はもっぱら地下にあり、地面から上は飾りに近い。

 宗太郎とアミはレーナの指示通り、不用心に空けっ放しの玄関を遠慮なく通り、地下の階段へと向かう。その先は外から分からないコンクリートによって壁が打ちっぱなしになっており、より無機質さを感じた。

 階段を下りた先の地下室の前にはドアを挟むように二体の首輪付きのソシアルが待ち構えていた。

「あー、この先。俺たち、用事ある。通って、OK?」

 つい片言になる宗太郎にソシアルが反応する様子はない。また、動く様子もない。

 なので二人はソシアルの横を黙って通り抜けようと近づいた。

 そうしてやっと、二体のソシアルは動き出す。

「止まれ、無断な立ち入りは禁止されている。レーナ女史の了解を待て」

 二体のソシアルは、そういって儀仗のように構えていたアミダ兵器を宗太郎とアミに向ける。

 二人は先の体験からひどく驚くも、緊張はすぐに解かれる結果となった。

「α24号、α25号、その二人は私の客人よ。中に案内しなさい」

 地下室の中からの号令に、二体のソシアルは素直に従いアミダ兵器を下ろす。そして丁寧にも空いた片方の手で両開きのドアを開けてくれた。

 地下室で待ち構えていたのは、白衣姿のレーナだった。

「遅かったじゃない。暇で暇で仕方なかったのよ。いつ着くかくらいは先に言ってもらいたかったわね」

「何だ? もしかして電話してすぐに行くと思ってたのか。そいつはすまない。だいぶ待たせたな」

 腕時計を見ると、昼飯を挟んだ時間なので中々気の長い時間が経っていた。宗太郎は、素直に待ってくれていたことに感謝の念を覚えた。

「別に研究している最中だったから、いつもといる場所は変わらないわ。ところで電話で話していたのは組合にもいたその子ね」

 レーナがアミを指さすと、アミはずいずいとレーナに近づいていった。

「な、何?」

 レーナが傍に寄ったアミに警戒する間もなく、アミはレーナに抱き着いた。

「初めまして! いえ、会うのは二回目ですけど、初めまして! 会えて嬉しいです」

 レーナはあまりのことに、アミに抱きすくめられたまま、身動きが取れない。当然だ、不意打ちで初対面の相手に抱き着かれたことなど、友達の少ないレーナには初めてのことだろう。

 それにしたって、宗太郎から見てもそれはオーバーな接し方だ。

「おいおい、まさか初対面で抱き着くのが挨拶の礼儀だと思ってないよな?」

「私はオットー博士から学んだとおりにしているだけです。宗太郎さんの時も、そうしたでしょう」

「あれは不可抗力だろ。なんだまた生殖行為がどうたらとか言い出すのか?」

 レーナは抱き着きに反応するより前に、宗太郎のその一言に鋭く反応した。

「む、宗太郎! あなたねえ、こんなかわいい子に何てこと言ってるのよ!」

「うるせえ、俺の言ったことじゃないっての。―――え、何だって」

 レーナは戸惑いと拒絶反応で固まっていたと思ったら、実はそうではなかったらしい。

 レーナはアミのハグをしっかり受け止め、顔はいつもと違ってだらしなく綻び、背は足りないので腕を一生懸命伸ばしてアミの頭を撫でさえしている。

「かわいいじゃない。会った時から思ってたのだけど、可愛いじゃない!」

「二度も言うか。確かにアミは俺から見ても美人な部類に入ると思うけど、そこまでか?」

「よく見なさい。整った顔立ち、柔和な丸顔、くりくりとした大きな目、愛嬌のある猫耳、モデル体型! どれも一流品じゃない。着せ替えは腕が鳴りそうね」

「着せ替えって、人形じゃないんだぞ… …。いや、そうでもないか」

 ソシアルを動く人形と呼称することは少なくはない。命令回路によって従順に動くソシアルを見て、人間とは微妙に異なる立ち振る舞いや挙動を見て、その印象を覚える人は多いのだ。

 特に加工屋によって自分の好きなようにある程度カスタマイズできるというのが、ある意味では着せ替え人形のようなものかもしれない。

 けれどアミが言うことは例えの域ではないらしい。

「どんな服が似合うかしら、カジュアル系、コンサバ系、モード系。脚が長いからチャイナドレスも似合うかしら。それともかわいさアピールを狙ってメイド服なんていいのかも。ああ、楽しみね」

「待て待て、今回アミは猫耳メイドになりに来たわけじゃない。抑えてくれ」

 宗太郎はアミとレーナを落ち着かせると、地下室に入ってすぐの応接用のソファーに皆座った。

 レーナはまだアミの着せ替えに未練があるようだが、大人しく話を聞いてくれる体勢になった。

「電話で大まかに話した通り、ソシアルが襲撃してきたんだ。より高度な専門家に話を聞きたくてな」

「つまりアミは指揮官クラス―――ってのは分かっているわね。問題は下位のソシアルをどうするか、ね」

 宗太郎は無言でうなづく。

 ここでレーナはある地図を取り出した。それはこの街の地図だ。

 南と東は旧時代のビルの廃墟が立ち並び、北と西は再建された住居群がある、ラクナの街並みだ。更に北にはイエロー山脈があり、更なる東と西には森で囲まれ、南の方では岩石地帯が広がっている。見慣れたものだ。

「まずそのソシアルがどこから来たのか確認したの。これは組合も把握していることなのだけど、東にあるソシアルが街に流出し始めているの。原因は不明だけどね」

「でも街で野生のソシアルなんて一度も見かけたことがないぜ。どうやって来たんだ」

「暗渠と地下の上下水道よ。ちょうどイエロー山脈からの水脈が街を東から西に横断するように流れているの。ソシアル達は河口を下って西側にたどり着いた」

「じゃあ、街にソシアルが溢れた理由はアミなのか? 原因不明って言ってたが」

「それも違うと思うわ」

 レーナは首を横に振り、今度は地図とは別の紙を提出した。紙には折れ線グラフとここ最近の日付が記入されている。

「グラフを見て分かる通り。ソシアルが街に出没するようになったのは二か月前、数日前に訪れたアミが原因ならもっと最近か後になるでしょうね。襲い掛かられたのはおそらく遠因で、根本的な理由は別にある。それに、その推測はあらかた出ている」

「本当か?」

 ええ、と頷くレーナは根拠を示した。

「まずここまでソシアルが遠出しているのはソシアルが、人工物として壊れ始めている証拠なの。壊れているから予想外の行動をとる。それでも元々はソシアルだからソシアルとしての行動もとる。その結果、二人は襲われたの。正確には宗太郎だけでしょうけどね」

「私、襲われたのではなく巻き添えになったということですか」

「そうね。もしかしたら壊れているから矛盾した行動をとった可能性もあるわね」

 レーナがうんうんと納得していた。

 その時、急に部屋全体が大きく揺れ始めた。

「な、何!?」

 誰となく叫ぶと、揺れはほんの一瞬だった。それから、腹の底に響くようなズンッと思い重低音が部屋を伝って聞こえてきたように感じた。

 ひとしきり揺れが収まると、レーナは呆れたように頭を掻いた。

「また、どこかでガス爆発かしら。最近多いのよね」

「えっ、ガス爆発多いのか。この辺」

「ここ数ヶ月前からね。東にビルの廃墟街が多いから、どこかで古いガス管からガスが漏れて引火しているのかも。危なくて近づけないのよね」

 レーナは困ったように腕を組んだ。立地条件の悪さは、流石に頭にくるようだった。

「話を戻すと、私の見解は以上よ。対策を講じるならソシアル株をどうにかするか。命令回路を書き換えるしかないわね」

 後者の方は、アミは望んでいない。アミのコロコロ変わる顔色からレーナも何か察したようで、少々悩むような顔をした。

「他にも、何か方法があればいいのだけど―――」

「あるぞ」

 そう言ったのは宗太郎だった。

「オットー博士という人物がこれまでアミを世話していたそうなんだ。もし、手掛かりがあるなら何か気付いているはずだ。そもそもオットー博士が造ったソシアルで関係ないなら、街に巣食うソシアルをゆっくり駆除していけばいいだけさ」

 レーナはなるほど、と相槌を打つ。

「もし壊れていて無差別に攻撃してくるだけなら、そもそも命令回路を書き換えたところで意味がない。原因があるなら、そのオットー博士も何か気付いているはずよ」

 宗太郎とレーナは同意しあった。

 アミも二人が活路を見出したことに嬉しそうに笑いをこぼした。

「それじゃあ、改めて」

 レーナがにまりと笑う。嫌な予感しかしない。

「アミには、まず初めに看護師の白衣から着せましょうか。それとも、カリスマ溢れる女医スタイルがいいかしら。滾るわね!」

「だからアミを着せ替え人形にするのはやめとけって」

 ふと、アミの方を見ると、アミはアミで興味津々な眼差しでレーナの話を聞いているのだった。

「… …おう、もう勝手にしろ」

 宗太郎は付き合いきれない、と思い。ただただ頭を振った。

 女性二人は、そんな宗太郎などお構いもなく、自分たちの楽しみに没頭するのであった。


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