dark 邪神の子供
底層、正しき名を持たない、付けられていない闇の滴り落ちる集まる溜め込まれる闇の世界。その世界の管理者として存在する神は邪神と呼ばれる存在である。創造主の力の一角にして、創造主の対立者。正式には神の対立者であるが、創造主の性質、表面が神として君臨するゆえにその裏面である彼女は対立者であり、それはすなわち創造主の対立者と言ってもいい。
そんな世界の事情はさておくとして、彼女の管理する闇の世界において闇は様々な形として存在する。世界を満たす世界のすべての者の心の闇は比較的安定した黒と闇で維持される。だいたい邪神が普通にゆったりしているのはその闇の中である。多くのこの世界に繋がりを持つことになる人間が到達する場所も同じ。そういった闇とは別に、創造主の持つ精神的影響から生まれる厄介な闇もある。闇は病みであり、心の悪影響。この世界はそういった物の受け皿であるが、邪神でも管理できないような面倒で危険な闇も世の中にはある。
絶望。人における心の病である。
話は変わってくるが、邪神は己の子、として存在する闇の存在を産み落とす。別にそれは彼女が何処かの誰かと生殖して生まれるという者ではなく、底層に集う闇を一か所に集め、その闇から自然発生する形で生まれてくる存在である。別にそれは彼女がそういう存在を生み出したいがために行うことではなく、底層にあまりにも闇が集いすぎるとそれが別の世界にあふれる弊害が発せしかねないと考えるがゆえに、闇を集め圧縮し凝り固め、薄く広がる形態から濃く凝縮した形にすることで全体に広がる闇を減らす算段である。もっとも総量は変わらないのだが。
そうして生まれた存在には、骨虫と呼ばれる異形の虫、闇の巨人と呼ばれる巨身の異形、人型でありながら影の性質の強い細長い人外の存在がある。だがそれ以上に異様なのは、人間と変わらない姿で生まれた多くの存在だろう。
絶望の偶像、神殺し、悲観、火贄の断罪者。
絶望の偶像。最初に生まれた人に近しい邪神の娘。偶像と言うが、別にアイドルと呼ばれることもある。実際その手のスキルが彼女にはあるのだが、希望の星としてではなく彼女を見た存在に絶望をもたらすものである。ゆえに本来この世界のアイドルの持つ偶像の力を彼女は持ち得ない。
絶望の偶像は闇をもたらすもの。人の心に絶望をもたらすもの。世界に終わりをもたらすもの。闇に生まれた彼女は人の心に絶望をもたらす存在である。
神殺し。邪神の子において人型の中では最も神に近い。名の通り神を殺す者としてある者である。神とは本来善きものとして世界を管理する物であり、その存在を殺す者は大罪者。ただ無秩序に世界を管理する神を滅ぼすのであれば、それこそ世界を滅ぼすのに等しい存在である。一応神殺しと名をつけられているが、彼は無意味に神を殺すことはない。そういう点では闇に生まれた存在であるとしても比較的安心である。一体闇とは何だったのか。
悲観。名前を与えられ、悲しいが多と書いてカナタと呼ぶ少女のような姿をした存在。彼女は世界を悲観する。悲観し絶望した心を悲観する。ああ悲しいわ、と悲しみを語る。その実、彼女はただ悲しみのまま壊れた者を受け入れる者。悲しみの結果生まれた闇を受け入れる者。闇を受け入れる受け皿は闇でないと成立はせず、闇を受け入れる彼女は闇そのものである。
彼女の目標は母たる闇を超える事。そのためにあらゆる悲しみから生まれた闇を受け入れる。
火贄の断罪者。闇の子でありながら神の怒りの現身。それは怒り。失望。心と体が焼けるほどの怒りに苛まれ、裏切りを殺す存在。彼女は裏切った物を殺す。裏切られたものを殺す。裏切りをもたらした者を殺す。愛を裏切るな。裏切りは許さない。その怒りのまま、彼女は裏切りに関わる全てを滅ぼす。個人から、家族から、街から、国から、果ては世界そのものすらも時には殺す。
彼女の行いは罪である。人を殺すのは悪いこと。断罪を謳う彼女もまた罪人である。彼女が殺しを行えば、その罪は彼女を苛む。彼女は美しい女性であるが、その身は火傷で常に傷ついている。彼女が殺した罪ゆえに。罪科をもたらす怒りゆえに。
そして、もう一人。闇の子の新たな存在が生まれ落ちていた。
「ああ、ああああああああ!」
彼女は叫ぶ。うまくいかない、また失敗した。そう嘆く。
「なんで、なんで、なんで! なんでうまくいかないの!」
彼女の失敗は珍しくない。いや、それは彼女の失敗ではない。この世界における誰かの失敗だ。別に彼女が失敗したわけでもないのだが、彼女はそれが成功することを、それがたしく成就することを、願い、祈り、望んでいた。
しかし失敗した。
「なんで愛はうまくいかないの!!」
彼女の願いは愛が正しく成就すること。それが上手くいき、人が幸せになるのであればそれは彼女にとって望ましいことである。闇の存在である彼女には、正しく眩しい善き営みは自身を癒す光のようなものだ。闇の存在によってはその光で灼き尽くされかねない者かと思う所ではあるが、彼女にとってはその程度の光は自身を照らす癒しの光にしかならない。それほどまでに彼女の闇は濃く深いものである。
その闇は彼女の絶望に呼応する。愛が上手くいかなければ、彼女嘆く。彼女は哀しむ。ああつらい、ああつらい、ああつらいと。哀嘆。それが彼女持つ闇の性質。彼女は愛を望み、その果てに哀に苛まれる。
「ああ、ああ、ああ………………」
絶望のまま、彼女は哀しみ嘆く。そしてその心は殻となって自分の体を包み込む。濃く黒い黒い黒い暗い暗いくらい闇が、病みが。それは絶望の心情。世界にもたらされる絶望にも種類はある。彼女のそれは哀しみと嘆きから来るもの。それは彼女の心を苛み、世界へと向きが反転する。
「愛が上手くいかない世界なんていらない」
静かに、闇が膨れ上がった。
「こんな世界」
膨れ上がる闇は、世界を侵食する。
「滅んでしまえ」
その日、世界が一つ滅んだ。
哀嘆。アイ、もしくはアイたんと呼称される少女。ただアイと呼ばれることの方が多いだろう。名前のかわいらしさに似合わぬ恐ろしさを秘める存在であり、いくつもの世界を彼女の悲しみと嘆きの結果滅びに導いた存在。彼女に理屈は関係ない。他の存在は関係ない。彼女の願い、望みは愛が正しく成就すること。彼女は愛を愛するもの。
しかし、それが上手くいかないとき、愛にかける思いは反転し哀に代わる。彼女は嘆き、そのまま反転した想いは世界へと向けられる。心底から絶望した彼女は世界に向け、その破滅を振り下ろすのである。
邪神の子、闇の存在。在り様として彼ら彼女らは比較的善の存在に近しい。まあ、絶望の偶像に限っては積極的に闇や滅びをもたらすのであるが、彼女に関してはある種闇の存在として正しいと言える。神殺しは役割故に、悲観は有様ゆえに、火贄の断罪者は心の闇の代行者ゆえに。哀嘆もまた、心の声を表すものゆえに。たとえどれだけ善にあろうとしても、善に向かおうとしても、有様として善者であったとしても。闇の存在である彼らはやはり恐ろしい闇の力を秘める者なのである。




