fragment (神殺しのお仕事)
「ったく。なんだってこんなことになってるんだか」
大剣を持った男性。彼がそれを背に携え歩いている無人の廊下。そこは確かに無人ではあるが人のいた気配はする。痕跡はある。そこには確かに人がいた。しかしそれはもう過去の話、少し前の話。今はそこに人はいない。かつて人であったものの亡骸と血と肉が存在するのみだ。
それを行ったのは彼ではない。彼はあくまでそこに訪れただけであり、今回行われた惨劇を行った当人ではない。むしろ彼は個の惨劇を行った当人へと会いに行くために惨劇の起きた廊下を通っているのである。
廊下、それもかなり大きな建築物の結構な豪華な内装。恐らくはそこそこの豪邸、周囲に死んでいる人間の着用している服装からも彼らは従者、執事やメイド使用人などの類であり恐らくはこの場所は貴族などが住んでいる建物であると思われる。そんな場所で一体どのような惨劇があったのだろう。
男性は廊下を進む。血や亡骸を踏みつけているのに、何もないかのように男性は移動する。男性の通った後は残らず、踏みつけてもその痕跡も残らない。まるでそこに存在しないかのように移動している。そしてある一つの扉の前に立つ。様々な痕跡はこの場所に通じ、この場所から出て行ったものや入ったものなど様々だが確実にその扉の先に何かがいるのはわかるだろう。
男性はその扉を開けて中へと入る。
「ずいぶんお楽しみだったようだな。何かは知らないが、呼ばれて頼まれた以上俺は仕事をするだけだが……少しくらい話は聞いてやるぞ」
中は血と肉で彩られた空間だった。様々な人間の亡骸で埋め尽くされ足の踏み場もないくらいの場所である。潰され、切られ、折られ、破壊され。そんな無数の亡骸と人のパーツが存在している。そんな中一つ異色な存在がいる。部屋の扉の先、わかりやすく目立っている大きな椅子に一つの亡骸を抱えて佇んでいる少女の存在。彼女の抱えている亡骸は人であった原形から大きく離れて酷い損壊をしている。そんなものを、まるで母親にとっての愛おしい我が子のように優しく抱きしめていた。
「あら……お客様かしら。ふふ、ごめんささい。少し荒らしてしまっているから、足の踏み場もないの」
「見ればわかる。言っておくが客は客でも招かれざる客ってやつだ。俺がやるのはお前のしたことの後始末、この状況を作り上げたお前を殺す事なんだからな」
「あら、そうなの。しかたないわね」
自分が殺されるとわかっても、少女は特に変わる様子はない。
「こんなにしてしまったのですもの。私も彼らと同じになることはしかたのないこと。あなたがそれをすると言うのであれば、私はそれを受け入れる。それが私のなすべきことなのでしょう」
「……やけにあっさりしてやがる。この場所をこんな状況にした張本人のくせに、嫌に肝が据わってるもんだ」
男性は奇妙に思う。本当に目の前の少女がこれほどの惨劇を起こした張本人なのか。そうであるとするのならば、何故あっさりと殺されることを受け入れるのか。一体なぜ彼女はこんなことをしてしまったのか。
「理由くらい聞いてやるぜ? 誰にも何も知られず終わるのは嫌じゃないのか?」
「私が起こしたことは私の中で完結していること。だから誰かに知っていてほしいと思うわけでもないのですけど……ここまできて、私を殺すと言うあなたには、知っていてほしいと思うかもしれないわ。ふふ、そういうのも面白いのかも?」
少女は話し出す。
「私は彼らを愛したの」
「は?」
「愛したの。全ての人を、ここにいる全ての者を。愛した、全部、全部、全部。そして…………壊したい、と思ったの。愛したものすべてを」
「…………」
「愛したら、壊したくなるでしょう? ぐしゃぐしゃに。殺して、壊して、ばらばらにして、潰して、殺して。そんなふうに、思ったの」
少女はどこか狂気の中にいる。それは人としては少し普通から外れた道を進んでいる。しかしその心持は悪とは言えない。彼女は人が殺したらどうなるかわかっているし、それがいけないことだと理解もしている。しかしその原動力、それを行う理由は彼女が愛したからという理由から、愛したから壊す。それは少なくとも悪の心から行われたことではない。ただ、やはりそれは外れた道、人の行うべきことではなく、ゆえに狂気の沙汰。
「それを思わねえとは言わねえがな……思うとする、じゃ全然違うだろうが」
「そうね。でも、私はそれができてしまったの。ここで起きたのはただそれだけのことよ」
「……てめえが愛したもんはここには残ってないぜ? 生物ってのは殺したらそこで終わるんだからよ」
愛したものを殺す。なぜ殺すのか、というのは理由は多々あれど、愛しているから殺すという理由であれば通常は病みの心からのものであり、それは相手を求めるがゆえの物だろう。しかし彼女は一人ではなくすべてを殺している。それは普通の病み方とは違う風に思える。実際彼女はそれらの心情とは全く別物の考えを持っている。
「知ってるわ。彼らを殺して、彼らの中から彼らの魂がどこかに去っていくのを私は見たから」
「……てめえが愛したものが何処かに消えて、それでいいってのか」
「ええ。いいの。私が愛し、私が殺した。そして彼らは私の下から去る。それでいいの」
少女は悲しそうに、寂しそうに言う。
「そうなることで……彼らは私に愛され私の下に残るよりも、はるかに幸せになれるもの。私は彼らを愛しているから、余計に彼らが幸せでいられることを望んでいるわ。そしてそれは私の下では決して果たされない。私がそういう心を持つ異常な化け物であることは私自身がわかっているのだから」
「…………」
「本当はそうならなければよかったのでしょうけど、私はそうなってしまった。抑えることも、制御することも、無くすこともできなかった。そして私は化け物としてすべての愛したものを殺した。それで終わり」
少女は目の前に来ている男性を見る。大剣を背負った男性、少女を殺しに来た相手を。
「私を殺してくれるのでしょう? 私も無意識に抵抗すると思うの。危ないと思うのだけど……」
「ただの人間相手に俺が殺されるはずもない。そもそも殺されると言うこと自体大したことでもないしな。そんな心配をするよりも、自分のことを心配しろよ」
「ふふ、殺すつもりの相手に自分を心配しろと言うのもないとおもうのだけど」
確かに殺す相手に言うことではない。ただ、男性はもともと殺すことを望んでいるわけでもない。そうしなければならないからそうするだけであり、そうする存在のくせに相手のことを心配するような、どこか悪い存在ではない心を持つ。
「……はあ。せめてその亡骸が綺麗に残るように殺してやる」
「ええ、そうしてもらえるかしら」
「じゃあな」
「さようなら」
男性が剣を抜き、少女の心の臓へと向けて突き入れる。その人動作は一瞬で行われ、抵抗する時間すらなかった。心臓は人間にとっての生命にかかわる重要機関で蟻、それを破壊された少女はすぐに死に向かう。
「…………ちっ。魂が離れねえか。いや、完全に離れていないわけではねえみたいだが」
少女の亡骸から離れた、魂の核とも言えるものが何処かに言ったのは男性も見ることができた。しかしその亡骸にはその魂が抱えていた闇が残っていた。愛したものを殺す、そんな狂気の情と心。それが亡骸に残り、闇として満ちていた。
「ったく。置いていくわけにもいかねえじゃねえか。このまま残すと怪物になりそうだな」
少女の魂に付随した病みを残した亡骸を横抱きにし、男性はその場を去る。そしてその場に残ったのは惨劇の起きた貴族の屋敷。生存者もなく、それを起こしただろう張本人も消え去った死者の屋敷。それはすぐに発見され、その惨劇に対する忌避と恐怖、消えた少女が起こした惨劇という噂故に最終的に屋敷事解体されその痕跡を消した。
すべてを知るのは少女を葬った男性のみである。
ちょっとこういうことを考えるのは珍しくもない。ただ、普通は実行に移さないだろうけど。まあそれ以上に愛したから殺すというのもかなりずれている感じだとおもいますが。




