fragment (偽りの幸福の神)
――救いを、祈りを、守りを
――すべての人に救済を、すべての物語に救済を、すべての人生に救済を
――幸福を、あらゆるすべての人々に幸福を、救済を、幸福を、幸福を、幸福を
「何故、人は幸せになれない」
一人の人間が祈る。ただ一心不乱に人々が幸福である未来を、幸で満たされた人生を送ることを
あらゆる物語が幸福で満ち溢れそれ読んだすべての人が心豊かに幸福でいられることを
「何故人間は幸福でいられないのか」
知っている。人が他人の幸福を踏みつけにして幸せになる姿を。恋人同士を引き裂き奪い取り、親をなくした子供や子を亡くした親が生まれる
悪人が善人を脅し傷つけ殺しその財貨と人生を破壊し奪う。不幸を生み幸福が生まれる。そんな忌々しい悪の幸福
「神よ、人々に幸福を、幸福を、幸福を、幸福を」
人を愛し、人に祈り、人の幸せを望み、幸福を祈り続ける。ただひたすらに人々が幸福であることを
――すべての者の幸福はあり得ない。他者を踏みつけにして得られる幸福は他者が不幸になる前提がある
――どれだけ幸福を望んでもすべてが幸福になることはあり得ない。人間が人間であるがゆえに
――それでも祈る。すべての人々に幸福を、救いを、祈りを。幸福である救済を
――あらゆるすべての人々に幸福を、あらゆる不幸な物事に救済を、幸福である姿こそ真に幸福を得られるのだから
「神はいない」
どれだけ祈っても、どれだけ願っても、どれだけ心を捧げても不幸が消えることはなく幸福にならない人々ばかり
善人の幸福を踏みつけに悪人が望む悪らしい幸福を得る
残される善人の幸福はわずかばかり、幸福で得られるものは少ない。
だから神に祈りを幸福を望む。しかし誰も幸福にはならない。それゆえの結論だ
「神よ、すべての人々に幸福を、すべての物語に救済を、幸福を、幸福を、幸福を……」
それでも祈る。ただひたすらにすべての人々が幸福になることを
――すべての人々が幸福になることはあり得ない。人が人であるがゆえに
――ならば人ならざるものが叶えれば良いのである
”叶えましょう”
「っ!?」
”あなたの願いを叶えましょう。すべての人々が幸福になる世界を作りましょう”
「神ですかっ!?」
”私は神。すべての人々に幸福を与える神。まず、あなたを幸福にいたしましょう”
その場が光に包まれる
「おお………………」
あらゆるすべての人々に幸福が持たされる。あらゆるすべての物語が救済される。すべての悪が消えさりすべての物が善なる幸福に満たされる
そんな世界を光の中で見た
”すべての人々を幸福にいたしましょう。すべての人々が幸福でいられる世界を作りましょう。すべての悪もすべての善もみんな幸福にしましょう”
その日幸福の祈りによって生まれた神はすべての者を幸福にし始めた。人を殺し楽しむ悪も、人を救い助ける善も、何の生きる意味もない絶望も、ただ生きるだけの無為も、あらゆるすべてを幸福に導き始める
「ったく。ようやく見つけたぜ」
”あなたは”
「ちっ。本当糞みてえな神だな」
大剣を背負って一人の男が幸福の神の下に来る。神に向かい暴言を吐くが神は咎めない。神は全ての人々を幸福にする。暴言で幸せになれるのならばそれもまた一つの幸福である。ただ、人間に対し暴言を吐いて幸福になることは許さない。神が許すのは人を不幸にしないで幸福になることだけだ。
”酷いことを言いますね。私はすべての人々を幸福にしているだけです”
「それが糞だっつってんだよ。てめえが悪人も救ってるのは知ってんだ。他人の幸福を奪って幸福を得るような輩まで救うべきか?」
”彼等もまた幸福になる権利はあるでしょう。同じ人間なのですから”
「そいつらの幸福は他人の幸福を壊すものだろうが」
”ならば幸福でいられる心持を変えればいいのです。幸福でいる人々を見るだけで幸福でいられる心に入れ替えればいいのです”
「はっ。腹を抱えて笑いそうになるぜ。一種の洗脳だろそれは」
”洗脳ではありません。心を正しくしただけです”
「そいつがそいつでいられなければ意味がねえだろうが。だからてめえはおかしいんだっつうの。すべてを幸福にできるはずもねえだろうが」
”いいえ。私が幸福にします。すべての人々を、すべての物語を、すべての不幸に満ち溢れた物事を”
すべてに幸福を。それが神の持つ行動原理であり結論であり願いである。それは正しく世界がある限りありえないことだ。それ成すのならばすなわち世界そのものを根本から改変しなければならない。それを世界は許さない
「……はあ。てめえは歪んでるよ。歪な神、世界の歪みだ」
”歪みでも構いません。すべてを救済するだけです”
「話にならねえ。だが救世主……救世神か? 救世神ごっこもそこまでだ。ここで終わらせてやるよ」
”私はすべてを幸福に導くまで終われません。あなたを救済します。あなたを幸福にします。あなたに祈りを捧げます”
「そう思うんなら終わってくれやっ!!」
男と神が戦う。男の望みは歪んだ幸福を終わらせ正しい幸福のあり方に戻す事。神の望みは目の前の男も含めすべてを幸福にすること
その戦いの結末は最初から決定している。男を幸福にすることはすなわち神の終焉に等しいのだから
”すべての人々に幸福を”
「不可能だ。世の中プラスだけでは成り立たない」
”すべての物語に救済を”
「終わった話、終わった物事は変えられない。それはその物語に対する冒涜だ」
”幸福を”
「それはてめえが与えるもんじゃねえ」
”幸福を”
”幸福を”
”こうふくを”
”こうふくを”
”こうふくを………………”
神が崩れていく。ぼろぼろに。ばらばらに。幸福を導いた神が終わりを迎える。神はバラバラになりいくつかの紙片を残して消えていく。その紙片はある物語、ある作品、ある物事の絶望と不幸、救われない物語
神が生まれる切っ掛けはすべての救済、すべての幸福、それは人々だけでなく物語を含めたあらゆる不幸な全ての物事と人々への祈り
男はその紙片の一枚を取り内容を確認する
「……ったく。自分のだけでも精一杯だろうが。他人の荷物を抱えんじゃねえよ」
幸福の祈りを男は悪いとは思わない。ただ自分のいるところだけでも精一杯なのだから他の世界まで祈りを届けよう、救おうとするのは間違いだと考える
「そういうのはその世界のやつらがすることだぜ」
言葉が誰もいない空に消えていく。神を倒し歪な幸福を終わらせて、ただそれだけだった
ちょっとした激情に任せて書いた、ただ幸福にするだけのお話




