1 始まりの町
気づくとだだっ広い平原に立っていた。
黄色っぽい丈の短い植物が生えた平原。
見上げると青い空に白い雲がのんびりと流れていく。
寒くもなく暑くもない。
季節で言うと春か秋。
視線を戻せば遠くになだらかな山脈が見えた。
足元を見る。
立っている地面には草は生えておらず、白っぽい土がむき出しになっていた。
その白い筋が自分の前と後ろに伸びている。
「道?」
俺は呟いた。そして……
「俺……、俺って誰だっけ」
思い出せない。
思い出せないが、自分が住んでいたのはこんな平原ではなかった。
ビルが立ち並び、車が走る、都会の喧騒の中だった。
日本のどこかにはこれに似た風景はあるだろうが、ついさっきまでの記憶とは大いに異なる風景だった。
「日本……」
俺は日本という国にいた日本人で、年は36歳、会社員。
ちょうど会社へ出勤する途中だったはずだ。交差点で信号待ちだった……。
そこからの記憶が定かではない。
なにか、けたたましいクラクションの音を聞いた気がするのだが……
思い出せるのはそれぐらいだった。後は良く思い出せない。要所要所がぼんやりとしている。自分の名前すら思い出せない。まるで虫食いのテスト問題を突きつけられている気分だった。
両手、両足。とりあえず体を確認してみる。痛いところとかは無さそうで、それは安心した。
それで分かったのは服装が変だということだ。
少し緩めの上着にズボン。靴は革で作った物を履いていた。日本にいたときの服装とは間違いなく違う。ヨーロッパの民族衣装みたいに思えた。
「さて、困った」
これからどうすべきか、なのだが。
少し迷ってから、とりあえず、この道とおぼしきものに沿って歩いてみるしかないかと思った。
人に出会えるかもしれないし、どこかの町に出るかもしれない。
動けるうちにそういう幸運に期待するぐらいしか思いつかなかった。
「前でいいか。後ろ向きは縁起悪そうだし」
適当に決めると前に向かって歩き始めた。そして、体感で2時間ほど、いい加減喉が渇いてきたな、と思い始めたころ、道の先に黒い点のようなものが見えた。
目を凝らすと馬車のようだった。
馬車?!
ちょっと二度見してしまったが……
ちょうど良い、話を聞いてみよう。
上手くすれば便乗させてもらえるかもしれない。
とは言え、こんな異常事態だから、接触は慎重にすることも念頭に入れて、ゆっくりと近づくことにした。
近づいてくる馬車をじっくり観察する。
乗っているのは1人。
自分が着ているのと同じような服装で、年は随分といっているように見えた。
言ってしまえば年寄りだ。
スキンヘッドの強面だったら声をかけるのを止めようと思っていたが、安心した。
ハリウッド的にはスキンヘッドの強面は頼りになるキャラだけど、現実世界ではリスクが高い。
「おお〜い」
俺は手を振り、馬車の人へ声をかけた。
馬車が止まり、老人が言った。
「なにか用かな?」
流暢な日本語だった。
白いものが混じり始めた茶色いの頭髪と顎髭。目の色は青。どう見ても欧州的顔つきなのに言葉は流暢な日本語だった。
しかし、口の動きと耳に入ってくる音に微妙な違和感があった。
吹き替えの映画を観ている感じがした。
ま、通じるのなら助かる。
俺は事情を説明した。そしてできれば近くの町まで乗せてもらえないかとお願いをした。
「そうか。まあ、乗んな。
わしも話し相手がいなくて寂しかったのだ」
あっさり同乗できた。ラッキー。
「この辺じゃ、見かけん顔じゃが旅人かの?」
「……まあ、そんなもんです」
老人は上から下までねめつけると言った。
「の、割には荷物も持っておらんの」
「ああ、まあ。急な旅だったので……」
と、適当なことをいってごまかす。嘘は言っていない。
「つかぬことをお聞きしますが、ここはどの辺ですか?」
老人は奇妙な表情をした。さすがに変なことを聞いたかもしれないと後悔した。
「どの辺と言われると、どう言えばいいか困るが……
お前さん、旅をしていると言っておったが、自分がどこにいるのかも分からんのか?
本当にこの馬車に乗っていて良いのか?」
「ああ、ええと、とりあえずいいです。
人のいるところへまず行ければいいんです」
どうしよう、なんか怪しまれてる。
とはいえ、今は人のいそうなところへ行ければ本当にいいのたま。
その先のことは町に着いてから考えることにしていた。
とにかく今は、これ以上変なことを喋って、馬車から放り出される危険を避けるべきだろう。もう手遅れかもしれないが……
老人の目が明らかに変なものを見る目に変わっていた。
「行って、どうするつもりじゃ?」
「……まあ、人探しです」
自分がだれで、これからどうすればいいかを相談できる人をね。
嘘はついてはいない。
老人は、「そうか」とだけ言って黙り込んだ。
あっちはあっちで、変に刺激をしない方がいいと思ったのだろうか、会話はそこでふっつりと切れた。
そして、さらに2時間ほど経過した頃だろうか、ようやく町が見えてきた。
石を積んで作った壁が見えてきた。門があり、その両脇には槍を携えた男が数人立っていた。
馬車は止まると、老人は言った。
「ここまでじゃ。儂はいくぞ。お主はそこの門番へ身分証を見せるのだな」
身分証……?
老人は馬車を止めたまま、じっと俺の方を見つめてくる。
早く、降りろという無言の圧が強かった。
愛想笑いを浮かべながら、とりあえずおりる。そして、困った。
当然だが、通行証なんて持ってはいない。
一応、服をまさぐったがやはりそれらしいものは見当たらなかった。
どうしたものか……
門番たちが胡散臭そうにこっちを見ていた。
ここで道を引き返したらかなり怪しいだろう。
追いかけてこられるかもしれない。
「おい、そこのお前」
ためらっていると門番の一人が声をかけてきた。
「なにをぐずぐすしている、こっちへ来い」
こっちへ来いと言われても……
逃げ出したら追いかけてきそうな雰囲気だった。
ええい、まあ、当たって砕けろだ。
観念をして、俺は門番の方へ近づいた。
「身分証を見せろ」
門番は怖い顔でそう言った。
「え、えっと。あれ……おかしいなぁ。落としちゃったかなぁ」
身分証を探すふりをしながらぶつぶつと呟いてみる。こんな嘘が通じるのかどうか……
「落としただぁ? なに馬鹿なことを言っている」
門番はそう言うと。首から下げていた水晶の球を俺に向けた。
と、目の前の中空に半透明なガラス板みたいなものが現れた。
驚いた。
良く見ると板には文字が書かれていた。見たこともない文字だったけれど不思議と読めた。
板に書かれていた文字を翻訳するとこんな感じだった。
『名前:非公開
歳 : 36歳
性別 :男
種族 :エロデロンドロロンスットコドッコイダッタ』
名前が非公開となっていてガックシきた。歳と性別は、まあ知っていた。
そして種族名……、エロデロンドロロンスットコドッコイダッタ、ときた。
エロデロンドロロンスットコドッコイダッタ、だと?! …… なんのこっちゃ?




