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身代わり奴隷、公爵令嬢の仮面を脱いだら大公に執着溺愛されました  作者: Megumi


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31.隠された証拠

 数日後。

 大公邸の応接室に、再びエリックが訪れた。

 前回は、ロランが嫉妬を露わにしたせいで、まともな話もできぬまま退散することになった。

 今回こそはと、改めて三人は向かい合って席に着いた。


「式典の最中、俺は彼女のそばから離れない。ラリサの方は、お前に任せたぞ」

「分かった。当日の警備についても、俺の方でいくつか手を回しておく」

「毒見については?」

「信頼できる者を当日の給仕に配置させる。飲食物はすべてそいつを通す」


 ロランとエリックの間で、淀みなく言葉が交わされていく。

 セリーヌは二人のやりとりを真剣な面持ちで聞きながら、圧倒されていた。

 自分の命を守るために、これほど入念な対策が必要なのだという事実には、今でも背筋が寒くなる。

 それでも、こうして二人が自分のために頭を使ってくれているという事実が、胸に温かく沁みた。


「君には、当日——」


 エリックがセリーヌに何かを言いかけた、その瞬間だった。


「……っ、ふ」


 エリックが突然、口元を押さえた。

 次の瞬間、堪えきれずに笑い声を漏らす。


「はははっ……! 失礼、本当にすまない……!」

「どうなさったんですか?」


 不思議そうに首を傾げるセリーヌに、エリックは目尻に涙まで浮かべながら答えた。


「いや……先日、君が言っていたことを思い出してしまって」


 セリーヌは眉を寄せた。先日、自分がエリックに言ったこと——

 数秒、記憶を辿る。

 そして、思い当たった瞬間、顔が一気に熱を帯びた。


(まさか……エリック殿下が、ロラン様に恋しているのかと思ったという、あの話!?)


「先日言っていたこと?」

「いや、それが——」


 エリックがロランに向き直ろうとした瞬間、セリーヌは思わず身を乗り出した。


「言わないでください!」


 セリーヌは思わず身を乗り出し、エリックの言葉を遮った。

 必死なセリーヌの姿に、エリックはどこか意地の悪い笑みを浮かべると、肩をすくめる。


「……残念だな、ロラン。これは俺と()()()()だけの秘密らしい」


 ロランの眉が、わずかに動いた。

 セリーヌとエリックの間で交わされる、自分の知らないやり取り。


 そして何より——


「……セリーヌ」


 低く、静かな声だった。


「……話したのか? エリックに」


 その問いに、セリーヌははっとした。

 エリックに自分の素性を打ち明けたあの日のことを、ロランに報告していなかった。

 その後にあったロランからの愛の告白が衝撃的すぎて、エリックとのやりとりがすっかり頭から飛んでいたのだ。


「勝手なことをして申し訳ありません! ご報告しなければと思っていたのですが、その……その後の色々なことで……頭からすっかり抜けておりました」


 セリーヌが頭を下げると、ロランはしばらく黙っていた。


「……いや、謝る必要はない。君が話すと決めたのなら、俺はその選択を尊重する」


 穏やかな声。

 しかし、その表情はどこか苦い。

 セリーヌは何かを言おうと口を開きかけたが、ロランが先に続けた。


「ただ——」


 少しの間があった。


「君がこいつと随分親しげに話していたから……」


 わずかに戸惑うような沈黙の後、ロランは続けた。


「……嫉妬した」


 あまりにも率直な告白に、セリーヌは目を丸くした。

 拗ねているとしか言いようのないその表情は、普段のロランからはおよそ想像できないものだった。


「ロ、ロラン様……」


 胸の奥が、きゅっと締め付けられる。

 かつては嫉妬を怒りに変換してぶつけてきた男が、今ではその嫉妬心を素直に打ち明けてくれている。

 そのことが、どうしようもなく愛おしかった。


 二人の間に、温かな空気が流れる。

 そんな二人を、エリックはテーブルを挟んだ位置から複雑な表情で眺めていた。


 どうにも形容しがたい、その眼差し。

 祝福と、かすかな諦念が、静かに混ざり合っていた。


 ◇◇◇


 同じ頃。


 ラリサは宮殿の自室で、鏡の前に立っていた。

 ロランの言葉が、何度も頭の中で繰り返される。


 ——この話は、ここだけにしておけ。


(そうよ……あれは、私を守るための言葉だったのだわ)


 彼は私を危険から遠ざけようとしている。

 だから、あの女を信じるふりをしただけ。


 ラリサの口元に、笑みが浮かぶ。


(やっぱり、まだ彼も私のことを——)


 だとすれば、急がなければならない。

 あの女が偽物だという証拠さえあれば、すべてが解決するのだから。


 ラリサは踵を返すと、護衛も連れずに公爵邸へと向かった。


「皇女殿下……まさか、またお越しいただけるとは……」


 応接室で向き直ったトムの顔には、隠しきれない動揺が滲んでいた。

 前回とは打って変わり、ラリサの纏う空気には、隠そうともしない危うさがある。


「単刀直入に聞くわ。あの女が偽物だと証明できる物が、この家にあるでしょう?」


 ラリサの瞳が、まっすぐにトムを射抜く。トムは内心で奥歯を噛んだ。


(どう答えるべきか……)


 先日、つい感情に流されて、あれほど軽々しく口を割ってしまったことを、今は後悔してる。

 セリーヌに対する溺愛の噂はもちろん耳にしていたが、半信半疑であった。

 しかし、セリーヌを売った奴隷商人が消されたと聞いた時、トムは理解した。

 ——あの男は、本気だ。


 そして今、目の前にいる皇女もまた、どこか狂気じみている。


「……証拠、でございますか」


 トムはゆっくりと口を開いた。


「……残念ながら、奴隷売渡証書を盗まれてしまった以上、あの女の出自を示すものは何も——」

「本当に?」


 ラリサは眉をしかめると、扇子の先をトムの胸元に向けた。


「あの女はこの屋敷で何年も暮らしていたのでしょう? 買い入れた時の記録がなくても、商人との書簡とか、本物の娘の埋葬記録とか、何かひとつくらいあるはずよ」

「そ、それは……」

「ないとは言わせないわ」


 追い詰められたトムは、額に汗を浮かべながら視線を泳がせた。

 しかし、どれほど記憶を辿っても、思い当たるものがない。

 本物のクロエは身分を隠して、寂れた教会墓地に密かに埋葬させた。


 それに、奴隷売渡証書以外の書類などは作成せず、商人との連絡は口頭だけで済ませていた。

 証拠を残さないことこそが、この違法な取引における鉄則だったからだ。


「……本当に、何も」


 しばしの沈黙。

 ラリサはゆっくりと立ち上がると、扇子を威嚇するように開き、苛立ちに歪む口元を隠した。


「……役に立たない人ね」


 その声には、もはや怒りの色すらなかった。

 ただ、底冷えするような失望だけがある。

 トムは背中に冷たい汗が伝うのを感じながら、ラリサが廊下へ消えていくのをただ見送ることしかできなかった。


 ◇◇◇


 廊下に出たラリサは、苛立ちを押し殺しながら歩を進めていた。


(本当に使えない男っ……!)


 証拠は確実に存在するはずなのだ。

 あの女が偽物である以上、どこかに必ず痕跡が残っている。


「……皇女殿下」


 突然、背後から声がかかった。

 振り向くと、廊下の暗がりに人影があった。

 ひと目でフォークナー公爵家の人間だと分かる赤髪に、甘い顔立ち。

 しかしその顔に浮かぶ笑みは、どこか胡散臭い。


「レオン・フォークナーと申します」


 男は優雅に腰を折ると、細めた目でラリサを見上げた。


(公爵の息子……使えない父親の血を引いた男か)


 取るに足らない。そう判断し、苛立ちのまま通り過ぎようとしたラリサに、レオンが慇懃に告げる。


「僭越ながら申し上げます」


 レオンは、にやりと笑った。


「私は、あの女が偽物であると証明できるものの、隠し場所を存じております」


 ——ラリサの足が、止まった。


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