表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
身代わり奴隷、公爵令嬢の仮面を脱いだら大公に執着溺愛されました  作者: Megumi


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/33

21.溺愛と執着の片鱗

 冷遇されていると思われていた大公夫人が、実は溺愛されていた——


 そんな噂は、まるで羽でも生えたかのように帝都中を駆け巡り、瞬く間に大公邸にまで届いていた。

 いつの間にか、ロランの「可愛い妻」発言に尾ひれがつき、「長年の片思いの末の結婚」だの、「一秒たりとも離れたくないらしい」だの、果ては「大公邸では地面に足もつかせないほどの溺愛ぶり」といった噂にまで発展しているらしい。


「……どうして、こんなことに……」


 机の上に積み上げられた手紙の束を前に、セリーヌは両手で顔を覆った。

 手紙の差出人は、かつてセリーヌの“親友”を名乗っていた、取り巻きの令嬢たちだった。

 皇女の恋人と結婚したと知った途端に、ぴたりと音信不通になった者ばかりだ。

 それが今では、まるで何もなかったかのように、こぞって親しげな文面を送りつけてくるのだ。


(……ずいぶん簡単に態度を変えるのね)


 内容はみんな同じだ。流行りのゴシップとセリーヌへの賞賛、そしてロランとの関係の詮索。


 “閣下に帝国一大きなダイヤの首飾りをいただいたというお話は、本当なのかしら?”

 “あの理性的な閣下が、貴女にはとろけるような熱い眼差しを向けるそうね”


 最低限の礼儀として目を通してはいるが、読み進めるほど、胸の奥がむず痒くなるものばかりだ。


「穴があったら入りたい……」


 セリーヌは恥ずかしさと居心地の悪さに、思わず小さく呻く。


(これまでとはやり方を変えるとは、聞いていたけど……まさか、こんなことになるなんて……!)





 ——そんな噂が生まれる前日のことだった。


 セリーヌは人払いがされた部屋で、ロランと初めて朝食をともにした。

 長いテーブルの向かい側に座るロランの存在に違和感を覚え、セリーヌはどこか所在なさげに視線を彷徨わせる。


 すべてを打ち明けてから、初めての対面だ。

 セリーヌは胸の奥が妙にざわつき、速すぎる自身の鼓動に戸惑いを覚えた。


(どうしよう……一体、どんな顔をすれば……)


 昨日、ロランが自分の本当の身分を知り、それでも受け入れてくれた。

 それだけで世界がガラッと変わって見えるから、不思議だった。


「セリーヌ」

「は、はい!」


 セリーヌ。それは確かに、彼女の名前だ。

 しかし、まさか書類に記載されていただけの、その名前を呼ばれるとは思っていなかったセリーヌは、名前を呼ばれてびくりと肩が跳ねた。


「エリックによると、あの女は遅くとも二年以内に近隣王国の王子の元へ嫁ぐそうだ」

「二年、ですか」


 セリーヌの胸の奥で、二年という言葉が冷たく響いた。

 それは命の危険の期限であり、同時に——ロランとの関係の期限でもある。


 セリーヌは複雑な心中を悟られぬよう、平静を装ってロランを見つめた。


「ああ。……だから——」


 ロランは言葉を切ると、一瞬言葉を探すように視線を伏せ、それから静かに口を開いた。


「最長で二年、外部の人間との接触を絶って欲しい」


 そう切り出した瞬間、ロラン自身が息苦しくなるのを感じた。


 屋敷内にスパイがいること。

 安全のため、信用できる者以外を近づけたくないこと。

 屋敷にこもることで、セリーヌが悪く言われることがないように根回しをすること。


 すべて説明し終えた頃には、自分でも驚くほど声が重くなっていた。


「……本当に、申し訳ない」


 深く頭を下げると、しばしの沈黙が落ちる。

 やがて、セリーヌは穏やかに微笑んだ。


「二年くらい、なんでもありません」


 それは、あまりにもあっさりとした答えだった。


「公爵家では、ほとんど誰にも会わず、十年近く閉じ込められていましたから」


 事実を淡々と語るその声音に、ロランの胸が激しく締め付けられた。

 罪悪感で歪みそうになる視界を、拳を握りしめることで耐える。


(……二年など、比べるまでもない地獄だったというのか。俺は、ようやく地獄から抜けだした彼女を、また閉じ込めるのか?)


 胸の奥が焼けるように熱い。

 申し訳ない、という言葉だけでは到底足りないほどの後悔が押し寄せた。

 その瞬間、彼の中で何かが決定的に変わった。


 契約かどうかなど、もはや関係ない。


(セリーヌは、俺が守る)


 そうでなければならないと、強く思った。




 そう。

 一切の社交をしないセリーヌが悪く言われぬよう、根回しをするとは聞いていた。


 ——だが、その“理由づけ”に、まさか溺愛を持ってくるとは聞いていない。


 セリーヌは目の前にある手紙の束をテーブルの隅に追いやると、がっくりと項垂れた。


「わかってるの。私を守るためだって。でも、いくらなんでもこれは……」

「良かったじゃないですか。愛ですよ、愛」

「ちょっとミシェル!」


 微笑ましいという気持ちを隠そうともしないミシェルに、セリーヌは思わず声を上げる。

 しかし、それ以上セリーヌが文句を言う前に、部屋の扉がノックされた。

 外出から戻ったロランが訪ねてきたらしい。


「いけない! やり残した仕事がありますので、私はちょっと失礼しますね」

「……ミシェル?」


 ミシェルは意味ありげな表情でわざとらしく声を上げると、そそくさと扉に向かう。

 セリーヌは恨みがましい視線を向けるも、ミシェルはロランと入れ替わる形で部屋を出ると、扉を容赦なく閉めた。


 二人きりになった室内に、緊張が満ちる。

 セリーヌは意を決して口を開こうとした、その時だった。


「これを、貴女に」


 そう言って差し出されたのは、小箱だった。

 セリーヌは中に収められていたネックレスを見た瞬間、息が止まった。


 それは、公爵家で与えられていた、首輪のように重い装飾品とはまるで違う。

 繊細で、上品で、華奢なネックレスだった。

 そして一際目を引いたのは——まるでロランの瞳のように赤く煌めく、大粒のレッドダイヤモンド。


「……綺麗」


 セリーヌは思わず息を漏らしてから、はっとして首を振った。


「い、いけません! 私にはあまりに不相応です」

「そんなことはない。……もう、そんなものをつける必要はない」


 そういってロランは、公爵の見栄のために買い与えられたであろう、重苦しいほどに大きな宝石があしらわれた、セリーヌのネックレスに視線を向けた。


「公爵から与えられたものは、すべて使わなくていい。

   アクセサリーも、ドレスも……すべて入れ替えさせる」

「え……?」


 唖然とするセリーヌの首元に、ロランの大きな手が伸びた。

 これまで彼女を縛り付けていた重苦しいネックレスが外され、テーブルの上に無造作に置かれる。


 代わりに、彼が選んだ新しいネックレスが首筋に触れた。

 その際、ロランの指先が、セリーヌのうなじをかすめる。


(……あつい)


 指先から伝わる、ロランの体温。

 触れられた場所から火がつくように、セリーヌの体温も跳ね上がった。

 ロランの指が、金具を留めるために首筋のすぐ近くで留まる。

 耳元に、首元を覗き込むロランの吐息が微かに当たり、セリーヌは心臓が口から飛び出しそうなほど激しく脈打つのを感じた。


 緊張で強張るセリーヌに、ロランが至近距離で低く囁く。


「……よく似合っている」


 わずかな微笑み。

 その愛しむような表情に、セリーヌは呼吸を忘れて見惚れてしまった。


 一方、ロランの胸中には、別の感情が渦巻いていた。


(まるで——俺が彼女の首に、新しい枷を嵌めたようだ)


 守りたいという想い。

  独占したいという衝動。

 その狭間で、彼女の首に光る鎖の存在に微かな喜びが芽生えたことに、ロランは強い嫌悪を覚えた。


 だが同時に、囁くような誘惑が頭を離れなかった。


(このまま、ここに繋いでしまえば……)


 外へ出さなければ。

 誰にも、奪われない。


 そんな思いが、甘く、重く、心に絡みつく。

 ロランはその考えを振り払うことができず、このネックレスが、本当に彼女を繋ぐ鎖であればいいのにと、心のどこかで願ってしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ