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【第14回ネット小説大賞受賞】身代わり奴隷、公爵令嬢の仮面を脱いだら大公に執着溺愛されました  作者: Megumi@6/25『元社畜転生令嬢』電子書籍発売


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20.新たな始まり

 あまりにも平然と、死罪という言葉を受け入れているセリーヌの顔を、ロランは呆然と見つめていた。

 怯えることも、取り乱すこともしない。ただ静かに、確固たる意志を持って未来を選択している彼女の在り方に、胸を締め付けられる。


(なぜ……こんなにも堂々としていられるんだ。そもそも、なぜこんなものが彼女の手に……)


 ふと頭に浮かんだ疑問だったが、セリーヌの意志の強い眼差しが、ロランをある結論へと導いた。

 なぜ、彼女はあれほどの暴力を受けながらも、何度も公爵家へ戻っていたのか。逃げるという選択もとらずに。


(まさか、これを公爵から奪うために……!)


 彼女は、奴隷売渡証書を手に入れるため——自由を得るために戻っていたのだ。そして、どれほどの仕打ちを受けようとも決して折れず、人知れずそれを成し遂げた。


 ロランが今手にしているのは、公爵家の命運を左右する不正の証だ。

 そして同時に、彼女が離婚後に公爵家という地獄から完全に解き放たれるために、死に物狂いで手に入れた、唯一の切符でもある。


 そのあまりの重さに、ロランは証書を手にしたまま言葉を失ってしまった。

 彼女はまさに命にも等しいその切符を、自分に差し出そうとしている。

 罪悪感で押しつぶされそうな、この愚かな男の心を救うためだけに。

 それが、今、目の前にいるセリーヌという女性なのだと、否応なく理解させられた。


「……貴女の決断は、尊重したい。

 ——だが、それだけは受け入れられない」


 セリーヌの目を見て、ロランはキッパリと告げた。


 彼女の望みは全て叶えたいという思いと、

 彼女を失うことだけは受け入れられないという感情が、

 胸のうちで激しく衝突していた。


 それでも、やはり彼女が消えてしまうという未来を受け入れることは、どうしてもできなかった。


「一切の非がない、被害者の貴女が死罪になるなど……決して認められないっ」


 セリーヌは、ロランの拒絶に目を見開いた。

 それは、これまで誰からも向けられたことのない種類の拒絶だった。

 自分の意思を慮りながらも、その先にある犠牲を、断固として拒む視線。

 自分を尊重してくれているからこその返答だということが、痛いほど伝わってきた。


「……承知いたしました」


 決して、納得したわけではない。

 しかし、これ以上ここで問答をしたところで、彼の気持ちはすぐには変わらないだろう。

 そう判断したセリーヌは、まずは彼の意志を尊重し、証書を返してもらおうと手を伸ばした。


 しかし、ロランはその手を避けると、一瞬だけ指先を止め、次の瞬間、証書を懐へと押し込んだ。


「これは……俺が預かっておく」

「ロラン様……?」

「申し訳ないが、貴女の手元にあれば、いずれ貴女自身が公爵を告発しかねない」


 そう説明しながらも、ロランの胸の奥には、言葉にできない違和感が渦巻いていた。


 今この場で証書を返さないのは、本当に彼女の安全を守るためなのか。

 こんなことをしても、自由を求める彼女を、自分の元に縛り付けてしまうだけなのではないか。


 そんな疑問がロランの頭をよぎったが、あえてそれに気付かないふりをする。


 思いがけず頑ななロランの態度に、セリーヌは困惑した。


「私に情けなど不要です。貴方を欺いた、私なんかに——」

「俺は、騙されたとは思っていない」


 静かに告げられた言葉に、セリーヌは困ったように眉を寄せる。

 ロランの態度の変化に、理解が追いつかないのだ。

 そんなセリーヌに、ロランは心底申し訳なさを感じながらも、これだけは譲れないと、キッパリと告げた。


「勝手なことを言っているのは分かっている。それでも……貴女を死なせるという選択だけは、どうしてもできない」


 低く、しかし揺るぎのない声だった。

 セリーヌはその言葉を受け止めきれず、しばし沈黙した。


 ロランがなぜここまで頑ななのかは、分からない。

 しかし、今この場で、公爵を告発して婚姻を無効にすることについて、彼の同意は得られない。

 それだけは、はっきりと分かった。


「……ロラン様のお気持ちは、よく分かりました」


 セリーヌがそう告げると、ロランは再び謝罪の言葉を口にしてから、そっとその場を立ち去った。




 執務室に戻ったロランは、机に両肘をつくと深く息を吐いた。

 机の上に置かれた証書が、重い存在感をはなっている。


「……セリーヌ、か」


 彼女の本当の名を、誰もいない部屋で呟く。

 セリーヌを守るためには、別の道を探さなければならない。

 自分が巻き込んでしまった彼女を、殺さずに済む方法を。


 無意識に、袖口へと視線が落ちた。

 そこには、彼女から贈られたカフリンクスが、淡く光を反射している。

 それが、まるで彼女自身のように思えて、ロランは無意識のうちに指先でそっとなぞった。


 すると、執務室の扉が、軽くノックされた。


「……入れ」


 そう返すよりも早く、扉が開く。


「俺もそんなに暇じゃないんだけどな」


 軽口と共に姿を現したのは、エリックだった。

 相変わらず余裕のある笑みを浮かべているが、その視線が一瞬ロランの袖口を捉える。


「それで? ついに腹をくくったのか」

「……ああ。予定変更だ」


 エリックは一瞬、意外そうに目を見開き、それから何かを悟ったように小さく息を吐いた。


「例の件、あの場で触れて欲しい」

「……ラリサは荒れるだろうな」


 からかうような声色とは裏腹に、エリックの眼差しは真剣だった。

 ロランの覚悟が伝わったことが、その視線だけで十分に伝わってくる。


「すまない。お前まで巻き込んでしまって……」

「水臭いこと言うなよ。何年の付き合いだと思ってるんだ?」


 エリックの言葉が社交辞令ではないと分かっているからこそ、ロランは肩の力を抜いた。


「分かった。誰もが聞きたくて、聞けなかったことを——俺が聞けばいいんだな」


 ロランは視線を上げ、わずかに頷く。


「頼む」

「はいはい。他ならぬクロエ嬢と添い遂げるためだもんな」


 その言葉を、ロランは否定することができなかった。




 数日後。

 華やかなパーティーに、ロランは相変わらず一人で出席していた。

 その隣には、いつも通りラリサが当然のように寄り添っている。


 そこへ、人格者の仮面を被ったエリックが、どこか意味ありげな笑みを浮かべて声をかけてきた。


「相変わらず一人なのか。いい加減、夫人を同伴させてはどうだ?」

 誰もが内心で気にしていながら、誰も口にできなかった問いを、エリックはあまりにもさらりと投げかけた。

 周囲の貴族たちは、その興味深い話題に、さりげなく耳をそばだてた。


 そんな周囲の反応に気付きつつも、ロランは涼しい顔でグラスを傾ける。


「自分から求婚するほど好いた相手じゃないか」

「可愛い妻を独り占めしたいと思うのは、当然のことだろう」


 さらりと告げられた言葉に、エリックは思わず吹き出しそうになるのを必死で堪える。

 ロランの口から“可愛い妻”という言葉が出る違和感に、肩が震えた。

 そんなエリックをじろりと睨むと、ロランは苛立ちを滲ませて言った。


「外に出した途端、お前みたいな男と、根の葉もない噂を立てられるしな」

「そんなに怒るなよ。確かに、いくら親友の妻とはいえ、気軽に話しかけた俺が軽率だったよ」


 エリックが笑いを堪える影で、ラリサは扇子で口元を隠しながらも、憤怒に塗れた形相を浮かべていた。


 ——しかし、周囲の視線はロランとエリックに集中しており、そのことに気付くものは、誰もいない。


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