表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
身代わり奴隷、公爵令嬢の仮面を脱いだら大公に執着溺愛されました  作者: Megumi


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/33

19.仮面を脱いだ日

 込み上げる感情を必死に抑えようと震えるセリーヌの姿に、ロランはひどく胸を痛めた。


(しまった……もっと柔らかい言葉を使うべきだった)


 理不尽な暴力にさらされ続けてきた、このか細い女性を、自分の配慮のない言葉で怖がらせてしまった。

 そう思うと、傷つけることしかできない己が、どうしようもなく情けなかった。


「勝手な事情で、貴女を巻き込んだ。冷たく突き放し、恐怖を与え、その上……命の危険にまでさらしてしまい……」


 いくら言葉を重ねたところで、一度ついた傷はそう簡単には癒えない。

 そうは理解していても、ロランは言わずにはいられなかった。


「本当に……申し訳なかった」


 ロランは、深く頭を下げたまま動かなかった。

 常に大公としての威厳を崩さぬ彼が、今はただ一人で罪を抱え込み、頭を上げることすらできずにいる。


 後悔に震えるロランの声に、セリーヌの胸はぎゅっと締め付けられた。


(やめて……)


 彼は、すべて自分一人の責任だと思っている。

 彼だって、被害者だというのに。


「……ロラン様」


 初めて呼んだ彼の名前に、セリーヌの心臓は場違いなほどに脈打つ。

 セリーヌは一歩前に出ると、震えそうになる声を抑えて言った。


「どうか、顔を上げてください」


 ロランは一瞬、身体をびくりとこわばらせ、それからゆっくりと顔を上げた。

 その瞳には、後悔と、そして——自らを犠牲にしてでも、セリーヌを皇女から守るという覚悟が浮かんでいた。


「私に謝罪していただく必要はありません」


 あまりにも深く頭を垂れたままのロランを前に、セリーヌは胸が痛くなった。

 彼をこれ以上追い詰めぬよう、できるだけ自然に見えるように笑いかける。


 思い返せば、その時は気にしすぎだと自分に言い聞かせていたが、ラリサに対して微かな違和感を覚えた場面は、いくつもあった。


 例えば——


 初めて彼女がセリーヌの元を訪れた時のこと。

 ロランの勢いに驚き、転びかけた自分に、彼女は一度も視線を向けなかった。

 ただ、ロランだけを見つめていたのだ。


 また、宮殿でのお茶会の日。

 彼女は、エリックを同席させた理由を、「セリーヌが親しくしていたから」だと、無邪気に告げた。

 その時、胸の奥に小さな引っかかりを感じたことを、今でも覚えている。

 そして同席した結果、不義の噂が流れても、彼女はそれを否定することも、弁解することもしなかった。


 もし彼女が、本当に人々の言う“慈悲深い女神”であったなら——

 これらの出来事は、起こらなかったのではないだろうか。


 それでも当時の自分は、かつて姉のように慕ったステラの面影を重ね、あえて疑うことを選ばなかった。


「むしろ、私は感謝をしています。これまで何も知らない私に敵意が向かないよう、守ってくださっていたことに。それを知って、私は……」


 感情が怒涛の勢いで溢れ出てきて、言葉が詰まってしまう。

 必死に押さえ込んでいた行き場のない感情を、もう止めることはできなかった。


 セリーヌは自分が傷つかないために見ないふりをし、それでも自覚してしまった恋心を殺すことばかり考えていた。

 その間にも、この人はずっと、自分を守ることだけを考えてくれていたのだ。


(……もう、嘘はつけない)


 セリーヌはゆっくりと机に向かうと、引き出しを開けた。

 そこには、本の間に隠された、一枚の古びた羊皮紙があった。


「……貴方に、お伝えしなければならないことがあります」


 そう言ってセリーヌは羊皮紙を取り出すと、ロランに差し出した。

 ロランは受け取ったそれに視線を落とした瞬間、息を呑んだ。


「これは……」

「私が公爵に買われた際に作成された、奴隷売渡証書です」


 淡々とした声で、セリーヌは告げた。


「……私は、公爵令嬢ではありません。孤児院で育ち、8歳の時に奴隷商人に売られ、その後……虐待死した公女クロエ・フォークナーの“代用品”として買われた、奴隷なんです」


 セリーヌの言葉に、ロランの瞳が大きく見開かれた。

 人身売買が違法となって久しい現在、その告白はあまりにも非現実的だ。

 それでも、彼の理性は、すぐに彼女の話を否定することを拒んだ。


 思い当たる節が、あまりにも多すぎたのだ。


 公爵令嬢として、非の打ちどころのない所作。

 それとは裏腹に、彼女の振る舞いは、高位貴族としては明らかに異質だった。


 使用人に対して、敬意を持って接すること。

 孤児院への寄付を、わざわざ匿名で行っていたこと。

 そして何より——溺愛されているはずの公爵令嬢が、家の中で暴力に晒されていたという事実。


 それらを一つひとつ思い返した時、ロランの中で、バラバラだった点が一気に線で繋がった。

 これらすべてが、彼女の生い立ち故のものであると考えたら、恐ろしいほど自然に腑に落ちる。


「この証書を使えば、公爵を人身売買と詐欺の罪で告発できます」


 セリーヌはいったん言葉を切り、視線を伏せた。

 そしてほんの一瞬、迷いを滲ませるように瞬きをしてから、口を開いた。


「そうすれば……この結婚は無効になり、離婚という形をとる必要もなくなります」


 一呼吸おいてから、セリーヌは再び顔を上げる。

 その瞳には、もう一切の揺らぎはなかった。


「婚姻が無効になった奴隷ごとき、皇女殿下がわざわざ殺しにくる理由もないでしょう」


 それはまるで、自分には関係のない、他人の物語を読み上げているかのように、あまりにも淡々とした口調だった。


「——何を、言ってるんだ!」


 それまで言葉を失っていたロランが、血の気の引いた顔で叫んだ。


「そんなことをすれば……貴女は……! 平民が貴族を欺いたと知られれば……死罪に……」


 言いながら、ロランは理解してしまっていた。

 彼女の提案が、どれほどの覚悟を持って行われたものなのかを。

 自分に向けられるセリーヌの迷いのない強い眼差しが、それを肯定しているように見えた。


「承知の上です」


 セリーヌは、そう言って静かに微笑んだ。

 そのあまりに静謐な声に、ロランは言葉を飲み込んでしまった。


「貴方を騙した罪は……命をもって償います」


 すべてが明るみになることに、恐怖がないわけではない。

 死が怖くないわけでもない。


 それでも——


(この人は……すべての不利益を被ってまで、私を守ろうとしてくれた)


 その事実が、胸の奥で確かな熱を灯していた。


 すべてを失う未来への恐れよりも、自分の意思で未来を選べる喜びの方が、ずっと大きい。


(貴方が苦しまなくて済むのなら、そばにいられなくたって構わない……この気持ちは、恋じゃない)


 セリーヌは今、はっきりと理解した。


 ——これは、愛だと。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ