第六章:再会
ある日のこと。
酒場に、見知らぬ旅人が入ってきた。
黒い外套、銀の髪。
鋭い目。
そして──腰に差した、王家の紋章が刻まれた剣。
「……イザイア?」
私は思わずその名を呟いた。
王太子、イザイア・カブリエル・ドゥランシル。
彼は私の目をちらりと見る。
だが、何も言わず、奥の席に座った。
「リル、注文聞いてきて」
「は、はい……」
震える手で、メニューを取る。
「……ビールと、燻製肉」
彼の声は、低く、冷たい。
「か、かしこまりました」
私は逃げるように厨房へ向かった。
──なぜここに?
まさか、追ってきた?
その夜、私は部屋に戻り、荷物をまとめる準備を始める。
「逃げるしかない……」
すると、ノックの音。
「……リル。話がある」
ドアの向こうに、彼の声がした。
私は息を止める。
「開けますよ」
ドアが開いた。
そこにはイザイアが立っている。
「……アリゼ・ルーン・セレナデル。逃げた理由を聞かせてほしい」
私は黙った。
「あなたがいなくなってから、王宮は混乱した。エリゼは悲しんでいる。彼女は、あなたが何か大きな罪を犯したと思っていない。ただ……逃げた理由が知りたいだけだ」
「……私は、断罪される運命だった」
「断罪? 誰がそう言った?」
「……ゲームの中では、そう描かれていた。私は主人公の邪魔をする悪役。そして、最後には牢獄に閉じ込められる」
「……ゲーム?」
「私は、別の世界から来た。あなたの世界が、私の知る乙女ゲームだった。そして、私はその中で、悪役として描かれた」
彼はしばらく黙る。
「……信じられない話だ。だが、あなたの目には、嘘はない」
「私は罪を犯していない。ただ、運命から逃げただけ。それだけです」
イザイアは深く息を吐いた。
「……ならば、戻らないか? 王宮に戻る必要はない。だが、国を追われる必要もない。あなたが望むなら、ミルフェに残ってもいい。私は、誰にもあなたの正体を明かさない」
「……なぜ?」
「なぜなら、君が悪役だとは思えないからだ」