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ふたりの恋2  作者: ゆり
14/14

祝福

 プロポーズを受けた後、車内には照れくさいような、くすぐったいような、甘い時間が流れた。

橘は私の手を握ったり、ぽんぽんしたりしながら遊んでいる。やがて手を取り、キスして言った。


「指輪、買いにいくぞ」


「あ、はい。でもその前に行きたいところが」


「あ?どこだよ」


 出鼻をくじかれて少し不満そうな彼。けれどこれは譲れない。


「あなたの、お母さんのところ」










 私の体調を気遣ってくれながら(「気分が悪くなったら言えよ?すぐ引き返すから」)車を走らせ、彼のお母さんが眠る墓所へ着いた。

 

 線香をあげ、手を合わせる。心の中でこどものことと、結婚のご報告をした。


(ふつつか者ではございますが、よろしくお願いします。悠介さんとはなるべく仲良くやっていきたいと思いますが、たまに愚痴を言いに来たらごめんなさい)


 目を開ける。隣では悠介さんがまだ手を合わせていた。


 穏やかな風が、吹いた。


「……よし、行くか」


「はい」


 そっと手をつなぐ。微笑みあった。


「これからよろしくな、聡子」


「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


 てくてく歩きながら、会話を交わす。


「婚姻届、用意しないとな。ていうか、なんか色々することあるな」


「はい。……なんか、実感湧いてきますね。あ、でも今日役所は開いてないのでは……」


「大丈夫、コンビニとかにある結婚情報誌の付録についてるから」


「え!?それって正式なものなんですか??」


「あはは、ちゃんと受理されるらしいぜ。先輩が言ってた」


「……ちょっと不安ですけど、善は急げと言いますから、帰りにちょっとコンビニ寄ってみましょうか。練習用にしてもいいし」


「りょーかい」


 そう言って笑った悠介さんは、とてもきれいだった。







 その夜、夢に悠介さんによく似た女性が出てきて、私のお腹をそっと触って、にこっと笑った。

私は何か気がきいたことも言えず、その女性を見ながらただぺこっと頭を下げた。

するとその女性はさらに笑みを深め、白い花びらとともに消えた。不思議な夢だった。

起きたときはなんだかとてもあたたかい気持ちになっていた。


 その話を悠介さんにすると、とても驚いていた。


「それ、多分俺の母ちゃんかも」


「やっぱりそう思います?」


「……はは、不思議なこともあるもんだな。俺の夢にも出てきたよ。『ごめんね。頑張ってね』って尻叩かれたわ」


「!」


「…………。ごめんね、って言われたときさ。なんか、……なんか、今までのこと全部許す気になったわ。はは、あくまで夢の話なのにさ。おかしいな、俺」


 席を立って、悠介さんを抱きしめた。


「おかしくないです。全然」


「…………………………」


 悠介さんが泣いているのがわかった。涙が止まるまで、抱きしめていた。







 それ以後、なんだか憑き物が落ちたように、彼はよく笑うようになった。私も彼につられて、笑った。


 私の両親への挨拶の際には父と一悶着あったけれど、なんとか結婚を認めてもらった。(別に親の合意は必要ないでしょう、と言ったところ「そういうわけにはいかねぇだろ」と怒られた。意外なところで古風な面もあるのだな、と驚いた)


 それからは一緒に料理の練習をしたり、赤ちゃんグッズを用意したり、私の勉強相手になってもらったり、時には彼の研修の愚痴をきいたり。

忙しいながらも充実した日々を過ごした。


 

ーーそうしている内にあっという間にときは流れ、私は分娩台の上で出産の激痛に耐えていた。


「聡子、大丈夫か?」


 悠介さんが私の額の汗をぬぐってくれながら、心配そうに言った。


「……あ、波が来た痛い痛い痛い!!!!」


「息止めんな!赤ん坊まで酸素いかねーぞ!!」


「じゃあかわってよいたーーーーーい!!!!」


 えんえん泣き続ける私をよそに、助産師さんが冷静に言う。


「10cm開いてます。いけます」


「おっしゃ。聡子、頑張るぞ」


「はーい、聡子ちゃーん、産むからねー!私がいうタイミングでいきんでよーー!!」


 すっかり顔馴染みになった助産師さん。彼女が今は大海原をあてなく彷徨っていた船を見つけてくれた救助船のように思えた。


「はい、いきんでーーーー!あ、悠介先生が取り上げます?」


「え、いいですか?


「いいから早くしてお願い!!!!!!」


 私の股のところでのほほんと会話している2人に懇願した。

教えてもらっていないのにいきむことができるのは、生命の不思議を感じた。


「聡子、頭見えてるから。もう少しだぞ、頑張れ。赤ん坊も頑張ってるぞ」


 悠介さんの言葉に励まされ、合図に合わせていきむ。



 おぎゃぁ……おぎゃぁ……おぎゃぁ……



 産声。



(赤ちゃんって……ほんとにおぎゃぁって泣くんだ……)


 宝物を抱くように赤ん坊を抱っこする悠介さん。その優しい光景に、これまでの痛みが報われた気がした。


「聡子……ありがとな……よく頑張ったな……」


 ほら、体重測りますよ。先生は聡子ちゃんの縫合(出産の痛みで気づかなかったが、どうやら少し裂けてしまったらしい)お願いします。と助産師さんにうながされ、産後の処置をてきぱきとしてくれた。


「………………」


 天井を見る。涙で視界が滲んだ。


 いいことも悪いことも起こるだろうけど。3人で頑張っていこうと心に誓った。





・・・




 ヴヴヴ


 スマホが震えたので、ラーメンをすすりながら画面をチェックする。メールの差出人は、


「おっ、さっちゃん」


 トトトと軽快な手つきでアプリを開く。


『よっしー!産まれたよー!!』


 メッセージとともに写真も添付されていた。橘さんと、その腕の中ですやすや眠る赤ちゃん。

同級生がお母さんになったというのは、なんだか不思議な感じがした。


 何年前だったか、橘さんが入院して見舞いにいったとき、さっちゃんのことで話をしたのが懐かしい。あのとき俺は『見守ります!』とは言ったけれど、まさか結婚までいくとは思わなかった。



(……絢斗には悪いけど、橘さんにはさっちゃんが必要だったのかもな)



 この間会ったときの橘さんを思い出す。


 晴々とした表情。

 

 以前は爽やかさの中にもどこか影がある人だったけれど、それは払拭され、なんともすっきりした顔つきが印象的だった。


「…………聡子から?」


 隣から聞き慣れたーーーー絢斗の声がした。忘れてた、一緒に昼飯を食っていたのだった。


「うん。産まれたって」


 スマホを見せて、俺は麺をずずっとすすった。


「…………」


 絢斗は無言で、じぃっと見入っている。

千春とラブラブとはいっても、あれだけ引きずっていた元カノだ。絢斗が泣き出しはしないかと少しはらはらした。


「ーーーー橘じゃなくて、聡子だったらよかったのに」


「あ、それだったらーーーーほい、これ」


 午前中に橘さんからもらったメールに添付されていた写真を見せる。

疲れた顔はしていたが、満面の笑みで赤ん坊を抱っこしているさっちゃん。きれいだった。とても。


「……いい写真だな」


「そうだね」


「……母子共に健康?」


 絢斗が、泣きそうな笑顔を浮かべてきいてきた。

ずきんと胸が痛んだ。なるべくそっけなく答えた。


「そうみたいだぜ」


「そっか。よかった」


 目が赤くなっているのは見ないふりをし、肩を組んで言った。


「今日勉強会終わったら飲みにいこーぜ。俺のおごり」


 絢斗が俺の意図を理解したのか、ふっと笑った。


「必要ねーよ。もう完全に吹っ切れてるから」


「えっ、そうなの?」


 意外な言葉に、強がりを言っているのではないかと心配してしまう。絢斗が続けた。


「聡子のことは、なんつーか、きれいな思い出ファイルに永久保存って感じなの。確かに姿を見たら胸がこう、きゅーってなるときあるけどさ。……今は千春もいてくれるし。さすがにもう前向いてるよ…………ってなんで泣く?」


 気づいたら、俺は泣いていた。鼻水も出てきた。


「けんと〜〜〜〜!やっぱり今日飲みに行こうぜ〜〜!無性におごりたい気分なんだおごらせてくれ〜〜!」


 抱きついてちゅっちゅっとキスをしながら懇願する。


「は〜?意味わかんねー!つかやめろ!!行くから!行くから!!」


「すっかり大人になっちゃって!!俺感動したわ!!!!よし、今日は潰れるまで飲むぞーーーー!!!!!!」


「勉強はどうするんだよ!!ていうか潰れるまで飲んだら千春から怒られるから!!」


「彼女が怖くて酒が飲めるかー!!そんなん気にするなよ!!」


「いや気にするわ!!!!」


「……………………!!」


「……………………!?」



ーーーー その後千春からたっぷり説教された2人であった(正座)。





・・・






 学食でそんなにぎやかなやりとりがあったとはつゆ知らず、私は産まれたばかりの赤ちゃんのほっぺをぷにぷにしていた。


「ふふ、かわいい」


「そうだな。……この子が寝てる内に、お前も寝とけ。体がもたねーぞ」


「そうしたいんですけど、なんだか目が冴えてしまって。ギンギンです」


 そう言うと、悠介さんが頭をくしゃくしゃっとなでてくれた。そしてもう一度「寝とけ」と言った。


「横になって、目だけ閉じとけ」


「………………はーい」


「また顔出すから。スマホ触ってたら没収するからな」


「はいはい」


「はいは一回」


 頬を軽くつねられた。けれど目は優しく笑っていた。


「聡子」


「はい」


「好きだぞ」


 急に言われたので、どきっとしてしまった。悠介さんは穏やかな笑みを浮かべていた。


「はい、私も好きですよ」


 そう答えると、さらに笑みを深めた。そして私をそっと抱きしめた。


「……離れたくねぇ」


「ふふ」


「あーーでもこの子のミルク代とオムツ代を稼いでこねーと」


「パパ、お願いします」


「任せとけ」

 

 そう言いながら、赤ちゃんの手にそっと触れた。

ぎゅっと握り返すのがかわいらしい。人体の自然な反応なのだと理解していても、頬が緩んだ。


「かわいいな〜」


「そうですね」


「この『橘聡子ベビー』ってバンドもいいな」


「そうですか?」


「お前…………」


 悠介さんが苦笑いした。


「ふふっ、嘘ですよ。私も同じことを思っていました。小さくてかわいいですよね」


「いや、まぁそれもあるけど」


「?」


「うん、いいや……」


 悠介さんが赤くなってコホンと咳払いした。


「あ、そろそろ行かねーと。あーーなんで今日に限って当直……」


「頑張ってくださいね」


「具合悪くなったら遠慮しないで誰かに言えよ?親父をこき使えばいいんだから」


「……そ、そうですね……」


 キスを交わし、私を抱きしめ、赤ちゃんに「じゃあいってくるな〜」と声をかけ、悠介さんは名残惜しそうに病室をあとにした。

それを見送り、赤ちゃんのベッドのそばに行った。


「パパはおしごとにいきましたよ〜」


 すやすや眠っているのを起こさないよう、小声で言う。


「でもまたすぐにきますからね〜。あなたにあえるのがたのしみでたのしみで、しょうがないんですって〜」


 そっと頬をなでると、ほんの少し笑ってくれた気がした。

さぁ私も少し休もう、とベッドに横になる。悠介さんが言う通り、眠れるときに眠っておこう。これからきっと、忙しくなる。

 『橘聡子ベビー』のプレートが目に入った。

幸せって、こんな形をしていたのだと思った。

見届けてくださり、ありがとうございました!!

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