第44話 アリステラのお迎え
ジェロビンからの情報で、気分が晴れたところだが、グレイスの変わりようも気になるな。
レアスキルも使い始めているというのを、実際見てみたい。
「ジェロビン、侯爵の調査はこれからも継続するのか?」
「いえ、侯爵の件はそろそろ手をひきやす。旨味のある所はもうなさそうでやすしね。グレイスの修行に別件の調査をするでやすよ」
「おう……。なかなかハードだな。グレイスは大丈夫か?」
「え、ええ……何とか」
あまり大丈夫そうじゃないな。
俺がグレイスの教育をした時にも思ったが、吸収がよくてどんどん教えたくなっちゃうんだよな。
ん……気になってみたので、グレイスの体を診察の魔法で見てみた。
あらら、何か所か気になるところが見えるぞ。
これが診察の効果か。
「グレイス、右腕の肘の辺りと、左足の太もも、あと左の脇腹あたりを痛めていないか?」
「あ……はい、その通りですけど、何故分かったのですか?」
「ふっ、男の勘ってやつかな」
「えええ、チェスリーさん、恰好いいですね!」
「グレイス、怪しい話を頭から信じるなと言ったはずでやすよ」
「はっ、すみません」
ジェロビン厳しいな。
「怪しいとは酷いな。小粋な冗談じゃないか」
「へっへっ、そういうのはヴェロニアの姐さんとやってくだせえ。グレイスは修行中でやすから」
「厳しい奴め。どれ、ちょっと治してやろう。こっちきて」
「え?チェスリーさんって医者でしたか?」
「治療の魔法が使えるようになったんだ。……ぶっちゃけると実験台だな」
「そこはぶっちゃけないで欲しかったです……」
「自信がないわけじゃないから、さあさあ、おとなしく治療を受けたまえ」
「……お手柔らかに頼みますよ」
打ち身や打撲に効くのは、普通のヒールでいいはずだから、青系の魔力色を流せばいいな。
「お……おお……はあ。凄いですね。残っていた痛みがすっかり消えました」
「これは初級のヒールだからね。本当はもっと高度な治療を試したかったんだけど」
「そ、そうですか」
「もしグレイスが大怪我したら、俺が治すから言ってね」
「怪我する前提のお話は遠慮したいのですが……」
おっしゃるとおりで。
「あ、そうそう。痛みがとれたのなら、レアスキル見せてくれないかな」
「あ、はい。では見ててくださいね」
グレイスが集中し始めると……おお?!目の前にいて見えているのに、存在が希薄になっていくような。
目をこすっても何も変わらない。
確かにそこにいるのに、いないようなという、感覚がおかしくなってしまったかのようだ。
魔力視の眼鏡をかけ、魔力を流す。
すると、魔力視で見えていた体の線が、ほとんど見えなくなっていることがわかった。
「グ、グレイス……それ凄いな。見えてるのに透明になったような不思議な感覚だよ」
「ジェロビンさんに気配の消し方を教えてもらっているうちに、使えるようになりました」
「へへ、あっしもこいつにゃあ驚きやしたぜ。気配って意味じゃあ、ほとんど感じ取れやせん。【暗中飛躍】ってやつぁまだまだ奥が深そうでやすよ」
「そうだな、魔力視で分かったが、体の表面に現れる魔力が消えてるんだ。それで見るほうの感覚がおかしくなるんだろうな」
「へえ、そんな理屈でやしたか。あとは...音を消す、聞き耳、鼻が利く、素早く移動する、空を飛ぶ……へっへっ、試すことが多すぎて嫌になりやすね」
「嬉しそうに嫌とか言うんじゃない。それに空を飛ぶとか、とんでもないのが混ざってるぞ」
「へへ、暗中飛躍って飛躍が入ってるじゃないでやすか。いけるかもしれやせんぜ」
「お、言われてみれば確かに。それに隠密なら、高い場所へひょいっと飛ぶなんて、ありそうだよな」
「そうでやしょ。諜報を深堀りすりゃあ、水中呼吸とか、毒耐性とか、あってもおかしくないのがいくつかありやすし」
「ほう、諜報は深いな。あと格闘や投擲の武術系もいいかもしれないな」
「武術系は旦那に任せたいでやすね。あっしは諜報の方面で考えてみまさあ」
「おう、了解だ」
「あの~私の体が持つかどうかもちゃんと考えてください」
「グレイスはできる子だ。俺は信じてる」
「ああっ、無情な信頼が痛いです」
言ってることは半分冗談だけど、レアスキルを使いこなせば、普通のスキルと比べ物にならないぐらい強力な力が使えるはず。
グレイスには頑張って効果を究明してほしい。
そして俺に修得させるのだ。
……でもあの気配を消すのって、早速どうやればいいのかわかんないや。
今までのパターンと違いすぎだろ。
魔力色を作って流すとかじゃなく、魔力が消えてるんだものな。
俺の【百錬自得】も負けてられないぞ。
「チェスリーの旦那、最後にとっておきの情報でやす。アリステラ嬢ちゃんの結婚は、破棄されやすぜ。エセルマーは、爵位を剥奪されやしから」
「おお、そうなのか」
「へい、伝えにいっておやりなせえ」
「わかった、早速いってみるよ」
クラン拠点に来るのかと尋ねてみたが、ジェロビンとグレイスは別の場所に住むらしい。
諜報をしているものが、住処を同じにすることは好ましくないとのこと。
わからないでもないが、せっかくのクラン拠点だしジェロビンやグレイスも一緒に住んで欲しいかな。
ケイトさんの料理は絶品だしね。
公爵様の娘であるマーガレットもいることだし、クランの警備について考え直すか。
拠点が安全になれば、諜報のことがあっても一緒に暮らしたほうがいいかもしれない。
今はアリステラのことだな。
ブラハード子爵邸を訪問しよう。
ミリアンはヴェロニアと何かしてたみたいだから、一人で行くと伝えておいた。
ブラハード子爵邸に到着すると、約束はしてなかったがすぐに中へ通してくれた。
ここも通いなれてきた感じがするな。
応接室で待っていると、ブラハード子爵様とアリステラが入ってきた。
「チェスリーくん、しばらくだね」
「チェスリー様、ご無沙汰しております」
二人とも表情が硬いな。
エセルマー侯爵のことをまだ聞いてないのだろうか。
「ご無沙汰しています。今日伺ったのは、アリステラさんの結婚の件なのですが」
「ああ、その事か。まだ解決していなくてね。昨日もボルド様がいらしていたのだ」
「昨日は困りましたわ……。強引に連れていかれそうになりました」
「え、そんな場合じゃないはずなのにな」
「ん?どういうことだね、チェスリーくん」
「エセルマー侯爵は、爵位剥奪となるようです。結婚は破棄されることになると思います」
「なんだって!本当かね」
「ええ、エセルマー侯爵の調査が進んで、余罪が判明したとのことです」
「そうか……捕縛されたことは知っていたが、すぐ釈放するものと思っていた。まさか爵位を剥奪されるほどのことをしていたとは……」
「チェスリー様……それでは」
「ああ、アリステラさん。結婚の事はもう気にしなくていいですよ」
「ちぇすりーさまああああ!」
アリステラが席を立ち、俺に飛びついてきた。
よほどストレスが溜まっていたのだろう。
「怖かったのです。段々と誘い方も強引になるし、昨日は冒険者のような方といっしょでした。お父様が窘めてくれなかったら、どうなっていたことか」
「そんなことまでしてたのか。どうしようもない奴だな」
恐らくボルドもある程度エセルマー侯爵の悪事を知っていたのだろう。
爵位を剥奪される前に悪あがきをしていたようだ。
「私、チェスリー様のところにいってもいいのですね?もう我慢しなくていいのですね?」
「ああ、俺のクランに入ってくれるかい」
「もちろんですわ!」
「アリステラ、よかったな。チェスリーくん、娘をよろしく頼む」
「はい、お預かりいたします」
「はははっ、もらってくれてもいいのだぞ。君なら任せられる」
「いえいえいえ、とんでもありません」
「む、チェスリー様はご不満でしょうか」
「そうじゃないんだが……今はね。まだやらなければいけないことが多いんだ」
「……えへっ、ようやくご一緒できるのです。私も焦らず精進しますわ!」
「ああ、俺も頑張るよ」
ブラハード子爵様の屋敷から、クラン拠点までは徒歩で20分ぐらいで割と近い。
屋敷から通いでもかまわないのだが、クラン拠点に引っ越ししたいらしい。
薄々わかってた事だけど、女性率が高すぎるんだよなあ。
グレイスはジェロビンのところに行ったきりになってしまったしな。
「それじゃ今日は挨拶にくるかい?全員ではないけど、クラン拠点にいると思う」
「はい、すぐに準備しますので、お待ちくださいね」
アリステラを連れてクラン拠点に戻る。
クラン拠点を見たアリステラは、かなり驚いた様子だ。
「あの……これはお屋敷ですよね?どなた様のものなのでしょうか」
「えっと、これがクラン拠点なんだ。俺も最初は何事かと思ったけど、住んでいるうちにおかしく感じなくなってきたかな……。慣れって怖いね」
「ふわあ、凄いですね。エドモンダ伯爵様がご用意されたのですか」
「いや、プリエルサ公爵様から提供していただいたんだ」
「プリエルサ公爵様!?チェスリー様、お知り合いなのですか?」
「アリステラさんのように、魔班病治療で娘さんを治療したんだ。その時に顔を合わせてるね」
「……あの、ひょっとしてその娘さんもこちらにいらっしゃいますか?」
「ああ、クランメンバーだから、紹介するつもりだよ」
アリステラの表情が強張った。
あ……少し考えればそうだよな。
公爵様と言えば、最上位の貴族だ。
「ふう……、わかりました。私としたことが、チェスリー様を甘く考えすぎていたようです」
「そんな畏まらなくて大丈夫だよ。マーガレットは優しい子だから」
「呼び捨て!?ちぇ、チェスリー様、私も是非!呼び捨てでお願いします」
「あ、ああ。……アリステラわかったよ」
何となく波乱な予感!?
次回は「クラン内での活動」でお会いしましょう。