第41話 引っ越しと悩み事
クラン新拠点に向かう準備を始めた。
古く住み慣れた家は、いつの間にか物がたまるものだ。
整理するには時間がかかるのだが、ミリアンに同行してもらうと一気に楽になる。
大まかに不用品と必要品を分け、収納魔法でどんどん収納してもらう。
あっという間に物がなくなっていく。
物がなくなると掃除も楽だ。
大容量の収納は本当に便利だな。
6年以上住んでいた家の片づけが3時間で終わってしまった。
後は大家さんにお別れのご挨拶をするだけだな。
俺の家は借家だ。
冒険者はいつ死ぬかもわからないので、家を購入する人は少ない。
レフレオンは数少ないほうの例で家を購入しているようだが、王都に来るんだろうか?
ジェロビンは……謎である。
ヴェロニアも借家だったはずだし、手伝いに行こう。
「ヴェロニア~。準備できたか~?」
こうしてヴェロニアを呼ぶのも最後か、と思うと少々感慨深い。
などと考えていると、ヴェロニアが顔を出した。
「そんなに早く終わるわけないでしょ!手伝って!」
「はっはっはっ、俺はもう終わった。頑張ってくれたまえ」
「手伝えって言ってるでしょうが。それともわたしが必死にやってるとこ見物する気?」
「見ちゃいけない物が見えたりするかもしれないしさ」
「そういうのはもう片づけてあるから。さっさと手伝う」
「はーい、ミリアンお願いね」
「はい、お任せください」
「ミリアンに手伝わせてたのね!そりゃ早く終わるわけだわ。ごめん、こっちのやつ全部しまってね」
「は~い」
ミリアンが手伝うとあっという間に荷物が消えていく。
まとめきれていないのも、ぽいぽい収納してしまう。
これほど効率のいい収納を見ていると、俺の転移とミリアンの収納で引っ越し業をするのも悪くないな。
「凄いわ……収納があると、こんなにあっという間に終わってしまうのね。大家さんに鍵返してご挨拶してくる」
俺も冒険者ギルドやご近所さんに挨拶だけしておこう。
ギルドに預けておいたお金も回収しなきゃいけないや。
冒険者はこういう時に身軽なもので、さっと回ればすぐ終わる。
他の土地に行く冒険者は珍しくないからな。
ヴェロニアは大丈夫なのだろうか?
俺より馴染みの人は多そうだが。
戻ってきたヴェロニアに聞いてみると、「大丈夫よ。そんな深い付き合いしてる人いないから」とのことだ。
ぼっち……いや何でもない。
準備万端、王都への転移を行う。
今回の転移は、俺、ヴェロニア、ミリアン、マーガレット、ジェロビン、グレイスで計6人だ。
引っ越しで荷物は大量にあるが、ミリアンの収納に入っていれば問題ない。
いっそミリアンが転移魔法を覚えてしまえば……あ、【百錬自得】がないと修得できないか。
それに転移の魔力を流すと、あの強烈な痛みに耐えなければならない。
あの痛みをミリアンに味合わせるわけにはいかないなあ。
「そういえば、わたし転移初体験だわ」
「あ、そうか。ヴェロニアはずっとマクナルにいたものな」
「僕も初めてです。王都も初めてで楽しみです」
「へっへっ、王都に着いたらすぐに地図と風景を頭に叩き込みやすから」
グレイスはジェロビンのおかげで、すぐ王都に詳しくなりそうだ。
転移を発動し、お馴染み『20番』を頭に思い浮かべ、一瞬の浮遊感のあと転移が終了する。
「へえ、周りがあっという間に変わるのね。この感覚は癖になりそうだわ」
「ヴェロニアにも今度教えてやろうか?」
「何言ってんのよ。あんたはレアスキルがあるから覚えられたんでしょ。あたしに痛いの食らわせて笑う気なんでしょ!」
チッ、覚えてたか。
「……転移が使えたらいいなとは思うけどね。ちょっと転移の研究してみるのも面白いかも」
「お、おい。煽ったのは俺だけど、危ないことはしないでくれよ」
「なによ。あたしが危ない事するわけないじゃない」
「いやいや、実験で何度か爆発してただろ」
「あれはちゃんと致命傷にならない程度に調整してあるのよ」
「おい、致命傷寸前までいってるじゃないか」
「今ならチェスリーの治療の魔法があるから大丈夫なんじゃない?」
「治療前提で実験をするんじゃない」
「使えるものは有効利用した方がお得じゃない?」
「おまえ……自重という言葉をちゃんと考えてだな」
「ヴェロニアさんは、チェスリーさんと仲がよろしいのですね」
「お二人が話し始めると、止まらなくなるのですよ」
マーガレットとミリアンが会話に入ってきた。
ヴェロニアとミリアンの終わらない会話よりは、ずっとマシだと言いたい。
すっかり転移部屋となっている倉庫を出て、伯爵別邸の執事さんに挨拶をすると、俺に伝言があるとのことだ。
伝言には「師匠、クラン拠点までおいでください 弟子より』と書いてあった。
これだけで誰からかわかってしまうのが何となく悔しい。
『暁の刃』はダンジョン攻略を再開していると思っていたが、エセルマー侯爵の件もあったし、まだ落ち着いていないのかもな。
『百錬自得』のクラン拠点に行く予定だったが、先に『暁の刃』のほうにいってみよう。
俺とミリアンは『暁の刃』の拠点へ向かい、他のものはクラン拠点へと別れて行動することにした。
クラン『暁の刃』の拠点につくと、オーガスとキャシーが出迎えてくれ、会議室に案内された。
何か話したいことがあるようだ。
メアリは俺の後ろに控えている。
「メアリからの伝言で来てみたが、俺に話があるのか?」
「……エドモンダ伯爵様から何か聞いているか?」
「ああ、『暁の刃』に支援するという話なら――」
「そうか、チェスリーには伝えなかったんだな」
オーガスの様子がおかしいな。
伝えなかった……俺に話し辛いこと……まさかな。
「……エセルマー侯爵の件か?」
「そうだ。伯爵様の支援の話はありがたかったが、恐らく支援されることはない。犯罪奴隷を使ったダンジョン探索は、俺たちも関係しているんだ」
「何だって!まさか……そんな」
「……非道なことをしたと思っている。だが……ダンジョン攻略の実績がどうしても欲しかったんだ」
「……そうか、残念だ」
ダンジョン攻略は冒険者の仕事として、最も厳しいと言えるだろう。
つい先日も『暁の刃』は痛い目にあったばかりである。
先が見通せない未探索の経路は何があるかわからず、やっかいな知恵を使う魔物も存在する。
犯罪奴隷を人柱にしてまで、クランメンバーの安全を確保したい気持ちはわかる。
犯罪奴隷とクランメンバーの命を比べれば、どちらが重要に思うかもわかる。
だからと言って、自分にとって重要な人以外を害してもよいという理屈は通らない。
そのために法律は作られるのだ。
気持ちはわかっても、許されることではないだろう。
「せっかく戦術を教えてもらったのにすまない。……戦術を試した結果は上々だった……あれならオーク共を攻略できていたと思う」
「……これからどうするつもりだい?」
「自首して罪を償うさ。クランメンバーも関わっているものが多い。どのような処分が下るかはわからないが、『暁の刃』は解散することになるかもしれない。チェスリーにはメアリを頼みたい。メアリはこの件にはいっさい関わっていないんだ。お前なら任せられる」
「……わかった。メアリは俺に任せてくれ」
「師匠……ご迷惑をおかけします」
キャシーは俯いたままで何も話さなかった。
キャシーはこの事を知っていたのだろうか?
普段の彼女から、犯罪に加担していた雰囲気は感じなかったが、オーガスと一緒に居て何も知らないとは考えにくい。
俺が部屋を出る直前に、「ごめんなさい」と一言だけつぶやきが聞こえた。
メアリも『暁の刃』のクランメンバーだ。
犯罪奴隷の件に関わっていなかったとしても、調査されることになるだろう。
こんな時ぐらい師匠面して守ってやろうじゃないか。
伯爵別邸に戻り、『百錬自得』の新拠点に案内してもらった。
すると……何だこれ!?
これが拠点?
すげーでかい屋敷なんだけど。
高い塀に囲まれ、庭も広い、そして3階建て!
これ元は貴族様の屋敷だよな……。
クランメンバー何人いたかな……10人足らずのクラン拠点としては巨大すぎる。
俺、ミリアン、メアリが屋敷を眺めて呆けていると、何かが頭の中に響いてきた。
{チェスリーさん、速くお屋敷へ入ってくださいな}
あれ?これ……マーガレットの声じゃないか。
まさかこれが【以心伝心】スキルの効果なのか?
既にレアスキルを使いこなしてるとは聞いてなかったけど。
屋敷に近づくと……おお!マーガレットを訪問した時に給仕をしてくれたメイドさんじゃないか。
マーガレットと共に笑顔で出迎えてくれた。
「チェスリー様、お帰りなさいませ」
「あ、ああ。ただいま」
丁寧に迎えられて恐縮する。
こんな丁寧な扱い今まで受けたことない。
「チェスリーさん、ともかく中に入ってお食事にしましょう」
マーガレットに連れられ、屋敷の中に入る。
少し古い部分はみられるが、掃除も行き届いており、室内は明るい。
これは灯りの魔道具かな。
高価で一般にはあまり使われてないはずなんだけどね。
食堂も広いなあ。
20人ぐらいなら平気で入りそうだ。
豪勢な食事がずらっと並べられている。
今日は引っ越し記念という事で、特別に用意してくれたらしい。
席にはヴェロニア、マーガレット、俺、ミリアン、メアリが座り、メイドさんが給仕をしてくれる。
ジェロビンとグレイスは、早速行動しているらしく、ここには来ないようだ。
豪華な食事、気の知れた仲間、これ以上ない楽しい宴のはずだが、俺の心は落ち着かない。
メアリもあまり食事に手を付けていないようだ。
「チェスリーさん、どうされました?腕によりをかけてご用意いたしましたが、お口に合いませんでしたか?」
「いえ……食事は最高に美味しいです。気にかかることがあり、どうしても食事が喉を通らなくて」
「そうであれば、尚更お食事をお楽しみください」
「え?」
「悩み事があると、気力はもちろん、体力を使うものです。困った時こそ、力が出せるよう備える必要があります。お食事をしっかりと楽しんで頂くことで、考え事も整理しやすくなりますよ」
「そうか……ケイトさんありがとう」
「ささ、メアリ様もお食事をどうぞ」
ケイトさんと話すと癒されるなあ。
思い悩んでもすぐにできることはないし、言われた通り今は食事を楽しもう。
次回は「奇跡の治療」でお会いしましょう。