第37話 クランメンバー勧誘
今日はいよいよ貴族様たちとの交渉だ。
アリステラはともかく、マーガレット様はどうなんだろうなあ。
マーガレット様は公爵様の5女だ。
貴族の中でも一番位の高い公爵ともなると、権力も財力も桁が違う。
マーガレット様に粗相をしては、どうなることやら……。
ブリエルサ公爵様と話した印象では、いい人に感じた。
娘さんのわがままを、きっちり説教してくれたし、親としても立派だよね。
アリステラが待つ、ブラハード子爵邸にやってきた。
ちょっとアリステラで癒されてから、次に備えよう。
約束もしてあったので、アリステラにはすぐ会えた。
「チェスリー様、ご無沙汰しております」
「ああ、元気だったかい」
「あれからも絶好調ですわ!」
「それはよかった。それで、クランの話は聞いていると思うんだけど、アリステラさんはどう思っているかな?」
「ええ……申し出はありがたいのですが、そういうわけには行きませんの」
「そうだよねえ。貴族の娘さんがクラン入りなんて望まないよね」
「え?望んでますわよ」
「え?そうなの?」
「はい、チェスリー様と働けるなら、どんとこいです。直ぐにでも行きたいですわ」
「そ、そうなのか。でもそれではどうして?」
「……つい先日まで私が瀕死の状態だったので、既にお断りしていたはずなのですが……結婚のお話がきています。お相手は、エセルマー侯爵様の息子ボルド様です」
うわ、ここでその名前が出てくるとは。
俺の心のブラックリスト、貴族編、第1行に刻まれたボルドじゃないか。
「あの……あれからも孤児院通いをしたり外出をしていましたら、エセルマー侯爵様のお耳に入ったらしく、元気になったのなら結婚の話も元に戻そうとのことで……。でも私はせっかくチェスリー様に助けていただいた身です。できればチェスリー様のお手伝いをしたいです!」
「気持ちはありがたいけど、貴族同士の取り決めだから……」
貴族同士の婚姻は、ほとんど恋愛では決まらず、お互いの家の結びつきを強くするなどの、いわゆる政略結婚である。
本人の意思が全く無視されるわけではないが、相手が格上の場合、その申し出を断るのは難しい。
ブラハード子爵様にとっても、侯爵様との縁ができるので、むしろいい話だろう。
「ブラハード子爵様からは、どのように言われていますか?」
「ミリアンお姉さま……はい、私の気持ちを尊重したいとおっしゃってくれました。しかし、無理をされているかもと思うと心配です」
「……わかりました。チェスリーさん、ここは一旦お引き取りしましょう」
「ミリアンいいのかい?」
「ええ、すぐ決められる話でもないですし、エドモンダ伯爵様がブラハード子爵様とお話しした結果も伺いましょう」
「そうだな。それではアリステラさん、また来るからね」
「はい、お待ちしております」
ブラハード子爵邸を後にした俺たちは、その足でプリエルサ公爵様のお屋敷へ行くことにした。
うん、やっぱり貴族のお子さんが簡単にクランに入るわけないよね。
貴族の子は影響力もあるし、スキル研究などという、成果が出るかどうかもわからないものに、関わる事をよしとはしないだろう。
これで気持ちも軽くなった。
クランの方針として治療した患者を勧誘するとしても、貴族の事情が許さないだろう。
マーガレット様も約束していたので、すぐに面会できた。
うん、すっかり元気を取り戻している。
こうして治療した患者の元気な姿を見られただけでも、ここに来たかいがある。
「マーガレット様、お久しぶりです。元気になられたようで幸いです」
「チェスリーさん、お久しぶりでございますわ。ありがとうございます」
「マーガレット様、お初にお目にかかります。私はミリアンと申します」
「マーガレットですわ。チェスリーさんこちらのお方は――」
……あれ?
この感じは……あああ、またこれかあああああ。
ミリアンとマーガレットが動かなくなってしまった。
そして……やはり目が細かく素早く動いている。
何でマーガレットとも、こんなことになってるんだ。
ふ~、一先ず落ち着こう。
おお、この紅茶!王都の喫茶店で飲んだものより、さらに美味しい。
茶葉の種類は違うようだが、微妙な苦みにふっくらと感じる甘味だ。
これからもずっと飲み続けたいぐらい美味い。
でもお高いんだろうし、こんなに美味しくいれる自信もないなあ。
この焼菓子も屋台のものと美味さが段違いだ。
砂糖だけじゃなく、小麦や乳も高級なものを使ってるんだろうな。
いやあ、マーガレット様との面会で、こんなにゆっくりお茶が楽しめるとは思ってなかった。
紅茶のお代わり貰おうっと。
おっと、メイドさん!違う種類の紅茶もあるんですか!
ではでは、是非そちらを頂きましょう。
メイドさんも、さすがプロフェッショナルだ。
この事態に全く動揺もせず、笑顔で給仕をしてくれる。
それとも女性ならこういうの当たり前の現象なの?
いいな、こういうメイドさん。
自分で雇うなんて、夢みたいな話だけど、細かい気配りがなんとも心地よい。
などと考えながら、2杯目の紅茶を頂いていると、二人が現実世界に戻ってきた。
「マーガレット様、これからもよろしくお願いいたします」
「ミリアンさん、こちらこそ宜しく申し上げますわ」
話がまとまったようだ。
何がまとまったか、さっぱりわからない点を除けば、良好に終わってよかった。
さて、もう慣れたことだし話を続けよう。
「え~と、それでマーガレット様――」
「チェスリーさん、うちのメイドはお持ち帰りできませんからね」
「チェスリーさん、いけませんよ。ご自重くださいね」
「いやいや、そんな事考えて……ないから」
女性二人に僅かに零れた思念を読み取られてしまったのか!?
「まあいいですわ。チェスリーさんのクランに入ってほしいというお話しでしたわね」
「ええ、ご事情もあるでしょうし、スキル研究という目的も、マーガレット様にはご興味がないかもしれまんし、お断り頂いて全く問題が――」
「クランに入って差し上げますわ」
「ええ、そうですよね。クランに入るなんて……ええええ!?」
「勧誘したのはそちらでしょう?何で驚いていらっしゃるのかしら」
「あ、いえ……しかし公爵様の娘さんですから、まさか入っていただけるとは」
「お父様は、長年病で臥せっていたのだから、自分の思うようにやりなさい、と申されましたわ。私もスキル研究とやらに興味がありますので、ご一緒させていただきます。ただし、気分を害するようなことがあれば、辞めさせていただきますわ」
「え、ええ。それで構わないです……」
「では、私も準備がございますので、直ぐにとは参りませんが、近々クランへと赴きますわ」
「はい……宜しくお願いします」
「マーガレット様、お待ちしております」
「はい、ミリアンさんもご機嫌麗しゅう」
あっさりとマーガレット様のクラン入りが、決まってしまった。
まさか本当にクランに入るとは……。
少し茫然としているうちに、先ほどのメイドさんが水を持ってきてくれた。
さらに、失礼します、と軽く肩を揉み、緊張をほぐしてくれた。
帰りには、お茶菓子をお土産に包んでくれたものを持たせてくれる。
ヤバい、このメイドさんに慣れるとダメになりそう。
公爵家メイド恐るべし。
「チェスリーさん、いきますよ」
「あ、ああ」
ミリアンといっしょに伯爵別邸に戻る。
まだエドモンダ伯爵様は外出中とのこと。
待つ間はミリアンと今日の話でも整理しよう。
「まさかマーガレット様がクランに入ってくれるとはなあ」
「あら、私は皆さん入ってくれるものと思っていました」
「そうかな?アリステラさんは来てくれそうな気はしてたけど、あの話の様に貴族にはいろいろ事情があるから、難しいと思うけどな」
「アリステラさんは意外でしたね。しかし今回候補の方々は長男や次男という、どうしても認められない方達は、除いています。魔班病を長く患っている方が多く、仕事や縁談とは一度離れていますからね。そして恩人の手伝いとなれば、来てくれる方は多いと思いますよ」
「ん……言うことはわかるけど、やはり貴族だからね。特に公爵様は貴族でも最高位だし……そんなお嬢さんを預かって大丈夫なのかなあ」
「ふふっ、チェスリーさんが普段通りにしていれば大丈夫です」
「え?普段通りで大丈夫なの?」
「はい。多分敬語もやめてほしいと言われると思いますよ」
「そんなのでいいのかねえ」
「いいのです。チェスリーさんの治療は凄いんですから。あの治療を受けて、何も思わない人のほうが珍しいです」
「あ、まあ……。最近は新しい治療方法だし……あの時は長時間苦しかったよね」
「いえいえ、徐々に救われていく感じが何とも言えませんでした。新しい治療のほうが損をしているかもしれませんね」
「いやあ、まさかそんな」
そんな他愛もない話をしていると、エドモンダ伯爵様が帰ってきたようだ。
「チェスリーくん待たせたな。先ずそちらの報告をきかせてくれたまえ」
「はい。マーガレット様はクラン入りを希望しています。アリステラさんはご結婚のお話があり、クランに入りたい気持ちはお持ちでしたが、難しいとのことです」
「うむ、こちらで確認した結果と同じだ。プリエルサ公爵様はよろしく頼むとおっしゃっていた。ブラハード子爵は、アリステラ同様困った顔をしておったな」
「え?しかしブラハード子爵様にとっては、良い話ではないのですか?」
「上位貴族との縁という単純な話ならそうだろう。だが、それも相手によるという事だ。誰だって悪評の高いところと縁を結びたいとは思わん。取り込まれると、自らも悪に加担することになるからな」
「ああ……なるほど」
「以前はここまで評判は酷くなかったようだ。詳しくはジェロビンくんに頼んで調べてもらっておる」
おお、ここでジェロビンか。
それで王都に来ていたのか?
いや、伯爵様にわざわざ王都行きをお願いしていたし、この件以外のことも調査していたのかもしれない。
調査の報告が待ち遠しいな。
次回は「侯爵包囲網」でお会いしましょう。




