第36話 それぞれの執念
人の欲望とは恐ろしいものである。
人の3大欲求は、食欲、睡眠欲、性欲と言われている。
そしてその欲求を満たすために、人は行動し、努力し、執念を燃やす。
あれ?睡眠はちょっと違う気もするが、まあいい。
ともかく欲求を満たすための執念は凄いと言いたかっただけだ。
あれから2日。
俺としては見切りたいぐらい、なかなか成果のでないレフレオンだったが、ついに嗅覚の初級レベルが使えるようになったのだ。
いや、俺の手助けは最初だけでよかったはずだ。
使い方を自覚するまで、俺が後から何度魔力を流しても全く変わらなかったからな。
自覚した途端に、嗅覚が鋭くなったことを感じ取れたらしい。
俺は魔力的にも精神的にも疲れてしまった。
これが酒のためじゃなければ、もう少し達成感もあったのだが……。
しかし、酒のためだから頑張れたという話だ。
グレイスの方は、嗅覚は諦めて、短剣術を鍛えている。
魔法の素質も高いのだが、最低限身を守れるようにするには、短剣のほうが向いている。
諜報への憧れが強かったのだろう、まだまだこれからだが、着実に上達している。
解放された俺は、王都へ向かうことにした。
もちろんミリアンもいっしょで……何と今回は伯爵様と執事さんもいっしょだ。
そういえば..執事さんの名前を今まで呼んでいなかったな。
名前はセバスさん、年齢は52歳。
本名は別だが、エドモンダ伯爵家の筆頭執事はセバスと呼ぶそうだ。
何かかっこいい。
目的は、クラン『暁の刃』の様子見と、アリステラ、マーガレットとの面会だ。
アリステラとマーガレットに会う約束は既にできており、クラン入りについても打診しているとのことだ。
俺たちは直接本人に会って、希望を聞いてほしいと言われている。
エドモンダ伯爵様が、それぞれの親御さんと話をするので、そちらはお任せだ。
一先ず王都への転移だな。
4人で転移するのは初めてだが、特に問題ない。
……ミリアンがくっついてくる以外は。
伯爵様もいるので、ちょっと恥ずかしい。
アリステラ、マーガレットとの約束は明日ということで、先に『暁の刃』を訪問することにした。
『暁の刃』の拠点につくと……あれ?留守かな。
クラン拠点の事務所の扉は閉ざされている。
おかしいな、留守番もなしに全員いないってことはないと思うんだが。
「ミリアン、みんなどうしたのかな?」
「ええ……お休みじゃないでしょうか?」
「休みか……クランでの修練が終わってから3日ほどしか経ってないし、次の準備をしてるはずなんだけどな」
「仕方ありませんね。またの機会にしましょうか」
「そうしようか。でも時間空いちゃったな」
「……ではデートしましょうか」
「デート!?」
「王都には何度も来ているのに、用事だけ済ませて帰っていますからね」
「そ、そうだね。王都の散策でもしてみようか」
「はいっ」
ちょっぴりドキドキしながら、散策を始める。
王都の中心街あたりまできたところで、誰かが呼ぶ声がした。
「し~~しょ~~~う~~~」
この声は!と思った時には、既にメアリが目の前に控えていた。
「お久しぶりです、師匠。メアリ、ただいま参上しました」
「いや、参上って言われても、呼んでないよ」
「王都にいらしたのに、気づくのが遅くなりました。申し訳ございません」
「だから、別に気づかなくても問題ない――」
「ささ、王都の案内は私も同行いたしますので、行きましょう」
「……話が通じてるようで、全く通じてない」
「ふう、やはり現れましたか。予想通りとはいえ、さすがですね」
「ミリアン、どういうこと?」
「少し出歩けば、メアリさんが駆け付けると思ったのです。お話を聞いてみましょう」
「へえ……いろいろおかしいけど、納得しておくか」
メアリといっしょに喫茶店に入る。
王都の喫茶店は、お茶の種類やデザートも充実しているな。
この紅茶ってのは初めて飲むし、フルーツ盛り沢山のパイが美味しい。
「えっと、メアリ、『暁の刃』はお休みなのかい?」
「……お休みと言えばその通りなのですが、少々困った事になりまして」
「ん、どういうことだい?」
「あのダンジョン攻略の失敗以来、クランが上手くいっていないのです。特に戦略の要のポールさんが亡くなってしまったのが原因です」
「あ……修練中はそんな感じしなかったのに」
「あの時はお二人の修練を見て、みんな気分転換できていたようです。お二人の修練が終わって、ダンジョン攻略を再開する話になると、なかなか意見がまとまらず……クランが一時休止状態になりました」
『暁の刃』は70人を超えるメンバーがいるクランだ。
ダンジョン攻略は厳しい環境で、強力な敵を相手にしなければならない。
冒険者の中でも、常に死と隣り合わせの危険な仕事といえるだろう。
全員が生還できるよう、戦略を煉り、戦力を整え、なるべく万全な体制で臨むのだが、それでも死亡者が出ることは珍しくない。
どのクランにも要となる人物はいる。
リーダーはもちろん、戦略を決める、いわゆる頭脳の役割も重要だ。
失敗した後だけに、次はと思う反面、戦略の要がいない話し合いでは、まとまりにくいだろう。
「そんなことになっていたのか」
「チェスリーさん、いけませんよ」
「え?何がいけないのかな」
「よそ様のクランの問題に首を突っ込んではいけませんよ、ということです」
「師匠はメアリの師匠。よそ様ではありません」
「……はぁ、メアリさんもご自重ください」
「師匠の奥様も、よそ様ではありません」
「お!奥様!!」
ミリアンが固まった。
しばらく動きそうにない。
「奥様じゃないから」
ミリアンの金縛りが解けた。
「おほんっ、ともかく私たちにはやるべきこともありますから。今はダンジョン攻略のお手伝いはできませんよ」
「いやさ、お世話になったこともあるし、話ぐらいはしてみないか?別にダンジョンに潜るわけではないし」
「……話だけですよ?それと今のチェスリーさんでは、ダンジョンは危険ですからね」
「わかってるわかってる。無謀な事はしないから」
とは言ってみたものの、レアスキル修得は目的の通過点で、ゆくゆくはダンジョン攻略をしたい。
話を聞くのは参考になるだろうし、クランの危機なら手伝いたいとも思ってしまう。
「それじゃオーガスのところに案内してくれるかな」
「かしこまりました」
メアリに案内され、俺たちはオーガスの家にやってきた。
オーガスはちょっとやつれた様な印象だな。
「すまないな。せっかく訪ねてくれたのに」
「それはかまわない。それよりクランが一時休止と聞いたが?」
「……メアリに聞いたのか。そうだ、ダンジョン攻略が再開できなくてな」
「その話も聞いたよ。俺に何か手伝えることはあるか?」
「これはクランの問題だ……と言いたいところだが、正直困ってる。こういう時頼りになったのが、死んだポールってやつでな。俺も一緒に死にかけたこともあって、信頼が揺らいじまってる」
「何とか立てなおす手はないのか?」
「そうだな……実績を残すのが一番なんだが、その話自体が進められないんじゃな。今攻略中のダンジョンがあと一歩のはずなんだが、知恵を使う敵に対する手段が決まらないんだ」
「そいつはやっかいだな。手順通り進めれば攻略できるわけじゃないんだな」
「……知恵を使う魔物がいると、攻略済みのルートでさえ安心できない。そうなると犠牲を防ぐのが難しいんだ」
「敵の正体はわからないのか?」
「あれだけの数のハイオークを操ってるんだ。恐らくオーク上位種のロードか、それ以上……オークキングかもしれん」
「オークか……それなら何とかなりそうだな」
「え?!本当に何とかなるのか。オークキングだと上級クランでも苦戦する相手だぞ」
「ああ、少々戦術を使うことになるがな。それにオーク以外はいないのか?」
「通路での遭遇や大群も全てオークだった。恐らく他の魔物は共存できないだろう。……チェスリーには恩を貰ってばかりですまないが、しかし頼む。あのオーク共を仕留める方法を教えてくれ」
「わかった。オークの弱点を利用しようと思う。その方法は――」
オークの弱点とは。
魔力回復薬の材料に使うバニス草という薬草がある。
しかし、回復効率が悪いことから、もうほとんど使われなくなっている。
このバニス草を煎じて水に溶かし、沈殿したものを乾かして粉にする。
この粉が、オークにとって猛毒となるのだ。
これはヴェロニアがオークの素材を調べているときに発見したもので、バニス草の粉に触れてしまうと、オークの魔力が壊れてしまい、致命傷になるということだ。
人間にとっては、魔力回復薬に使っていたことがあるぐらいだし、害はほとんどないらしい。
まあ、何でも大量にとりすぎると毒になるから、限度はあるだろうけど。
戦術としては、バニス草の粉を広範囲に撒まくだけでいい。
バニス草は簡単に入手できるので、大量に用意することができる。
収納魔法が使えるキャシーがいるので、十分な大量の粉を運べるだろう。
そして、風魔法使いが揃っている『暁の刃』なら、風にのせてダンジョンの通路に上手く撒くこともできるはずだ。
罠がオークによる手動ならば、先にオークが死ねば作動することすらないだろう。
「……まさか、そんな弱点聞いたことないぞ」
「情報の入手元は秘密な。だが、これならいけるんじゃないか?」
「ああ、本当に感謝する。あのオーク共には復讐しなきゃ気が済まないしな。すぐにクランメンバーを集めて話をしてみるよ」
実際の攻略は『暁の刃』に任せることにした。
これで上手くいけば、オーガス達も立ち直れるだろう。
「師匠、お知恵を貸していただき、誠にありがとうございます。成功の暁には、このメアリ一生かけてお仕えする所存です」
「重い重い。もっとこう気軽にしていいから」
「ふふっ、チェスリーさんも大変ですね」
後日、成功報告が聞けることを期待しよう。
メアリは自重してください。
次回は「クランメンバー勧誘」でお会いしましょう。




