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第35話 修練の風景

 今日もグレイスの様子を見にいこうと思っていたのだが、レフレオンに捕まってしまった。

 そういえばスキルを教えてくれって言ってたな。

 無視したわけじゃないが、グレイスのほうが切羽詰まってたからね。


 「よっしゃ、早速教えてもらうぜ」


 「随分張り切ってるな。そんなに新しいスキルが欲しいのか」


 「おう、【嗅覚】ってやつは前から興味があったぜ。こいつを手に入れてやりたいことがあるからな」


 「へえ、例えばどんなこと?」


 「まあいいじゃねえか、さっさと始めようぜ」


 何がしたいんだろうな。

 ちょっと言い淀んだところに怪しさを感じる。

 ……俺にはすぐに思いつかないな。

 約束だし教えるか。


 「俺もまだ覚えたばかりだから、できなくても怒らないでくれよ。今から魔力を流すから、それを感じてみてくれ」


 「おいおい、嗅覚を教えてくれって言ってるだろ。何で魔力を流すんだ」


 「人の限界を超えた嗅覚は、魔力で補助してるからだ。その魔力制御を覚えてもらわなくちゃいけない」


 「おい、俺は魔法はからっきしなんだぜ。覚えられるわけねえだろうが」


 「大丈夫、普通の魔法より魔力は使わないし、自分の中だけで制御するものは比較的簡単だから」


 「へえ、まあいいぜ。試しにやってみようじゃねえか」


 嗅覚に必要なのは、濃い青の魔力色を鼻に集中させて補助することだ。

 俺は修得できたものの、まだ細かい匂いの判別ができない。

 細かい判別は熟練させないとダメなのだろう。


 レフレオンは魔力制御に慣れてないだろうし、鼻に魔力集中させること自体ができるかもわからないな。



 さて始めとしよう。

 嗅覚補助に必要な濃い青の魔力色で魔力の流れを作り、レフレオンの鼻に触れて流していく。

 これでどうかな……。


 「はっ、鼻があったけえな。これが魔力ってやつなら、前に流されたのがなんだったのか、わからねえな」


 レフレオンまで暖かいと感じるのか。

 初めて言われたのは……侯爵様の娘マーガレット様の治療をした時だったかな。

 転移の魔法の魔力を教えてもらい、放出のやり方を掴んだ後だった。

 俺の中で何か変わったのだろうか。

 ……わかんないから今はいいや。


 「どう?何かわかった?」


 「おう……」


 「ん?」


 「何も分からん!」


 「……はあ」


 その後、何度も魔力を流してみたが、何も変わらないままだった。

 魔力視の頭巾で視ると、鼻の周りにいい感じの魔力が制御できてるんだけどな……。

 元々魔法が苦手だから感じが掴めないんだろうか。


 気分を変える意味でも、武術の魔法補助も試してみることにした。

 すると、こちらのほうは目に見えて効果があり、斧を振る鋭さが増したようだ。


 ……2時間経過、【嗅覚】のほうは成果が見られない……そして全然解放してくれない。

 そろそろグレイスのところに行きたいんだけど……。


 「ま、まあ・・・…練習しといてな!」


 俺は逃亡することにした。


 「おい!まだわかんねえんだ。逃げるなあああああ!」




 グレイスの部屋に緊急避難する。


 「ちぇ、チェスリーさん?」


 「しっ!黙って。俺は隠れるから、ここにはいないと言ってくれ」


 「は、はあ」


 その後レフレオンがやってきたが、グレイスが適当にごまかしてくれた。

 俺は理不尽な拘束から見事に抜け出したのだ。


 「いやいや、どうせ事務所に戻ったら、すぐ見つかっちゃいますよ」


 「大丈夫だ。レフレオンならしばらくすれば忘れる」


 「それは……ないのではないかと」


 「うーん、確かに都合良すぎるか。グレイス何とかならない?」


 「あの……私まだ昨日初めてレフレオンさんに会ったばかりで何もわからないのですが……」


 「あ、そうだった。何となく昨日初めて会った気がしないんだよな。何でだろ?」


 「実は私もそんな感じがしてたんですけど……何ででしょうね」


 「同じレアスキル持ちだから、他人の気がしないのかなあ」


 「え!?チェスリーさんもレアスキル持ちなんですか?」


 「ああ……あっ、またやっちまった」


 「どんなレアスキルなんですか?教えてください!」


 むうう……。

 もうクラン内で安心しきってて、秘密防御力がマイナスまでいってそうな気がしてきた。

 まあいっか。

 グレイスは何故か安心感あるんだよな。


 「一応秘密だったのだが……【百錬自得】というレアスキルを持っている。効果のほうはまだ検証中だけどな」


 「へええ、また難しそうなレアスキルですね」


 「意味は”同じことを百回反復して行なえば、自然に反復したことが自分の身につく”だな。10年ほど全く効果が分からなかったんだ。最近になって、ようやく少し理解できてね」


 「10年ですか……私にもできるでしょうか?」


 「まだ始めたばかりじゃないか。これから自分の力で確かめるんだ。ただ、想像以上に険しい道であることは覚悟すべきだ」


 ……いつかギルマスに言われたことを思わず言ってしまった。


 「……はい!頑張ります」


 「よしっ、それで魔法の調子はどうかな」


 「ええ、風のほうは練習するところが手狭なので、闇魔法を練習してます。言われた通り、魔力制御でいろいろな形を作ろうとしてます」


 「お、いいね。どんな形ができるようになった?」


 「まだ基本の霧状しかできないですね……。範囲は少し広くなりましたが」


 「ふむ、霧を絨毯みたいに下に伸ばすことはできるかい?」


 「やってみます」


 グレイスが闇の魔法を制御し、フロアー状にしようとするが、なかなか上手くいかないようだ。


 「やっぱり制御は魔力を流して教えたほうがよさそうだな」


 ダークミストをフロアー状にする場合の魔力の流れを作り、グレイスに流していく。

 数回試すと、グレイスもフロアー状の制御ができるようになった。


 「なるほど。魔力をどうイメージして制御するかわからなかったんですが、これならできますね」


 「うん、俺もこのコツがわかるまで、随分かかったよ。誰かに頼むのもお金がかかるしな」


 「私は幸運ですね……。昨日の魔法を覚えたあたりから、どん底だった気分が嘘のように晴れました」


 「俺もギルドが協力してくれたからな。グレイスも利用できるものは、貪欲に利用したほうがいいぞ」


 「そうですね。伯爵様に声をかけていただいて幸運でした」


 「情報を掴んだのはジェロビンだから、ジェロビンにも感謝するといいね。それに今度いっしょに仕事することになるかもしれないしな」


 「え?そうなんですか」


 「ああ、ジェロビンは情報調査が得意なんだ。グレイスのレアスキルなら諜報に向いてそうだしな。実践訓練はジェロビンに頼もうと思っている」


 「私が……諜報を……チェスリーさん!私やりますよ!」


 「あ、ああ。まあその前に基本的な技術を身につけないとな」


 「ええ、魔法と短剣術ですね。短剣は私に合っているようで、練習が楽しくて。見ててくださいね」


 グレイスは短剣を構えると、一瞬のうちに3連突を繰り出す。

 おお、もうこんなに短剣を使えるようになっているのか。


 「ちょっと模擬戦してみようか。これだけ使えるなら、実際に試してみたほうがわかりやすい」


 「はい!お願いします」


 俺とグレイスは伯爵家の中庭を借りて、模擬戦をすることにした。

 使うのは木製の短剣だ。

 当たると痛いので、真剣にやらせてもらおう。



 グレイスと向き合い、模擬戦を開始する。

 グレイスは剣術を長年訓練していたこともあり、足の運びも様になっている。


 俺は低めの姿勢をとり、牽制をいれながら、足を狙って攻撃を仕掛ける。

 グレイスが身を躱し、俺の腕を狙って短剣を振るう。

 俺は低い姿勢をさらに低くし、突いてきた腕を狙う。

 グレイスも甘くない、素早く短剣を引き戻すと、即座に体を狙ってくる。

 俺は前回転して躱し、体制を整えるが、そこへグレイスが先ほどの3連突で狙ってくる。

 まだ甘い、攻撃のタイミングが一呼吸速ければ躱すしかなかったが、これなら!

 突き終わりに合わせて、短剣を弾くように細かく振りぬく。

 グレイスの短剣が手から離れ、俺の勝ちだ。


 「決めに行くタイミングが悪いな。もっと相手の状況を早く見極めろ」


 「参りました。もう一本お願いします」


 「今度は斬撃を中心にしてやってみようか」


 「はい!あ……」


 「あ?」


 「ようチェスリー。楽しそうな事やってんじゃねえか」


 ヤバい、レフレオンの事から話がそれたせいで、すっかり忘れて油断してた。

 既に俺の頭は鷲摑みにされて、逃げられそうもない。


 「や、やあレフレオン。何か用かい?」


 「てめえ……とぼけるとは、いい度胸してやがるじゃねえか。さっさと【嗅覚】教えやがれ」


 「急にやったからって、すぐ身に着くとは限らないじゃないか。自分で練習する時間も必要だってば」


 「早く覚えてえんだよ」


 「何でそんなに焦るのさ?今だって斧使いとして十分な力はあるんだ。嗅覚に頼らなくても問題ないだろ」


 「酒が……俺の地酒が……早くしねえと味が落ちちまうんだ!」


 「へ?」


 でかい図体で強面のレフレオンだが、ちゃんと結婚して奥さんがいる。

 14歳の息子と12歳の娘もいる。

 話を聞いてみると、以前俺がお土産で渡した地酒が気に入ったらしく、大事に飲んでいたらしい。

 それを奥さんに見つかり、没収された上、どこに隠したかわからないとのこと。

 普段から酒を飲みすぎてるからだよ……。

 封を開けた酒は、風味が落ちやすくなるので、嗅覚で早く探したいらしい。


 想像以上のくだらない理由に俺は絶句した。


 「いや、それだけじゃあねえぜ。嗅覚が鋭くなれば、より酒が楽しめるんだぜ」


 「やっぱ酒じゃねーか。くだらなさが上乗せされたわ!」


 結局は押し切られ、もう一度嗅覚の魔力を流して教えることになった。

 酒が絡まなきゃ、面倒見のいい頼れる奴なんだけどな。


 何故かグレイスも習いたいと言うので、教えてみた。

 グレイスも青系の魔力色は、得意じゃなさそうなんだけどな。


 もう2,3日は2人の訓練に付き合うことになりそうだ。

 王都にも行きたいんだけどな……。


次回は「それぞれの執念」でお会いしましょう。


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