第34話 グレイスの決意
クラン会議の後、グレイスくんに会うことにした。
伯爵邸の一室にいるというので、先ずは俺一人で話をさせてもらうことにした。
扉を叩くと室内から返事があり、中に入る。
グレイスくんは、細身で精悍な顔付きの青年だ。
身長も低めで、ある程度は鍛えているのだろうが、あまり騎士に向いているように見えない。
これもスキルが影響しているのだろうか?
「初めまして。チェスリーと申します」
「……初めまして。グレイスです」
「伯爵様とジェロビンから、ある程度の事情は聞いています。グレイスさんはどうしたいのか、お話いただいてもよろしいですか?」
グレイスくんは息を大きく吸い込み、ゆっくりと吐き出した後、話を始めた。
「私は騎士の家に生まれました。私の兄たちは既に騎士団に勤めています。私も騎士になることを期待され、父から訓練を受けていました。しかし、私の上達は遅く、いつも厳しく叱咤されていました」
また一度大きく息を吸いなおし、話を続ける。
「父の訓練は暴力を伴うもので、15歳の時の能力鑑定でレアスキルが分かった時から、さらに厳しくなりました。騎士にあるまじきスキルと罵られ、スキルに頼れない以上、修練による上達を言い渡されました」
グレイスくんは陰りのある表情で話していたが、目の力は失っていないようだ。
そして一気に、このように語った。
「しかし!私は騎士になりたくなどなかった!私は……レアスキルを知った時に、本当にやりたいことに気付いたのです。子供の頃から、諜報に興味がありました。騎士は武力をもって人々を助けますが、一騎士にできることなどたかが知れてます。もしレアスキルを使いこなせれば、その力を生かすことができれば、より人々の役に立つことができるかもしれないのです。そう父に告げましたが……勘当されました……」
スキルはその人が持つ才能を表すと言われている。
グレイスくんの考え方や、本当に向いていることがスキルに現れていたのかもしれない。
「私はレアスキルを使いこなしたい。レアスキルを持つ自分にしかできないことがあるなら、やってみたいのです」
俺はかつてレアスキルを諦めようとし、最近になってようやく効果を理解した。
グレイスの場合と違い、俺はギルドや友人が協力してくれたから、ここまでこれたのだ。
グレイスは修練の場すら与えられていない。
レアスキルへの渇望があるなら、その場が提供できるなら、後はやるだけだ。
「わかりました。俺はグレイスさんがレアスキルを使いこなせるよう、お手伝いします」
「いいのですか?私は金銭も何も、差し出せるものを持っていないのです」
「クラン『百錬自得』はスキルの研究を行うためのクランです。スキルのことを調べさせてもらうことが十分な対価になります」
「……はい、よろしくお願いします」
本当は俺のスキル修得が目的ではあるが、グレイスくんが納得しやすいよう、表向きの理由で説明させてもらった。
グレイスがレアスキルを使いこなし、それを俺が修得することができれば、【百錬自得】の効果が、より明確になるだろう。
「グレイスさん、今まで魔法を習ったことはありますか?」
「いえ、剣の修練ばかりで、魔法を教わったことはありません。あと...呼び捨てで結構です。もう私は平民ですから」
「わかった。グレイス、今から魔法を教える。レアスキルのきっかけぐらいにはなるかもしれない」
「わかりました、お願いします」
魔力視の頭巾で、グレイスの魔力を視る。
……おおお、剣術しかやってこなかったのがもったいないぐらい、素晴らしい魔力量だ。
濃密で黒に近いが緑が少し混在したような魔力色が視える。
黒に近いってことは、闇魔法が覚えやすいかな。
「グレイスの魔法の素質は素晴らしいぞ。先ずは闇魔法を試してみよう」
「え?そうなんですか。……続けてください」
闇の基本である、ダークミストの魔力の流れを作り、グレイスに流していく。
今まで習ったことがないので、すぐに修得とはいかないだろうが、多分使えるようになるはずだ。
……え?
まだ2,3回しか練習してないのに、もう使えちゃってるんですけど。
しかも魔力量が違うせいか、既に俺より広い範囲にダークミストを展開できている。
俺……これ覚えるのに1回1時間の講習を3回もしてもらったのに。
「チェスリーさん!魔法使えてますよ!ほらほら!」
グレイスのテンションが高くなってきた。
いや、嬉しいのはわかるよ。
でも微妙に落ち込んでる俺にも気付いてほしい。
「よ、よかったですね。それでは次は風魔法を教えてみましょうか」
グレイスの魔力には一応緑っぽい色が混在してるから、これもいけるかもしれないが、いきなり使うのはさすがに無理だと思う。
フフフ……さっきは素質十分の闇で試したから、風はそう簡単にはいかないぞ。
魔法の道はそれほど甘くないのだよ。
「チェスリーさん!ウインドできましたよ!いやー、できると嬉しいもんですね」
グレイスは、先ほどよりは苦労して……といっても、2,3回が6回になっただけだが、風魔法をあっさり使えるようになった。
俺がちょっと自慢だった6属性魔法を扱えるという誇りが、グレイスによって揺らぎ始めた。
「……よし次だ。今度は火魔法でいくぞ!」
「はい!」
これなら覚えられまい。
魔力色は正反対に近く、魔力制御はかなり難しいはずだ。
今度こそ魔法の奥の深さにひれ伏すがよい!
「……火魔法は使えないみたいです」
講習目安の1時間を練習に費やしたが、火魔法は修得できなかったようだ。
ウハハハハ!ついに魔法の深淵に屈したか!
……ここで俺は正気に戻った。
はっきり言って、2属性をあの短時間で修得できた時点で、俺より遥かに魔法使いに向いている。
「闇と風の2つで十分凄いよ。魔力量もあるし、練習すれば上級を使うこともできそうだね」
「私にこんな才能が……剣では人並以下だったのに...」
早くも自信が持てるようになったのはいいことだ。
グレイスは体付きからして、剣より短剣のほうが向いてそうなんだよな。
短剣術も教えておくか。
「グレイス、今度は短剣術を練習してみよう」
「剣ではないのですか?短剣は使ったことがありません」
「グレイスの筋力だと、短剣のほうが取り回しやすく、上手く使えると思うんだ。ちょっとしたコツも教えるから練習してみてくれ」
短剣は剣のように振って切るより、素早く突く動作が基本となる。
間合いが短く受け流しも難しいので、身のこなしが重要である。
俺は魔力視の頭巾で魔力が補助になるイメージが掴めてきたので武術系が上達したが、グレイスはもう少し魔法を使いこなしてからのほうがいいだろう。
魔力を制御することに、まだ慣れていないからな。
短剣の練習を始めると、思ったとおりグレイスに合っていることがわかった。
無理に剣を振り回していた時に比べ、短剣の突きは鋭く、有効に扱えている。
基礎体力が鍛えられているから、身のこなしもよい。
この例からわかるように、自分に合わないことをしようとするのは相当難しいのだ。
短剣と魔法だけでも冒険者としてやっていけそうだが、肝心なのはレアスキルを使いこなすことだよな。
魔法を教えたのも、スキルには何らかの形で魔法が関連しているからだ。
【暗中飛躍】は、いかにも諜報や隠密に効果を発揮しそうなスキルである。
修練が一段落したら、ジェロビンに預けて実地訓練lするのもいいかもしれないな。
いろいろな事を試して、効果を自覚しなければ、レアスキルは使いこなせない。
グレイスへの講義はここまでとし、クランの事務所に戻る。
ヴェロニアとミリアンが何か会話しているようだ。
あの二人は話し始めると止まらないんだよな……。
「メアリのことは注意した方がよさそうね」
「ええ、別の意味で気を付けたほうが……」
ん?メアリの事?
まあいいか、立ち聞きしててもまずいし、声をかけよう。
「戻ったよ」
「あ、チェスリー。グレイスさんどうだったの?」
「うん、凄いよ。あっという間に闇と風の魔法が使えるようになった」
「へええ。それは凄いわね。レアスキルの事はどう?」
「レアスキルはまだこれからだな。すぐにわかる事でもないだろうし」
「それもそうね。いつまでも伯爵邸に置いておくわけにもいかないし、早速できる事が増えただけでも励みになるわね」
「ああ、ちょっと考えたのは、ジェロビンに預けるのはどうかなと思ってね」
「ふ~ん、妥当かもね。レアスキルの意味はいかにもって感じだし」
「準貴族だっただけあって、礼儀も正しいし、ジェロビンなら上手くやってくれそうだからな」
「あたしも賛成ね。でもジェロビンに預けるまでの教育はしっかりしてあげてね」
「了解だ。そういえばさっきメアリのこと何か話してたか?」
「ああ……あれはね。あんたに依存してる風だから、注意しなきゃねって話」
「う~む、確かにそれはあるな。クランでの修練中もほとんど傍にいたし。でもどう注意するんだ?」
「別に何も決めてないわよ。注意ってだけ」
「そうなのかい。また王都にでも行ったときに、遊びに行ってみるよ」
「うん、相手してあげるのが一番かもね」
どちらにしても、『暁の刃』に行く約束はしてるしな。
時間ができたら行ってみよう。
「チェスリーさん、その時は私もご一緒しますからね。おいていかないでくださいよ」
「ミリアンも一緒にって言われたし、忘れてないから大丈夫だよ」
「はい!あ、あとアリステラさんとマーガレットさんの面会に行きましょうね。クランメンバーの候補でもありますし」
「あ、ああ……。アリステラさんはいいけど、マーガレットさんは会ってくれるのかなぁ」
「多分大丈夫だと思いますよ。予め約束もしておきますので」
「りょ、了解した」
落ち着いたら、クランメンバーの件か。
でもクランメンバーを集めてもすぐ仕事ってあるのかな?
そもそも貴族のお子さんをメンバーに入れることはできるのだろうか。
次回は「修練の風景」でお会いしましょう。