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「この林を抜けた先に、ザテリーテン城が見える筈です」
目的地が近いことで、レスターは期待せずにはいられなかった。
小走りで木々が立ち並ぶ細い道を走り、二つの眼でそれを確認する。
ひび割れた壁に漆喰が塗られた五層から成るザテリーテン城は、周囲には生命の息吹溢れる緑の蔦がグイグイと元気に窓の格子を昇り、一階の窓を全て覆い隠している。
レスターはあんぐりした表情を浮かべた。
早い話、一国の長が身を寄せている城には見えなかったのだが――。
「外装の手入れは十年ほど行ってませんが、内装は綺麗ですよ。百聞は一見に如かずです」
「なるほど――」
言いながら、レスターは跳ね橋の木板を踏んでみた。
丁寧に並べられた香木の板を歩くたびに、落ち付いた匂いが漂う。
それを空気としてレスターは吸い込み、とても美味しいと感じたのは言うまでもない。
チロチロと澄んだ鳴き声が聞こえた。
どこだろう。
円塔の上で鳴く黄色い鳥を二羽見つけた。
城の石壁、出っ張りに巣を作り顔を出す小鳥に餌をあげている。
城は期待外れだったが、雰囲気は悪くないな――。
レスターは微かに笑みを浮かべながら、気分よく跳ね橋を歩いて、城の中へと入る。
「驚いたな……本当に驚いた」
外の寂しさとは異なり、中は豪奢。
レスターは感嘆の息を洩らす。
早い話、ヴァルターの言う通りだった。
柱を一本も使わないで作られている空間――大階段室と、彩豊かな天井画。
陽の光でさえ漆喰を照らし、見事な芸術を作る。歩くことを躊躇いそうなほどの白と青のひし形模様の床を歩くたびに、綺麗な音色が空間を駆け巡る。ヴァルターが「それは大理石ですよ」と説明してくれた。
「言うまでもないのですが、本城にはレスター君が見惚れていたミルヒ様がお待ちですよ」
「あの絵の人がやっぱり……魔王様……」
「部屋で御覧になったあの絵は、ミルヒ様がソーレンセン地域を統一して五百年目を記念に描かれた一枚です。当時は人間同様、我々も覇権争いが絶えなかった訳なのですが、ミルヒ様が天啓を活かんなく発揮して、国家を統一されたのであります」
「ギフト……人間が太古の昔に手放した古代能力……」
レスターは昨日ヴァルターが口走ったそれを思い出す。
「人間はジェムを得て、人魔はギフトを残した――人魔の間ではとても有名な話です。私達は今でもギフトを残しつつ、発展させながら今でも生活しているのですよ」
言いながら二人は大階段室を抜け、廊下へと出る。
そんな広く長い廊下には、外で見たオレンジ色の屋根をつけた家屋の絵から、俺も良くしるゴブリン、コボルトを狩ったときの絵などが飾られていて、等間隔に椅子が並んでいた。
どれか座っていて眺めてみたいな――何て考えていると、体が勝手に動いてしまい、レスターはいつのまにか椅子に座っていたのはご愛嬌。
「私も好きなのですよ」
ヴァルターがレスターに近寄る。
それでもレスターは何げなく座ったとは言えず、壁にかかった一枚の絵を見る。
崖と崖の間に架かるつり橋と、今いる城が描かれていた。
「描かれた場所が一番、お城がよく見える場所なのですよ」
「俺達の場所は、戦争ばかりで平地の木々はなくなっていて、森と言えば迷宮森林ぐらいで。驚きの連続です」
「元はあの森もザテリーテン王国領地内のみだったのですが、自然環境の変化でしょうか――森が拡大していった結果人間界まで広がっていったのですよ。ともあれその所為で昨今はザテリーテン王国に迷い込む人間もいるのですが、大抵はデーモンに惨殺された後の姿で発見されることが多いので、頭を悩ませていたのです」
レスターは自分はよっぽど幸運だと理解するのに時間はかからなかった。
というよりあそこ今避暑地になってるから、今度帰る機会があったら注意しないとだよなあ――。
「勿論、森林は悪いことばかりではありません。雄大な自然がお互いを外界から遮断したお陰で、両者は互いに争うことなく今日まで生きてこられました。尚、森林地帯はザテリーテン王国領地内には多く、大小含めると三十は最低でもありますので――」
ヴァルターは壁にかかる別の絵に注目した。
つられてレスターも見る。
今いる大陸が描かれていて、一つの円の中にヴァルターの言うように十三の地域が描かれ、覆うように大小三十五の固有名詞つきの森林が記されている。
「大陸はレスター君が思っているほど小さくはないのですよ、さて、話も長くなりましたので、そろそろ行きましょうか」
二人は謁見の間に辿り着く。
「我が国の主――ミルヒシュトラーゼ様がお待ちです、どうぞ両手でお開けください」