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わたしはミルヒシュトラーゼ・ザテリーテン。人間が言う魔王というところね。呼び方は任せるけど皆は私のことをミルヒと呼んでるから、レスターも同じように呼んで貰って構わないわよ」


 魔王と謁見すると分かっていたとはいえ、流石に名乗られるとレスターも緊張して何も言えなくなる。

 何しろ人間界では魔王を倒すべしという者もいるぐらいだ。

 もといレスターも片棒を担いでいた訳なのだが――。

 ともあれ冷や汗一杯だ。

 ヴァルターがティーを差し出すも、レスターは口に含む余裕などなかった。


「緊張するのは無理ないけど、私は貴方をとって食べたりはしないわ、安心しなさい。それより早速で申し訳ないけど、レスターに頼みたいことがあるの」

 

 余りにいきなりすぎじゃね……?

 口調もどことなくフランクだし……。


 レスターは拍子抜けした表情を浮かべ、同時にいつのまにか緊張の糸も切れていた。


「ヒール1を極めてほしいの」

 ミルヒは整った顔をそのままに、真面目に言った。


「えっと……? 今何と?」

 レスターは思わず聞き返す。


「限りなく1に近いヒールに調整する鍛錬を積んでほしいと頼んでるの。これは貴方にしか出来ないことよ」

 

 レスターは首を傾げる。

 今迄の人生で初めて言われたかもしれない。

 というより、呼んだ理由って、そのことだったのかよ!

 裏があるのか? いや、でもヒール1を極めろで裏とかは無いよなあ……。

 妄想が妄想を呼び、レスターはいろいろと考えてしまっていた。


「頼めるかしら」


 レスターは暫くの逡巡の後、


「素直に自分が頼られるのは嬉しいのですが、理由次第……と言ったら……?」

 

 申し訳なさそうな顔をしながら結論を出した。

 答えに少しの驚きをミルヒは顔に浮かべ、ヴァルターが一歩前に出る。


「レスター君」

「抑えなさい」


 ミルヒに言われて下がるも、次いで剣を背負う家臣が加わる。

「初対面の人間が魔王様に対する態度じゃねぇと俺も思うぜ。ミルヒ様。俺達だけでも何とかなるんじゃ――」


「抑えろと言った。それにお前の腕では既にアーク・デーモンを倒すことすらままならないことを私は知っているぞ。今ここで断られたら、お前は明日死ぬやもしれんが、それでもいいのか」

「けどよ……」


 左手をミルヒが挙げると流石に剣の家臣も黙り、混乱は収まった。


 静かになったところでミルヒは軽く咳をして口調を整える。

 

「結論を急ぎすぎているのは承知の上よ。でも時は一刻を要するの。今すぐ決断していただけると嬉しいのだけれども――」


「ううんと……」


 ミルヒに言われ、レスターは二人のやり取りを見届け、頭の中で文字を組み立て、丁寧に言葉を紡ぐ。


「理由次第と申し上げたのは、俺で本当に役に立つのかどうかも分からないのにお受けするのは申し訳ないと思った次第で――ただ、今のお二人のやりとりで俺でなきゃ出来ないことなのかなと思い、お受けすることにします。ヴァルターさんに命を助けていただいた恩義もありますので」

 

 レスターは受け入れ、家臣も安堵した。


「助かるわ、レスター――」

「ですが、差し支えなければ俺への呼び方はアルナイルでお願いします」

 

 レスターの一言を皮切りに再び家臣が騒めく。

 

レスター(・・・)に決める権利など無いわ」

「これはお互いの為なのです」とレスター。ここは一歩も引かず言葉を続ける。

「下の名前で俺を呼んでいる場を他の者が目撃したら、周りが変な誤解を生むやもしれません。それにそんな噂を吹聴でもされて、快く思わない者の耳に入れば、やがては国を揺るがしかねない事件が起きるやもしれません。ましてや俺は部外者の、それも人間・・ですので、親しみを込めて読んでいただく気持ちは嬉しいのですが――俺もザテリーテンさんと呼ばせていただきますので」


 ミルヒは短く息を洩らし、ヴァルターに口添えをした。

「分かったわよ、アルナイル(・・・・・)。貴方の提案を受け入れるわ」


 一応の納得を示したものの、ミルヒとヴァルターの話は続く。

 話し合っている間、レスターはテーブルに置かれていたティーを口に含み、場の雰囲気に流されることにした。


 暫くして、ミルヒはヴァルターとの話を終えると、袖を通していない軍服から身に覚えのある石を取り出したかと思えば、それをひょいと投げた。

 レスターは何とか受け取り、手の中で躍らせながらそれを見る。


「これって!!!」

「少し前に私が一人で(・・・・・)デーモンを倒して手に入れた黒ジェムの結晶よ。きちんと浄化してあるから触っても問題ないわ」

 レスターはミルヒから受け取り、黒ジェムを様々な角度から眺める。

「えええ……倒したって一人でですか……」


「それが人魔族わたしたちの宿命よ、二千五百年前からのね」


 ミルヒは指を鳴らし、レスターはヴァルターの両手に抱えられた真っ黒な本を見た。

 部屋で見たやつのそれである。


「部屋で見た、魔族・・の歴史本……」

「間違いないけど、魔族って言われるの余り好きじゃないのよね。悪魔・・って言われてるみたいで。悪魔はデーモンであり、私達は人魔じんま――ヴァルターから聞いてるかどうかは分からないけど、私達もアルナイルと同じ人間なの。厳密に言うなら体の中にジェムを宿してない人間――いえ、宿せない種類の人間ってところかしら。詳しくは|ザテリーテン興亡記三巻これを読みなさい。最終章第六節よ。そこには今私が話したことの概略が簡単に記されてるわ」


 レスターは渡された歴史書を机に置いて、指定されたページをめくる。

 読み進めていくと――人間と人魔は同じ種であることの記載は確かに存在した。

 ヴァルターが言っていた通りだった。

 余り意識していなかったとはいえ軽率だった。次から気を付けるようにしようとレスターは考える。


 勿論、歴史書の偽りの可能性も排除できない。人間界では、国王を賛美する本が数多く出回っていたし、レスターも幾度となく出会ったことがある。

 一度読んだら直ぐにゴミ箱行きなのは言うまでもないが。


 ゆえにレスターは疑うことも出来たが、ここでも流される道を選ぶ。

 嘘であれ真であれ、こういう類は傍にいればいずれ分かるものだから。

 急ぐ必要もないし、争いを起こすのは賢明ではないとも考える。


 そしてレスターは最後のページを捲り目を通すと、冒頭部に気になる文字を見つけた。


「人魔と人間の領地覚書について――」


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