教訓3:戦場には無計画に行くな
旅に出られる用意をしたが、流石にすぐにはリアの気が咎めたのか、おっさん……リアの父親のところにまで出ることを伝えにきた。
親子の話に入り込むことはしないが、リアを放っていれば工房まで帰れないだろうから、仕方なく扉越しに彼女が出てくるのを待つ。
世話を焼くのは慣れたが、何もせずに待ち惚けるのは慣れるものではない。
おっさんの弟子の若いドワーフの男に不快そうな目を向けられる。 まぁ、職人でもない自分よりも年下のやつが尊敬している親方と良くしていたら気分も良くないか。
そいつが手に持っている剣を見れば、鞘に入った状態だが、重心の偏りがあるのが分かる。 よほど変な筋肉のつき方をしていなければ、使いにくいだけの代物だろう。
それを見せにきたのか。 気まずいおっさんだから怒鳴られるだろう。 意気揚々としているところを見れば気の毒に思う。
「なぁ、それ、売り物か?」
「……どうかしたか」
「見せてくれ。 少し街の外に出るから、獲物が必要だ」
「嬢のを貰えばいいだろう」
「あれのは持つ気にはなれない。 ……素人にも見せれないほど自信がないわけでもないだろ」
不快そうに俺に剣を突き渡し、俺の隣に立ち、背を壁に預ける。
思ったよりも幾分も重く、正直なところ使い道がない気がするぐらいだ。
引き抜けばボコボコの剣身に切れ味を感じさせない刃、加えて何故か変色している金属と……酷い出来だ。
「……お前、才能ねえのな」
「はあ? 何だよ突然」
「初めてでもここまではなかなかねえよ。 ……まぁいいや、おっさんに殴られたら、俺のとこにもってこい。 原価ぐらいは出してやるよ」
リアがつまらなさそうな表情をして出てきたかと思うと、意気揚々と男が部屋に入り、鈍い音と扉をお供にして戻ってきた。
二人で若い男を見る。
「……趣味か?」
「見てやるな。 ほら、お小遣いやるからお菓子でも買ってきな」
「……買い物か。 ……ふむ」
まぁ、迷子になってもここら辺なら顔を知られているのですぐに見つかるはずだ。
ドワーフならではの背の低い男は不快そうに俺を見ながら立ち上がる。
「……おう」
「まぁ、なんでもはじめはそんなもんだろ」
「……いるんだったか?」
「幾らだ」
「いらねえよ。 元々、貰いもんの鋼で打ったもんだ」
とりあえず手元から離したいということか。 まぁ気持ちは分かるので剣を受け取って手に持つ。
「じゃあな」
適当に言ってから、剣を持ってリアを追いかける。 武器を取り扱っている店に入っていったらしく、喧騒が一つの店から聞こえる。
ほんの数秒放っていただけなのに……。 急いで中に入ると、まだ売り物を触り回している段階だったので、首をひっ捕らえて捕まえて引きずる。
「あれ、どうしたんだセファ」
「何を言っていたのか忘れたのか」
「こんなところで奇遇だな」
「さっきまで一緒にいただろうが」
「……ああ、そうだったな。 ところで、その剣はなんだ」
俺に引きずられながら手を伸ばして剣を手に取る。 持っていた鞘から剣を引き抜こうとしたので、街中で刃物を抜かせる訳にもいかないので引き抜けないように柄を上に向ける。
「旅に出るならいるだろ。 魔物も出れば、賊も出るかもしれない」
「そりゃそうだが、僕の剣を使えばいいだろ。生半可なものとは違うぞ。 金龍の眷属でも魚のように斬れる」
「お前のは使わねえよ」
不満そうなリアを無理やり立たせて、背を押して歩かせる。
「なんでだ? 僕の剣に不満があるなら直すが」
「ケチつけるところなんかねえよ」
「なら、なんでだ。 これでも、造る腕ならーー」
「お前の剣がなくとも充分戦える。 だからいらない」
そう言い切って、リアを工房に押し込んでから帰路に着く。 馬鹿らしい。
◆◇◆◇◆◇
重い剣は振り回しにくいが、重みの分だけ仰け反りにくくなり、打ち合えば叩き潰せる。 おっさんの弟子が造った剣は、出来は悪いが重さと強度は十分で、雑に扱っても壊れない強さはある。
普通では持ち上げることも難しいそれであっても、俺の腕力があれば問題なく扱える。
雑に払った剣で奇怪な犬のような化け物を弾き切り、地面に倒れたところを叩き潰す。
血に濡れた靴が不快だ。 替えもなければ満足に拭える水もない。 ……いっそ次から裸足で戦った方がいいか。
あ、刃を潰せば出血も減るか。 後でリアに頼んで道具を貸してもらって潰せば、いや、道具を借りるのは無理だな、あれでも職人堅気で気難しいところも多い。 最近は旅の用意でしていないが、剣を打っているときは足音一つで怒られるぐらいだ。
馬車に戻り、錆びるなどの劣化をしないように布で拭き、手入れをする。
「下手だな。 貸してみろ、やってやる」
「自分でやるからほっとけ」
当然、ドワーフの鍛冶師に比べれば手入れなど慣れたものではなく、手先も不器用だ。 やってもらった方がいいのは百も承知で、作業を続ける。
「付けすぎだ」「拭うのが甘い」「うわ、もう貸せ」
などと小うるさいリアを無視して作業を終えて、現在の場所と地図を見比べる。
「シークレスの何処らを予定している?」
「……ああ、南部付近だ」
「ん? 用があるのは東部だろ」
「戦争真っ只中のところにすぐにいけるはずねえだろ。 んなもん敵と思われて殺されてしまいだ」
「戦争が終わるまで待っておけとでも言いたいのか」
「違う。 何かしらのコネがあれば、会いに行くことも可能だ」
「……僕はそういうことが分からない。 だから任せた」
頷いてから思案を巡らせる。
戦場であるから、武器が需要があり話を倒しやすいという単純なことではない。
リアは間違いなく最高の剣を造り出せる天才だが、人と人が大勢で殺し合う環境だと、一本の完全な剣よりも十本の安物の剣の方が余程価値がある。
持つ人間用に打たれるリアの剣は、当然手間も原価もかかり、割高にならざるを得ない。 平時ならば天才でも、そこにいけばただのノロマな鍛冶師扱いされかねない。
大量に打つのは集中にムラがあり、体力に欠けるリアには酷なことだ。
いい剣を打てると言っても、素人目だと一定以上は理解出来ないだろうし、戦場を案内出来る地位の人間に知り合える算段は低いか。
いっその事、俺が傭兵にでもなって戦場で暴れてもいいが、それだとリアの世話をする奴がいなくなる。
「ところで、今どれぐらいだ? もう何日も旅してるし、半分ぐらいきたか?」
「来るわけねえだろ。 余裕で一月はかかる」
見ていた地図をリアの前に広げて指差す。
「ここが現在地で、これが街、目的の場所はここだな」
「あれ? なんで真っ直ぐ行かないんだ?」
「金龍の尾があるからな。 流石に通れないから迂回するしかない」
「ああ、尻尾……」
リアは納得したように頷く。
金龍の尾というのは、龍の尾のように連なっている山脈……というわけではなく、本物の龍の尾だ。
体長は1000kmとか2000kmとか、言われているが大部分は土に埋もれているために正確なことは分からないが、馬鹿でかい生き物で、動きはしないが普通の山よりも傾斜がキツいため乗り越えることは不可能で迂回するしかない。
ここらで使われている金属類は大体が金龍の表皮を削って採取したものだ。
「……そういえば、木もなくて通りやすい道なのに全然他に馬車とか見ないな。 僕達の馬車だけだ。 輸出も盛んなんだよな」
「ああ、当たり前だろ。 尾の近くといえばーー」
馬車が揺れる音を聞く。 リアははしたなく尻を抑えて痛いと呻く。
「揺れたな。 でかい岩でも踏んだか」
「……まだ遠いな」
地が沈み込む音と共にまた揺れる。
「地震か?」
躾けられた馬が暴れるように走り、また馬車が地面ごと揺れる。
馬車の中が暗くなり、日光が遮られたのを確かめる。 剣を手に取って、脱いでいた靴を履き直す。
馬車の出口、布で覆われたところの端から砂煙が入り込み、生臭い獣の匂いが鼻に入り込んでくる。
「見つかったか」
布の端から外を除けば、太陽を遮るような茶黒い塊が馬車の屋根よりも高くにある。 家よりも巨体、下手な城並みの大きさのある、化け物じみた爬虫類。
「……ああ、尾の辺りだもんな。 そりゃ出るか」
納得したようなリアの声、御者台から叫び声が聞こえ、それに合わせて馬車から飛び降りる。
山食いの巨竜。 おそらく金龍の親戚 (デカイし硬いから)、ここらを縄張りにしている簡単に出会える魔物の中では圧倒的な強さを誇る生き物。 この個体は特に大きいが、まぁ……なんとかなるか。
剣を抜いて、巨竜を見上げる。 勝つのは難しいが、負けることはない。 巨竜の生息域を尾の付近に押しとどめているのは、他でもない人間なのだから。
肺に砂埃が入らないように口元を布で覆い、左手で剣を握り、右手の人差し指を噛み切り、出血させる。
自身の血をインクに剣身に文字を書き込み、唱える。
「祝賀偽る唇、権威敬う眼、善性違える血、続き連なる言の葉こそが悪の根源」
全身から力が抜け落ち、それを誤魔化すように手元の剣を強く握る。
「罪人より、己すらも、奪い去れ。 《命喰》」
剣を振るい、山食いの脚に小さな傷を付ける。意識すら向けられていないことをいいことに、並走して金属の鱗に覆われた足を少しずつ切り裂く。
鱗の下の皮膚を剣で抉り、出血させたことを確認し、太い血管に沿うように剣を振り上げる。
やっと気が付かれ、脚が俺を狙うように動かされ、それを避ける。
後は死ぬのを待てば終わりだ。