終章
「……アスタ」
「どうした?」
「魔術師の学校に通いたい」
オクトが唐突にそんな話をしたのは、オクトを伯爵家から助け出して、しばらく経ってからだった。伯爵は捕まったが、吸血夫人の事件はなかったものとされ、あれ以来新聞には一度も記事として載っていない。
それにしても、学校に行きたいとは……。今までそんな話を一度もした事がなかったので、2回目の囚われの身になって何か思う所があったに違いない。
可哀そうに。相当怖い思いをしたんだな。
「オクトさん、学校に来るんだ」
「おお、いいじゃん。来いよ」
「お前ら勝手な事を言うな。オクトはこんなに小さいんだ。まだ早い」
普通学校に通い出すのは10歳ぐらいからだ。オクトはその半分。体格にいたっては、栄養失調がたたってもっと幼く見える。
うん。ないな。
それに、全寮制と言うわけではないが、学校に通い始めると、基本的に寮に入る生徒が多い。しかしオクトは5歳。一人暮らしを許せるはずもない。もっとも5歳でなくても俺は許せないと思う。
だってそうだろう。俺は一人でなくなる為にオクトを引き取ったのだ。魔術師にする為ではない。
「アスタ。私も、今すぐというわけじゃない。でも……もっと、色々知りたいんだ」
上目づかいでオクトが心配そうに見上げる。あー、もう。そんな顔するなよ。
俺はわしわしと乱暴にオクトの頭を撫ぜた。オクトが色々知る事は悪いことではないのだ。見聞を広げる事は、偏った知識を持つオクトがこの世界で生きていく為に必要な事。
分かっている。そう……分かってはいるのだが――。
「……大きくなったらな」
とりあえずその問題は先延ばしにしておこう。面倒事は後回しが一番だ。
それにしても折角オクトが戻ってきたばかりなのに、いきなり手放す話になるなんて、なんて世知辛い世の中だ。俺は楽しく生きたいだけなのに、上手くいかない。
「大きくなったら?」
「そう。大きくなったら。それまでは、俺が色々教えてあげるから」
オクトは目を丸くしたと思うと、嬉しそうに笑った。
どうやら俺は正しい回答を選んだようだ。あー、俺の娘は、なんて可愛いんだろう。
「えっ、オクトだけずるい」
「僕たちも教えて欲しいな」
「嫌だ。なんで俺がそんな面倒な事を。お前らは真面目に学校に通え」
折角可愛いオクトで癒されていたのに、五月蠅い奴らだな。そもそもコイツらに教えたところで、オクトとの時間が減るだけで、全くメリットがない。
それに勉強したいなら、今日だって何で学校に行っていないんだ。これで留年したとしても、自業自得である。
「面倒って……」
「別に誰かに迷惑かけているわけじゃないし、本当の事を言って何が悪いんだ。な、オクト」
「わ、私にふるな」
他人事のような顔をしていたオクトに声をかけると、慌てたように叫んだ。あー、なごむわ。
オクトの動きは見ていて飽きない。やっぱりしばらくは手放せそうにもないな。
俺は怒ったような、困ったような顔をして王子達と話すオクトの頭をもう一度撫ぜた。
これにて幼少編はのアスタリスク側の話は終わりです。
ものぐさな魔術師でちらばせたネタは、ものぐさな賢者で回収していきますので、よければそちらでお楽しみください。
ここまでありがとうございました。