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「賢一ー!また残って練習するのか?」
広いプールに男子生徒のはりのある声が響く。
「ああ、もう少し練習してくよ!」
「夜の学校にはみどりさんが出るから気をつけろよー!」
友人たちが賢一をからかう。
「みどりさん」というのは昔から賢一の高校に出没すると言われている幽霊である。
「や、やめろよー!」
賢一は極度の怖がりなのだ。
それを知ってか、友人たちは賢一の反応を見て楽しんでいる。
「おい、あいつ怯えてるぞぉ!あんな男と付き合ってて大丈夫かよ、内海!」
「あんなところも可愛いのよ。」
千春はストレートだった。
千春の言葉に賢一の友人たちは一斉に「ヒュー」と言った。
「じゃ、無事でいろよー!」
友人たちは笑いながら帰っていった。
一人プールに残された賢一はひたすら練習に励んだが、
頭に浮かんでくるのは和也のことばかりだった。
(千春はああ言ってくれたけれど、どうすればいいんだろう…。)
10年間一緒にいたが、
鈍感な賢一には和也の心がわからなかったのだ。
それでなくても同性の親友が自分に恋愛感情を抱いているのではないか、
なんて普通の男子高生は考えない。
賢一は和也の冷たい態度が自分の愚鈍さのせいだとしか考えられず、
自分を責めるしかなかった。
(和也…)
賢一は10mの飛び込み台からプールへ飛び降りた。
早いようでゆっくり落ちていく感覚が不思議な気分にさせる。
賢一はいつも、この瞬間に過去のことを色々思いかえすのだ。
(お前の本当の親友になるにはどうしたらいいんだ。)
水しぶきをあげてプールに飛び込み、
水面に顔を出した、
その時だった。
プールの入口のところに
何やら長い人影。
ほっそりしていることからどうやら女性の影らしい。
賢一は全身の血がひいた。
(………まっまさかあ!!)
その影はどんどん賢一の方へ近づいてくる。
(うぎゃあああああ)
賢一はがたいのいい身体を縮めてがたがた震えた。
「賢一。」
聞き慣れた声で名前を呼ばれ、
ゆっくり顔を上げた。
なんと、
そこには和也がいた。
「和也!?」
賢一は森の妖精にでも会ったような感覚になった。
実を言うと和也が賢一を名前で呼んでくれることはほとんどなかった。
いつも「お前」などと呼ばれていた。
「脅かすなよ!みどりさんかと思ったろ!」
賢一は現実に戻って言った。
「ぶっ」
和也は吹き出した。
「看護師志望なら、そんな非科学的なもの信じるな。
…………
すげぇな、お前。
あんな高い飛び込み、俺にだって無理だ。」
和也はいつも賢一が使っている10mの飛び込み台を見上げた。
賢一はまた不思議な気分になった。
和也が賢一を褒めたのは大分久しぶりだ。
賢一があっけにとられていると、
和也はプールサイドにしゃがみこんだ。
「……週末に海にいかないか?」
「……え?」
「もうすぐ海もしまっちまうだろ?
その前にお前と泳ぎたい。
子供の頃みたいに。」
室内プールに和也の甲高い声が響く。
和也に驚かせられることが多くて
賢一はしばらく、霞みの中にいるような気分から抜け出せなかった。
続く。