12
「美月ちゃん、元気そうでよかった。」
賢一はリビングで食後のお茶を飲んでいる美月に微笑みかけた。
美月も微笑み返した。
「それじゃあ、おじゃましました。」
彼方の方へ向き直った賢一はぺこりと頭を下げ、和也の家をあとにした。
彼方はそんな彼の後ろ姿を見つめてこう感じた。
(…和也がなぜ彼に惹かれたか改めてわかったような気がする。)
さて、問題は和也である。
和也は賢一と話して、少しは落ち着いたんだろうか、
と思い、彼方は和也の部屋の扉を叩いた。
「和也?」
相変わらず、呼び掛けに応えない。
仕方がないので
勝手にドアを開けた。
真っ暗な部屋。
彼方は一番暗い電気をつけた。
「和也?」
和也はクローゼットに閉じこもったままだった。
彼方は胸騒ぎがした。
自分の知っている嫌な空気を今感じる。
これ以上踏み込まない方がいい。
彼方はそう判断し、
クローゼットのとってにかけた手を外した。
…三日後の朝
和也はやっと部屋から
出てきた。
「おはよう、和也。」
「はよーさん。」
和也が彼方に挨拶を返してくれたのはかなり久しぶりだ。
「和也…。」
和也はゆっくり顔を上げた。
目は赤く腫れ、ひどくやつれていた。
彼方は驚いて息が止まってしまった。
和也が泣くなんて
父が死んだとき以来だ。
「和也…。」
さすがの彼方も掛ける言葉がない。
「……俺、学校に戻るよ。」
和也は力のない声で言った。
彼方はため息をついた。
「それはけっこうだけど。せめてその目を治してから行きなさいよね。
また家庭で何かあったと思われちゃうわ。
全く、3日間ずーっと部屋に籠もりきりだから、てっきり死んだのかと思った!」
彼方は平静を装ったが、少し声が裏返ってしまった。
こんな笑えない冗談を真顔で言うのは彼女のお得意なのだ。
「………。」
和也は反論しなかった。
いつもなら睨みをきかせてくるか、
「余計な世話だ」と怒鳴るところだが…
彼方はおかしな夢でも見ているような感覚になった。
はっきり言ってこんな和也は見たくない。
「泣くほど好きなら告れ!」と言いたくなった。
しかし、ここは口を挟むべきでないと判断した。
昔から自分は和也に世話を焼きすぎている。
和也ももう17だ。
多感な時期でもあり、葛藤の時期でもある。
黙って見守ってやることも必要なのだ。
いちいちこんなことで動揺してちゃいけない。
和也のことを手にとるようにわかっているだけに、
つい口を挟みたくなってしまうのだが…。
続く。