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第1章 1話 麗らかな春の日





「よかったぁ。引っ越してきたから知ってる人全然いないんだもん。友達できなかったらどうしようかと思ってたの」

 

 私はそう言いながら、手元のスマートフォンを机に置いた。

 透明のケースの裏には、前の学校の友達と撮ったプリクラが挟んである。

 

 夕方のファミレスは、制服姿の学生たちで賑わっていた。

 

「えー、全然心配そうに見えない! ゆかりちゃん、めっちゃいい子だしどこ行っても平気なタイプでしょ」

 

 対面に座る彩ちゃんは、縮毛矯正をかけた艶々の黒髪に、スプレーでガチガチに固めた前髪をしていた。

 

 少しだけ左右の高さが違う眉毛。顔だけが白く浮いたファンデーション。少しダマになったマスカラに、夕方になってようやく馴染みはじめたチーク。

 

 朝、鏡の前で何時間もかけてメイクしたんだろうな、と思う。

 そういえば、休み時間のたびに彼女が席を立っていたのも、一生懸命メイクを直していたのかもしれない。

  

 クラスの他の子は「高校デビューが見え見えで痛い」なんて陰口を叩いていたけれど、私は彼女のそういうひたむきなところが好きだった。

 

 私からすれば、可愛くなりたいと努力する彩は、とても魅力的なお友達だ。

 

「私って本当に人見知りなの。だから、彩ちゃんみたいな明るい子がいてくれて良かった。ありがとね」


 照れ屋な彩は耳まで赤くしながら、手で顔を扇いでいる。

 

「ううん、こちらこそ! ……っていうか、これからは『彩』でいいよ! 私も『ゆかり』って呼んでいい?」

 

「もちろん! 嬉しい、ゆかりでもなんでも好きに呼んで」

 

 肩の力を抜いてはにかんだ彼女の笑みは、その日見た表情のなかで一番自然で、きらきらして見えた。

 

 ――良かった、と心から思う。

 

 高校が始まって一週間。

 前の席でいつも肩を強張らせて座っている彩の後ろ姿が、なんだか可哀想で、ずっと気になっていたから。

 

 ふと机に目を落とすと、SNS映えしそうなレトロなクリームソーダが、だらだらと結露の汗をかいていた。

 

 とうに飲み終わったそれは、アイスも氷もすっかり溶けて、底の方に薄い黄緑色の水が溜まっている。

 

 今、何時だろう。机の上に置いていたスマホに触れた瞬間、振動が指先に伝わった。

 

 裏返したスマホの画面に浮かび上がったリマインダーの通知を、私はちらりと盗み見る。

 スマホの上部に、『秀作所長 シルバー人材派遣』の文字が浮かび上がっていた。

 

「ごめんね彩。そろそろバイト行かなきゃいけなくて」

 

「あ、それじゃあ出よっか!」

 

 彩が慌ててスマホや財布をカバンから出し入れしているのを、私はゆったりと眺めながら立ち上がった。

 

「ゆかりちゃ……ゆかりはもうバイト始めたんだ! すごいなぁ。なんのバイトしてるの?」


 彩ははにかみながら、少しぎこちない様子で私の名前を口にする。

 

 私は注文用のタブレットで別会計ができることを確認して、自分の鞄を肩にかけた。

 

「うーんとね、私も今日が初めてなんだけど……。お年寄りのお手伝い、みたいな感じかな?」

 

 伝票を手に取りながら、さりげなくテーブルの上を見回す。彩の忘れ物は無さそうだ。

 

「お手伝いってなにするの?」

 

 私も知りたいんだよねと浮かんだ言葉とため息を飲み込んで、深刻な空気にならないように笑みを交えて答えた。

 

「うーん……まだよく分かってなくて」

 

「そっか、ちょっと不安だね」

  

 彩は忙しなく視線を彷徨わせながらも、一生懸命に私の目を見て話そうとしてくれる。

 

「うん、初日だからちょっと緊張してる」

 

 私が目を伏せたまま言うと、彩はパッと顔を赤くして、私の腕にそっと自分の腕を絡ませてきた。

 

「だ、大丈夫だよ! LINEも交換したし、もし何かあったら私に相談して! いつでも話聞くから。私たち、もう友達でしょ?」

 

 まっすぐな好意が嬉しくて、私は目を細める。

 彩は覗き込むように私の顔を見ていた。

 

「ありがとう、彩」

 

 二人が向かったレジカウンターには、「CASHIER」の看板の下、少し疲れた顔をした大学生くらいのアルバイト店員が立っていた。

 

「私、カフェでウェイターさんとかいいかなって。でも、飲食って大変らしいから迷ってるんだよね」

 

 彩は私と腕を組んだまま、悩ましそうに呟いた。

 

 確かに、彩の言う通り飲食業は大変そうだ。

 

 広い店内を歩き回る店員は、料理をサーブしながら、会計に向かう私たちを見つければこうしてレジへと駆けつけてくれている。


 休む暇もないくらい忙しそう。

 

 ……これから私が向かう、アルバイト先はどうだろうか。

 

「別会計でお願いします」

 

 私はすっと歩調を早めて店員の前に進み出ると、伝票の「クリームソーダ」の文字を指先でトントン、と軽やかに叩いた。

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