変な名前
「ババリアーナ・フォン・バーバリア!私の声が聞こえているなら席を立ちなさい!」
…変な名前。誰だよババリアーナ。
そう思いながら辺りを見渡すと、教室の中、見渡す限りのうら若き学生たちがこちらを凝視していた。
「まさか、私ですか!?」
勢いよく立ち上がったはずみで椅子が倒れる。周りがざわつくが、今はそれどころではない。
両手を見る、頬に触れる、毛先を見る。確かに私だ。だが私はオフィスにいたはずだし、着ていたのは学生服ではなくスーツだった。
教卓の前で、紫色のローブを纏った老女が睨んでいる。
「ババリアーナ、今習った呪文をお唱えあそばせ」
「さ、さては南京たますだれ…」
「ようござんす、ババリアーナ。今日の貴女は具合が悪いようね、医務室へ行きなさい」
教室を追い出されて廊下に出てみるも、まるで宮殿のような装飾、広さ、豪華絢爛さ。何これ映画?なんだ私エキストラ出演でもしてるのか?
「…思い出せ、ない」
会社で仕事をしていたのは間違いないのに、直前までどこで何をしていたのか、頭にもやがかかったように思い出せない。
そして医務室なんてどこにあるんだ。誰かに聞こうと歩いている人に目を向けると、何故か皆怯えた顔をする。何故なんだ。
誰かに声をかけようと彷徨っているうちに、建物を出てしまった。開けてる方へ進むと、見事な噴水があった。
よく出来たセットだなぁ、と思い近付くと、後ろに人の気配を感じた。
「…馬場?」
咄嗟に振り向く。低い声で呟かれたそれは私の本来の名前だったからだ。
「………え、誰」
思わず小声で呟いてしまう。知り合いを期待したのに、声をかけてきたのは全く知らない、外套を羽織り黒ずくめの服を着た、貫禄のある男性だったからだ。
「…あれ、ババリアーナ・フォン・バーバリア嬢、だよな?何故俺は今馬場と呼んだのだろう」
「私、馬場!馬場であってます!」
「じゃあ馬場と呼ぼう」
ふわっと笑ったその男性は、目尻に皺を作り、目に柔らかい光を灯す。赤茶色の髪が黒いジャケットによく映えて美しい。
「……貴方の、お名前は」
「ローワン・ヴァルツ、王宮騎士団の団員だ。ご存知なかったのか」
「すみません、あの、これは何の映画で
「危ない!」
視界が真っ暗になる。ドクン、ドクンと心臓の音が聞こえる。何が起きたのか分からないが、抱きしめられている、気がした。
「蜂がいた、もう大丈夫だ」
「あ、ああありがとうございました」
外套で庇ってくれたんだ、と理解できたんだけど、こんな格好いい男性とゼロ距離になる経験のなかった私は、よろめきながらそっと離れるのがやっとだった。
「あ」
「!」
離れた先が噴水なのは計算外だった。勢いよく縁に躓き水中にダイブし、鼻から口から水を沢山吸った。必死に顔を上げると、眼鏡が落ちたらしく何も見えない。
「…これか?」
差し出された眼鏡を手に取ると、先ほどの男性と目が合う。
「…ッ、すまない」
男性は声をあげて笑い出した。私はただ呆然とするばかりで、『風邪をひくぞ』と男性に腕を引かれて噴水を出て、やっと我に返った。
ーーー寒い。恥ずかしい。帰りたい。消えてなくなりたい。
その時不意に声が聞こえた。
「ババリアーナ?何をなさってるのです」
先程私が出てきた建物の方から、噴水へ近づいて来る人がいた。金髪碧眼のその男性は若く見目麗しく、荘厳なオーラを纏っていた。
「アルフォンス王太子殿下」
「ローワン先生、貴方が彼女を助けてくれたのですか?」
その時私は気付いた、胸ではなく胃の痛みに。




