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第一章「俺の妹が承認欲求モンスターなんだが」

こんにちは。


今回はVTuberを題材にした現代青春小説です。


ですが、配信の成功やバズる方法を書く作品ではありません。


SNSや数字に振り回されてしまった一人の女の子と、それを心配した兄のお話です。


VTuberを知らない方でも読めるように書いていますので、ゆっくり楽しんでいただけたら嬉しいです。

挿絵(By みてみん)


 最近、妹の様子がおかしい。


 そう思い始めたのはいつだっただろうか。


 俺の名前は杉田智也、都内の大学に通っている専攻は経営学部だ。


 俺には高校生の妹がいる。

 

 確か今年で高二になる妹、杉田結衣は元々明るい性格だった。


 学校であったことを話したり、テレビを見ながら笑ったり、夕飯の後にお菓子を食べながら雑談したり。


 特別仲が良い兄妹というわけではないが、会えば普通に話をする程度の関係ではあったと思う。


 だが、ここ最近は違った。


 夕飯を食べ終えると、すぐに自分の部屋へ戻ってしまう。


 スマホを見ている時間も増えた。


 そして何より、機嫌が悪い。


「はぁ?」


 夕食中、突然そんな声が聞こえた。


 結衣はスマホの画面を睨みつけている。


「どうした?」


「別に」


 そう言ってスマホを伏せる。


 だが明らかに様子がおかしい。


 母も少し気になっているようだったが、年頃の娘だから気難しいくらいにしか思っていないようだ。


 俺もそう思っていた。


 少なくとも昨日までは。



 夜十一時。


 自室でレポートをまとめていると、ふと結衣の部屋の灯りがまだついていることに気付いた。


「まだ起きてるのか」


 キッチンへ向かう。


 冷蔵庫から牛乳を取り出し、小鍋で温める。


 ついでに戸棚からクッキーも出した。


 別に深い意味はない。


 ただ、最近ずっと部屋に籠もっているのが少し気になっただけだ。


 マグカップにホットミルクを注ぎ、小皿にクッキーを並べる。


 そのまま二階の結衣の部屋へ向かった。


 コンコン。


「結衣?」


 返事はない。


 もう一度ノックする。


 やはり返事はなかった。


 風呂だろうか。


 少し迷った後、ドアを開ける。


「置いとくぞ」


 部屋の中央にある小さなテーブルへホットミルクを置く。


 その時だった。


 暗い部屋を照らす机の上のパソコンが目に入った。


 電源がついたままになっている。


 画面には動画サイトや解説ブログが表示されていた。


挿絵(By みてみん)


『登録者を増やす方法』


『VTuberが絶対にやるべき五つのこと』


『コラボでチャンネルを伸ばせ』


『ショート動画を量産しろ』


「VTuber……?」


 聞いたことくらいはある。


 アニメみたいなキャラクターが動画配信をしているやつだ。


 だが、それ以上のことはよく知らない。


 ふと、別のタブが目に入った。


 そこには猫耳のキャラクターが映っていた。


『猫田にゃこら』


 という名前らしい。


「猫か」


 それだけ呟く。


 結衣が帰ってくる前に部屋を出ようと思った。


 だが、その名前だけは妙に頭に残った。


 猫田にゃこら。


 あのキャラクターが最近の妹の様子と何か関係があるのだろうか。



 自室へ戻る。


 レポートを再開しようとしたが、なぜか集中できない。


 気付けばスマホを手に取っていた。


 検索欄へ入力する。


 猫田にゃこら。


 検索結果が表示される。


 その中にパソコンに映っていた動画投稿サイトがある。


 猫田にゃこらのチャンネル。


 チャンネル登録者数三百二十七人。


「三百人もいるのか」


 俺からすると結構凄い数字に見えた。


 試しにアーカイブを開いてみる。


 画面の中で猫耳の少女が元気よく手を振っていた。


『みんなー! こんばんはー! 猫田にゃこらだよー!』


 その瞬間。


 俺は思わず再生を止めた。


「……これ、結衣か」


 聞き慣れた声だった。


 少し加工されているようだが間違いない。


 再び再生する。


 ゲーム実況らしい。


 だが、見ていて妙な違和感があった。


 コメントが流れる。


 結衣はそれを必死に拾う。


 笑う。


 盛り上げる。


 流行りの言葉を使う。


 テンションを上げる。


 だが。


 それは俺の知っている結衣ではなかった。


 昔から明るい性格ではあった。


 だが、こんな風に無理をして笑うやつではない。


 十分ほど動画を見たところでスマホを置いた。


 机の上を見る。


 さっき持っていったホットミルクを思い出した。


「……楽しくなさそうだったな」


 誰もいない部屋で、そんな言葉が漏れた。



 翌日。


 大学の講義を受けながらも、俺の頭の中には昨夜見た猫田にゃこらの配信が残っていた。


 講義の内容は経営戦略論。


 教授が何か話しているが、ほとんど頭に入ってこない。


 結衣はなぜあんなことをしているのか。


 なぜあんなに無理をしているのか。


 そして、どうして楽しくなさそうに見えたのか。


 考えても答えは出なかった。



 昼休み。


 レポートを書き上げようと経営学ゼミの部屋へ入る。


 部屋には誰もいなかった。

 

 うちのゼミは少人数だ。


 プログラミング系の研究室ほどではないが、それでも十人に満たない。

 

 教授も滅多に顔を出さない、集中して書くにはうってつけの場所だ。


 窓際の席へ座り、ノートパソコンを開く。


 教授から出されたレポートを表示する。


 キーボードに手を置く。


 だが、一文字も進まない。


 頭に浮かぶのは昨夜のことばかりだった。


 猫田にゃこら。


 登録者三百二十七人。


 無理に笑っていた結衣。


 気付けば画面をぼんやり眺めたまま、十分ほど経っていた。


 ガチャ。


 ドアが開く音がした。


「おはよー」


 聞き慣れた声。


 西園寺陽子だった。


 黒髪を後ろでまとめ、白いシャツにタイトスカート。


 同じ大学生なのに妙に仕事ができそうな雰囲気がある。


 実際、かなり仕事ができる。


 ゼミの発表資料も毎回きっちり作るし、アルバイトも複数掛け持ちしているらしい。


 ノートパソコンを片手に抱え、肩にはいつもの大きなバッグ。


 こちらを一度見て、小さく手を上げる。


「おはよう」


 軽く返事をする。


 陽子は向かいの席へ座ると、自分のパソコンを開いた。


 カタカタとキーボードを打つ音だけが部屋に響く。


 数分後。


 その音が止まった。


「ねぇ」


「ん?」


「何浮かない顔してるのよ、智也」


「そんな顔してるか?」


「してる」


 陽子は画面を指差した。


「さっきから三ページ目で止まってる」


 画面を見る。


 本当だった。


 三十分前から何も変わっていない。


「……気付かなかった」


「珍しいね」


 陽子は椅子にもたれかかった。


「なんかあったの?」


「別に」


「嘘」


 即答だった。


「そんな顔してる」


「どんな顔だ」


「徹夜明けの営業マンみたいな顔」


「大学生なんだが」


「じゃあ就活で十社落ちた学生の顔」


「そんな顔なのか」


「そんな顔」


 陽子は真面目な顔で頷いた。


 少しだけ笑ってしまう。


 たぶん、こういうところが陽子の凄いところなのだろう。


 相手を必要以上に追い込まない。


 でも放ってもおかない。


「妹のことでさ」


 気付けば口にしていた。


 陽子の手が止まる。


「結衣ちゃん?」


「ああ」


「珍しい」


「そうか?」


「智也、自分のことは話さないけど家族のことはもっと話さないから」


 そう言われるとそうかもしれない。


「そういえば」


 ふと思い出す。


「陽子、確か音響関係のバイトやってなかったか?」


「やってるよ」


「あのさ、VTuberって知ってるか?」


 その瞬間。


 陽子が吹き出した。


「なんでそこに繋がるのよ」


「いや、知らないから聞いてる」


「今どき珍しいな」


 陽子は苦笑した。


「そりゃ知ってるよ」


「有名なのか」


「むしろ知らない方が珍しい」


 そう言ってノートパソコンを閉じる。


「っで、なんでVTuberに興味持ったわけ?」


 俺は昨夜の出来事を簡単に説明した。


 部屋。


 パソコン。


 猫田にゃこら。


 動画配信。


 そして結衣の様子。


 陽子は途中で口を挟まず最後まで聞いていた。


「なるほどねぇ」


 椅子にもたれかかる。


「VTuberってなんなんだ?」


「長くなるけど聞く?」


「頼む」


「よし」


 なぜか少し嬉しそうだった。


 たぶん、自分の詳しい分野の話ができるからだろう。


「まずVTuberっていうのは――」


 こうして俺は人生で初めて、本格的にVTuberというものについて教わることになった。



「なるほど」


 三十分後。


 俺はようやく理解した。


 たぶん。


「理解してない顔してる」


「半分くらいだな」


「十分十分」


 陽子は笑う。


 机の上にはメモが広がっていた。


 個人勢。


 企業勢。


 Live2D。


 トラッキング。


 知らない単語ばかりだ。


 要するに。


 VTuberというのはバーチャルYouTuberの略称で、

 顔出しをせずキャラクターを動かして活動する配信者らしい。


「で」


 陽子が言う。


「問題はVTuberじゃない」


「違うのか?」


「違う」


 陽子はスマホを取り出した。


「猫田にゃこら、見せて」


 俺は昨夜見つけたチャンネルを表示した。


 登録者数三百二十七人。


 陽子はアーカイブを開く。


「へぇ」


 少し笑う。


「結衣ちゃん可愛いじゃん」


 だが。


 五分。


 十分。


 十五分。


 時間が経つにつれ、陽子の表情が変わっていく。


 再生を止めた。


「どうだ?」


 俺が尋ねる。


 陽子は少し考えたあと、静かに言った。


「この子、頑張りすぎてるね」


 その言葉が妙にしっくりきた。


 俺が感じていた違和感を、そのまま言葉にしたようだった。


「頑張るのは悪いことじゃないんだけど」


 陽子は続ける。


「でもね」


 そして小さくため息をついた。


「たぶん今、一番楽しくないと思う」


 その言葉に、俺は何も返せなかった。


 しばらく沈黙が続く。


 陽子は再び猫田にゃこらのチャンネルを開いた。


 登録者数三百二十七人。


 最新動画の再生数は百回前後。


 コメントも数件程度だった。


「三百人もいるなら十分じゃないのか?」


 素直な感想だった。


 俺が何かを発信して三百人に見てもらえと言われても無理だと思う。


 だが陽子は首を横に振った。


「それ、結衣ちゃんの問題じゃないんだよ」


「どういうことだ?」


「数字の問題じゃない」


 画面を指差す。


「この子さ」


「うん」


「登録者三百人なのに、登録者三万人の人みたいな配信してる」


「……?」


 意味がわからない。


 俺の顔を見て陽子が苦笑した。


「ほら、配信中に何回も登録者数を確認してる素振りしてるでしょ?」


「そういえば」


 言われてみればそうだった。


 コメント欄を見るより先に数字を見ているような場面もあった気がする。


「それにコラボ、ショート動画、SNS運用、流行ゲーム」


 指を折りながら数えていく。


「全部やってる」


「頑張ってるんじゃないのか?」


「頑張ってる」


 陽子は頷いた。


「でもね」


 少しだけ寂しそうに笑う。


「配信が好きだからやってるんじゃなくて、数字を増やしたいからやってる」


 その言葉は妙に重かった。


 俺にはよくわからない世界だ。


 だが結衣が苦しそうだった理由だけは少しわかった気がする。


「なぁ、なんとかならないか?」


 気付けばそう言っていた。


 陽子がこちらを見る。


「結衣ちゃんをか?」


「ああ」


 陽子はしばらく考え込む。


 腕を組む。


 天井を見る。


「そうだな…」


 そして。


「じゃあ智也がVTuberやってみれば?」


「は?」


 意味がわからなかった。


「今なんて言った」


「だから」


 陽子は当然のように言う。


「智也がVTuberやればいいじゃん」


「いや意味がわからん」


「まぁ、そうだろうね」


「おい」


 陽子はケラケラ笑っている。


 完全に面白がっている。


「俺は男だぞ」


「知ってる」


「配信なんてやったこともない」


「だよねー」


「そもそも興味もない」


「それがいい」


 陽子は即答した。


「何がだ」


「そこ」


 何を言っているのかわからない。


「ちょっと、これ見てよ」


 陽子はノートパソコンを開く。


 いくつかフォルダを開き。


 そして一枚の画像を表示した。


挿絵(By みてみん)


 黒髪のロングヘア。


 モノトーンのドレス。


 白いストールを羽織った女性。


「誰だ?」


「白雪しおりってVTuber」


「知り合いか?」


「いや」


「……?」


「私が作った」


 今度は俺が固まる番だった。


「……作った?」


「正確にはクライアントに依頼されて作ってたのよ」


 陽子は肩を竦める。


「配信者志望の人がいてね」


「へぇ」


「デザインして、イラスト描いて、動かせるところまであと少しだったんだけど」


「だけど?」


「逃げた」


「逃げた?」


「やっぱりやめますって」


 陽子はあっさり言った。


「頑張って作ったんだけどね」


「それは……」


「まあ、よくあるのよ、こういうの」


 そう言って笑う。


 しかし少しだけ悔しそうにも見えた。


「だから完成直前で放置」


 画面の女性を指差す。


「お蔵入り」


 白雪しおり。


 静かな雰囲気の女性だった。


 猫田にゃこらとは正反対に見える。


「どうせ眠らせてても、もったいないしさ」


 陽子は言う。


「使う?」


「使うって」


「智也が」


「だからなんでそうなる?」


「だって面白そうじゃん」


 やっぱり半分遊びだ。


 間違いない。


 だが陽子は急に真面目な顔になった。


「結衣ちゃんさ」


「ああ」


「今、自分と同じような人ばっかり見てると思うのよ」


「同じような人?」


「数字を追いかけてる人」


 そして。


「だから逆を見せる」


「逆?」


「真逆のことをやる」


「人気が出るかどうかは知らない」


「でも結衣ちゃんと同じことしても意味ないでしょ?」


「もし人気が出たら、白雪しおりの立場から結衣ちゃんを助ける」


「……その方が面白そうだし」


「うまくいくかもよ?」


 そう言った。


 俺は画面の白雪しおりを見つめた。


 陽子も画面を見る。


 しばらく沈黙が続く。


 やがて陽子が小さく笑った。


「二週間」


「ん?」


「二週間あれば準備できる」


 俺はため息をついた。


「本当にやる気なのか」


「もちろん」


 陽子は満面の笑みを浮かべる。


「面白くなってきたじゃん!」


 こうして。


 白雪しおりは生まれることになった。


(第一章 終)

第一章を読んでいただきありがとうございました。


まだ白雪しおりは生まれていません。


次回はいよいよ陽子がゼミ室に機材を持ち込み、白雪しおりの初配信準備が始まります。


もし面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。


それでは、また次回。

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